61 帰ろう
-正午前
@ヴィクターの宿
「ふぁ〜あ…げっ、もう昼じゃん!」
目を覚ますと、すでに太陽は高いところにあった。昨日はアナグマで飲んでいたら、酒が入ったフェイが自分の身の上話や、辛かった事を話してくれ、そのまま情が移った俺は宿に戻った後、再びフェイを押し倒した所まで覚えている。
隣を見ると、フェイも起きたようで目を擦っている。
「ふにゅ。おはよう、ヴィーくん…。」
「おはよう…って言っても、もう昼だけどな。」
「えっ…嘘っ…!」
「そういえばフェイ、ギルドの仕事は大丈夫なのか?」
「あ…ああ、それは大丈夫よ。支部長から、しばらく休みを貰っているから。」
「それなら良かった。…そういや、昨日のままだな。シャワー浴びて来いよ、俺は後から入るから。」
「そ…そうだね♡ 浴びてくるね!」
フェイは、バスルームに入って行く。フェイがシャワーを浴びている間に、俺は部屋の中の荷物をまとめる。といっても、大した物は持ってきていないので、すぐに終わってしまったが。
今日はノア6に帰ると、ロゼッタと約束している。フェイがしばらく休みと聞いて、学生時代出来なかった彼女とのイチャラブ生活を満喫するのもいいとは思うが、約束は守るべきだ。特に、美人との約束は絶対だ。フェイには悪いが、しばらく会えなくなる。
「荷物の整理、終わったな…。」
-シャァァァ!
「……。」
急にやる事が無くなった俺は、バスルームから聞こえてくるシャワーの音に耳を立て、バスルームの入り口を凝視していた。
「…行くか。」
俺はベッドから立ち上がると、そっとバスルームのドアを開けて中に入った。フェイは、シャワーに夢中で気がついていないようだ。俺は、バスタブのカーテンを開けて中に侵入すると、フェイとのシャワーを楽しむことにした。
「〜♪」
-シャッ!
「えっ!ヴィーくんッ!?」
「お邪魔しま〜す!!」
「…♡」
* * *
-昼
@街中央地区 ベアトリーチェ
シャワーを浴びた俺たちは、以前ミシェルから教えてもらったレストランに来ていた。移動の際、俺の車に乗ったフェイは、例のごとく驚いていた。ちなみに、問題のピートが捕まったので、車はもう警備隊に預けていない。
「えっ、ヴィーくんレンジャー辞めちゃうの!?」
「ああ、そういう選択もアリかなって…。」
「ど、どうして?」
「いやさ、これ出すの恥ずかしくてさ。」
俺は、首元からぶら下がっているドッグタグを取り出すと、フェイに向かって掲げる。
「Fランクのドッグタグ?それがどうかしたの?」
「いや、これプラスチックだろ?オモチャみたいじゃん!それに、これ出すと皆んな変な目で見てくるから嫌なんだよ。」
「確かにヴィーくんの年だと、普通はDとかCになるかも…。」
「最初は俺も、さっさとランク上げようとしたけど、1年かかるって聞いてバカらしくなってさ…。もう辞めようかなぁ…って。」
「や…辞めちゃったら、お仕事はどうするの?」
「ん〜、フリーランスみたいな?何か、適当にミュータントとか動物狩ってくれば稼げるかなぁって。」
「それだと、ギルドが困るわッ!」
フェイが言うには、ギルドの他にそういう依頼を受ける者がいると、ギルドに依頼が回ってこなくなるから止めろ、という事だった。特に、俺のように優秀な人材だと依頼が殺到したり、取り込もうとする馬鹿が出てくると警告された。…確かに面倒は嫌だ。
「はぁ…どうしようかなぁ…。」
「……私が…しよっか?」
「ん?何か言ったか?」
「お待たせ致しました。マルゲリータピザと、トマトスパゲッティになります。デザートは後でお持ちしますね。」
「おっ、来た来た。まあ、考えても仕方ないな。とりあえず食べよう!」
俺はピザを、フェイはパスタを口に運び、舌鼓を打つ。
「…そういや、普通なんだな?」
「何が?」
「いや、前ミシェルと来た時は、緊張してたり、はしゃいでたりしてたから…。」
「ああ、ここ高級だからね…。」
「フェイはよく来るのか?」
「たまにね…。受付嬢って、結構お給金いいのよ?」
「そうなのか…。」
昼食を済ませて、車に乗り込むとギルドへと走らせる。
「支部長に会うの?」
「いや、お前を送り届けるだけだ。」
「あっ、ねぇ…もし良かったら、今日は一緒に過ごさない?急いで着替えて来るから…。」
凄く魅力的な提案だが、俺はノア6に帰らなくてはならない。それに、フェイは今かなり舞い上がっているように見える。このままだと、彼女の為にならない。冷却期間が必要だろう。…別に、ヤったからポイッという訳じゃないぞ!
