45 服を買いに
-襲撃作戦より翌朝(街に来て4日目)
@レンジャーズギルド前
「ふわぁ~、ねむ…」
大きな欠伸をして、ギルドへと歩みを進める。そしてギルドの前にたどり着くと、いつもの2人が目に入った。
「ん、クエントとミシェルか?」
「あ、ヴィクター!!」
「ヴィクターさん!」
「よっ、二人共おはよう!」
「おはよう…じゃねぇよ!昨日は大変だったんだぞ!!」
「昨日ギルドに帰ったら、フェイさんにヴィクターさんのこと色々聞かれて…僕たち、中々帰してもらえなくて…。」
「あら、そいつはご愁傷様で…。」
「ったく、人事じゃないだろうが…。で、昨日は突然任務を受ける事になっちまったが、今日はどうする?」
「ああ、その事なんだが…悪いけど、今日はパスで頼む。ほら、新しい服が欲しくてな。」
「げ…ヴィクター、お前昨日の服のままじゃねぇか!?」
「そ、その格好でここまで来たんですか!?」
「ああ。お陰で、道中変な目で見られてさ…何とかしないとなんだよ。」
俺が二人に背中を向けて、昨日撃たれた箇所を指差す。穴が空き、その周囲は焦げているので、見る人が見れば弾痕だと分かってしまうのだろう。実際、宿の従業員や通行人に変な目で見られてしまった。
そう、何を隠そう俺が持っている服は、下着を除いて、ノア6から着てきた服以外持っていなかったのだ。あまり服に頓着しない性格が、ここに来て災いしてしまった。……ロゼッタの服には煩いのに。
「って事で、今日は仕事休ませて貰うわ!じゃあな!」
「あっ、ちょっと!……行っちゃいましたね。」
「…そうだな。」
「…フェイさんから、ヴィクターさんを連れて来るように言われてましたよね?」
「…そうだな。」
「ど、どうしましょう!?」
「…俺達も休むか?昨日の報酬で、たんまり稼げたしな…。」
「えっ!?だ、大丈夫なんですか?」
「別に今日連れて来いって言われてない…明日連れてこうが、来週連れてこうが構わない筈だ。いや、構わない!!」
「そ、そんな屁理屈な…。」
後ろで何やら揉めているが、俺には関係ない。それに、今ギルドに顔を出すと面倒な事になりそうだ。とりあえず、今日は2人に仕事を休むことを伝えたかっただけなので、俺はギルドを後にした。
しかし、まだ早朝である。レンジャーの朝は早い。その為、早すぎて通常の商店はまだ営業していないことが多いのだ。
時間を潰すために、ギルド前の広場へと向かう。ギルドの前には大きな広場があり、そこにはレンジャー用の出店が出ている。レンジャーによっては、素泊まりの宿もあるのだろう。何人か、広場で出店で買った物を食べている。俺の宿は朝食は出るのだが、あまり美味しくない。…というよりマズい。大抵はお湯をかけただけのオートミールなので、食べた気がしない。
俺は、出店で売っていたホットドッグやパンを頬張り、時間を潰した。
* * *
-2時間後
@街中央地区 ローザ服飾店
俺は、ウサギの件で来たことのあった、ローザ服飾店へと足を運んでいた。…というより、ここ以外の服屋を知らなかったのだ。
-カララン♪
店のドアを開けると、ドアに付いているベルが鳴り響き、店の奥から、この間ミシン台で作業していた女の子が出てくる。
「あ、いらっしゃいませ。あれ、貴方は確かこの間ウサギを持ってきてくれた…。」
「ああ、そうだ。今日は、俺の服が欲しくてな。」
「あ、そうなんですね! 良かったらオーダーメイドもやっていますよ!」
「オーダーメイド…そういえば、バニースーツは完成したのか?」
「バニースーツ?…ああ!ローザさんが作ってた衣装ですね。はい、昨日には完成したんですけど……新聞を見た奥様達が押し寄せてしまって…。」
「ああ、確かにそんな記事があったな。で、そのローザはどうしたんだ?」
「早朝にローザさんが衣装を持って、コッソリと依頼主に届けに行ってしまったので、今は留守にしています。」
「ああ、そうなのか。大変だったな。」
意外と、新聞にも影響力があったんだな。……いや、崩壊前はテレビやら電脳、ネットなどがあった。思えばこれらのニュースという物は、社会の情報という物に留まらず、一種の娯楽として機能していたのではないだろうか?
現に、崩壊後のこの世界では、そういった類の娯楽は少ない。崩壊後も、映画館があるにはあるらしいが、ニュースを見るならやはり新聞なのだろう。……情報の正確さを問わなければの話だが。
「あの…それで服ですが、どうしましょうか?」
「ああ、悪いな。とりあえず、店の商品を見せてもらってもいいか?」
「はい!」
ローザ服飾店は、女性物の商品が多いのだが、男性物が無いわけではない。ちゃんと男性物のコーナーもあった。あったのだが…。
「こ、これは…。」
「ええと…ごめんなさい。今は商品が少なくて…。」
革鎧やら、金属製のプロテクター、鎖帷子などが陳列されていたが、目的の服…俺が崩壊後の日常生活で目立たないような、普通の服は少なかった。
見本に至っては、上裸にトゲトゲしい肩パッドと、X字にクロスした革製の極太ベルトを体に巻きつけ、下は革製の真っ黒いズボンを履いて、右手には斧を持ち、左手は中指を立てている、なんともパンク?世紀末?な雰囲気のマネキンがそこにはあった。
「……なにこれ。」
「えっと、そのマネキンはローザさんの趣味で…。ローザさんの理想のレンジャー像をイメージしたらしいです…。」
(…どちらかといえば、野盗に見えるんですけどッ!?)