適当な理由をつければ、納得してくれるだろう。…口説いた時も、フェイは結構チョロかったからな。
「いや、悪いが今日は家に帰る予定だ。」
「家って、あの宿じゃないわよね?」
「ああ、街の外だな。」
「ど…どうして?」
「…俺の故郷の風習でな、大切な人が出来たら、先祖の墓と恩人に挨拶しなくちゃならないんだ。」
「えっ!た、大切な人!? わ、私も行ってもいい?」
「…俺の恩人って、ガラルドなんだ。そして墓は、死都にある…そんな危ない所に、君を連れては行けないッ!」
「そ、そんな…!」
フェイは絶望した。死都…何人ものレンジャーがそこに赴き、帰って来なかった。受付嬢をしている彼女には、死都に行くというのは、限りなく死に近いという認識なのだ。
「だ、ダメッ!行かないでッ!」
「…止めてくれるな、俺は行かなくちゃならないんだ!」
「そんな、そんなぁ…うぅ…。」
フェイは、俺の胸元に顔を埋めると、泣き出してしまった。俺はフェイを抱き寄せると、耳元で囁くように説得を始める。
「泣くなよ、フェイ。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ?」
「うぇ〜ん!」
「それにさ、俺が死ぬ訳ないだろ?俺の腕前は、お前も知ってるだろ?」
「グス…うん…。」
「だからさ、ちゃんと帰ってくるから。ちょっとだけ待っててよ…ね?」
「うん…わかったわ…。ちゃんと帰って来てね!」
フェイは素早く背伸びをすると、俺の唇を奪った。
「なっ!」
「えへへ…おまじない!」
「お、おう…。じゃあ、行ってくる!」
俺は車に乗り込むと、エンジンをかける。それから、思い出したように窓を開けて、フェイに伝言を頼む。
「あっ、そうだフェイ!もしクエント達に会ったら、俺は一週間くらい出かけてるって伝えといてくれ!じゃっ!」
「え、ええ…。」
俺は、ギルドの駐車場を出ると、街の南門に向けて走り出した。
「やっぱ、フェイってチョロいわ…。」
* * *
-同時刻
@ヴィクターが滞在していた宿
ギルドの駐車場にて、ヴィクターが茶番劇を演じていた頃、先程までヴィクター達がいた宿の前に、カティアが立っていた。
まさか、ヴィクターとフェイがあんな関係だったとは…。昨夜は驚きのあまり、気が動転してしまい逃げ出してしまったが、今日こそはヴィクターを確保してみせるのだ!
「おや、あんたは昨日の…。」
「あ、邪魔するわね!」
「あ、お嬢ちゃん…!」
カティアは、ズカズカと宿の中へと入り、ヴィクターの滞在していた部屋の前に立つ。そして、意を決して中に入る。
「邪魔するわよッ!……あれ?」
だが、部屋の中は清掃されており、ヴィクターの私物は無くなり、完全にもぬけの殻となっていた。
「あれ、部屋間違えたかな?」
カティアは、隣の部屋や近くの部屋を手当たり次第に開けていく。
「ヴィクター!」
「ん?どちら様?」
「あ、間違えましたぁ!!」
「ヴィクター!」
「あ゛?誰だテメェ!?」
「ご、ごめんなさいッ!」
「…ヴィクター?」
「フォォッ!三度目の正直だぁ!! ブスが続いて諦めようとしたけど、チェンジして良かったッ! 今度はアタリだぁ!!じゃあ早速…。」
「ちょ、違うからッ!私、娼婦じゃないからぁ!!」
「あべしッ!!」
探したが、どの部屋にもヴィクターはいなかった。カティアは、宿の受付に行くと、受付のおばちゃんに詰め寄った。
「ちょっと、ヴィクターはどこにいるの!?」
「き、客の事は部外者に話せないよ…お嬢ちゃん!」
「部外者…? ああ、大丈夫よ。カティアが来たって伝えれば、分かるはずだから!」
「カティア…。明るい栗色の髪に、緑色の瞳…嬢ちゃん、あんたまさか…“乱射姫”かいッ!?」
「えっ、何それ?」
「か、帰ってくれ! この宿に、あんたの探してる奴はいないよ!!」
「何それ!どういうことよッ!?」
「ちょっと前に、チェックアウトして出て行ったんだ!さあ、もう帰ってくれッ!この宿は、あんたと関係は無いよッ!!」
宿のおばちゃんの、凄い剣幕で追い出されたカティアは、トボトボと道を歩いていた。
「…何よ!あそこまで怒らなくてもいいじゃないッ! 私は何もしてないでしょうが!!」
受付のおばちゃんが、何故あそこまで必死に追い出しにかかったのか、理解に苦しむカティアであった。
「…そうだ、フェイなら何か知ってるかも!? でも…。」
フェイに会うのが気まずい…。昨日のあんな姿…今まで見たことがない。孤児院の時から、自分を含めた年下の子の面倒を見てくれた姉のような存在。でも、昨日の姿は…。
(いけない…思い出したら、ますます気まずくなる。)
そんな事を考えながら歩いていると、気がついたらギルドの前に到着していた。そして、駐車場の方にフェイが立っているのが確認できた。
一瞬躊躇ったカティアだったが、勇気を出してフェイに近づいていく。
「…フェイ?」
「……。」
「あ〜…その、聞きたい事があるんだけど…。フェイ?」
「カティア…。」
ゆっくりとカティアに振り返るフェイであったが、その眼からは涙が流れていた。
「ち、ちょっとフェイ!? どうしたの!?」
「……れなかった…。」
「えっ?」
「止められなかったッ! ヴィーくんが死都に行くって!大丈夫かなぁ!? ねぇ、カティアどうしよう!?」
「ち…ちょっと、落ち着いてよッ!!」
その後、フェイからヴィクターの行方を聞いたカティアは、もっと早く行動すれば良かったと後悔した。
(あのオヤジの墓ですってッ!? きっと車とか残ってるはず!…帰って来たら、ゼッタイに連れてってもらうからねッ!!)
* * *
-夕方
@ノア6 正面出入口
「お帰りなさいませ、ヴィクター様。」
「ただいま、ロゼッタ。」
街を出た俺は、ガラルドの秘密基地に寄って、ガラルドの墓に挨拶をした後、我が家であるノア6へと帰って来た。ここに帰って来るのも、ほぼ2週間ぶりくらいか…。色々な事があって、体感的にはもっと長く感じる。
カナルティアの街では、当初の目的であった「レンジャーになる事」「ガラルドの弟子に会う事」「愛人を作ること」の3つを達成することができた。
別に現段階で、ノア6に帰る必要は必ずしも無いのだが、俺にはノア6にてやるべき事が、また3つ出来てしまったのだ。
一つ目は、身体を調整する事だ。ここの所、生活リズムが狂ってしまったり、碌な活動をしなかった為、身体が鈍っている。短い間にはなるが、ロゼッタの指導の下、鈍った身体にムチをいれる必要がある。
二つ目は、捕虜にした娘達を調教することだ。フェイを物にすることは出来たが、正直女の子はいくらいてもいいだろう。…だって男の子だし!
まあ、彼女達には他にもやってもらいたい事があるので、何らかの手段でこちらの仲間というか、協力してもらう必要がある。そして、その手段には心当たりがあった。
軍のトップとなっている俺は、現在、軍のデータベースの全てにアクセスできる権限がある。そして、軍が隠蔽してきた、捕虜に対する尋問や、洗脳…といった、非人道的な人体実験の記録を見つけたのだ。これらを駆使すれば、彼女達を洗脳…ではなく、仲良くすることが出来るはずだ。
三つ目は、熱りを冷ます事だ。俺はフェイから、ガラルドが死亡した事が公式発表されると聞いた。ガラルドは街の英雄として慕われていたので、その弟子である俺やカティアは、色々と面倒な事に巻き込まれるであろう。しばらく、街から離れてじっとしている必要がある。
「帰って来ても、大忙しだな…。」
「微力ながら、私もお手伝い致します。」
「ありがとう。実は今回は、ロゼッタの協力が不可欠なんだ。」
「あら、そうなのですか!? 私は、何をすれば良いのでしょうか?」
「じゃあ、ロゼッタ…さっそくだが…。」
「は、はい!」
「…ママになろっか?」
「……はい?」