「えっと…ここ、服屋なんだよね?」
「ええ。でも、それ以外にも靴とか鞄も作ってますし、レンジャー用の防具なんかも作ってますよ。」
「そうなのか。でも俺が着れそうな服、なさそうだな…。」
服も売っているには売っていたが、俺に合ったサイズが無かった。
「今、こんな状態でさ。どうしても服が欲しいんだよね…。」
「えっ、ええ! こ…これ、弾痕!?
う、撃たれたんですか!?」
俺は背中を見せて、服を切望していることを説明する。
「た、確かに…それだと周囲の目が…。」
「そうなんだよ…何とかならない?」
「えっと…でしたら、これならどうでしょうか!?」
店員の女の子が、薄手のジャケットを持ってきてくれた。……この娘、結構可愛いな。名前なんて言ったっけ?
「おっ、サイズぴったりだ!」
「ええ、それなら弾痕を隠せますし、ひとまず春の間なら違和感ないでしょう。」
そういえば、クエントにも「シャツ一枚で寒くないのか?」と言われていた。強化服のお陰で、そんなに寒くは感じないのだが、この際ちょうどいいかもしれない。
「ありがとう、これ買うわ。えっと…。」
「モニカです! それで、服はどうしましょう?
レンジャーの方ですと、オーダーメイドの服の方が動きやすくなりますが…。」
「俺はヴィクターだ。じゃあオーダーしようかな。何着か頼みたいんだけど、大丈夫?」
「はい、お任せを! それでは採寸しますので、こちらにどうぞ。」
モニカに連れられて、店の試着室に入る。
「それでは、服を脱いで下さい。」
「えっ、脱がなきゃダメ!?」
「ダメです! 1mmのズレが、動きに影響を及ぼすこともあるんですから。」
「わ、わかった。」
俺は弾痕が付いたTシャツを脱ぐ。すると、モニカが俺の身体をジッと見つめて黙ってしまった。まさか、俺の肉体に惚れたか?…という冗談はさて置き、俺は気づいた。
(あ、下…強化服だったわ…。)
Tシャツの下には、崩壊前の技術の粋を集めて作られた、強化服がコンニチワしていた。…崩壊前の人間でも馴染みが無いというのに、崩壊後の人間にとってこれはさぞ異質に見えただろう。
「あ、これは…その…。」
「凄い!これ、遺物ですか!? 私、崩壊前の服とかファッションに興味があるんですよ!!」
「え? あ…ああ、そうなんだよ。たまたま手に入ってさ。」
「あ…ごめんなさい、私ったらつい…。あの、採寸するので脱いで貰えますか?」
(ええっ!まさかの上裸ですかぁ!?)
強化服に抵抗が無い…どころか、興味津々といった感じで助かったが、まさか採寸で上裸になるとわな…。強化服の上を脱いで、モニカに渡す。
モニカは強化服を広げて、ジッと眺めている。
「あの…採寸は…。」
「あっ、ごめんなさい! つい…。」
モニカはメジャーを持って、採寸を始める。
「……次は肩周りを測りますね。…えっと、ごめんなさい。その椅子に座ってもらってもいいですか?」
「はいよ。」
俺が椅子に腰掛けると、目の前にモニカの胸元が来る。
(……女の子の匂いだ。)
もうノア6を出て3日か…。さすがにロゼッタが恋しくなる。いや、具体的にはロゼッタとの夜の組手が…。
ヒトの副睾丸(精巣上体)は空の状態から、約3日間で満タンになると言われている。…つまり、俺は今マックス状態にあり、ちょっとムラムラしていた。
「次は反対測りますね。」
(今、胸が当たった!)
こうして、採寸しているだけなのだが、悶々とした時間は一瞬で過ぎ去り、運命の時を迎えようとしていた!
「じゃあ、次は立って下さい。」
「えっ!何故に!?」
「腰回りを測ります。肩幅に吊られて、お腹がダボっとしてたら見栄えが悪いでしょう?」
「そ、そだね…。でも腰回りはちょっと、待って欲しいかな…。」
「いや、立って下さいよ。困ります。」
(くっ…ダメか。信じてるぞ、強化服!!)
強化服は、銃弾を防ぐくらい頑丈だ。特に男性用は、局部は耐衝撃用のリキッドアーマーとセラミックが覆っている。そして…立ち上がった俺は、強化服の設計者に敬意を表した。
外からも中からも守ってくれるなんて、作った奴は分かってる。素晴らしい!
…そんなことを考えていたが、俺には運が無かったらしい。
「じゃあ、腰回りを…。って、コレ!崩壊前のズボンですか!?」
「え、ああ…うん。」
「…脱いで貰えますか?」
「…なぜ?」
「ズボンが邪魔です。」
「……。」
マズい…。このままだと、下の強化服まで脱がされてしまう。そうなると、バレてしまう…。なんとしても阻止せねば…!!
* * *
…と思っていた時期が、私にもありました。無理だよ!だってこの娘、目がガチなんだもん!! 俺には断り切れなかったよ…。
幸いなことに、ズボンと強化服(下半身)に目が行ってて気付かれずに済んだ…。現在、パンツ一丁で前屈みになっているのだが、いつまで持つか…。と思っていると、突然店の入り口から悲鳴が聞こえてきた。
「モ、モニカちゃん!? 何やってるのぉ!?」
声がした方を見ると、長髪の線の細い男が立っていた。側から見れば、ほぼ裸の男と年頃の娘が試着室にいるのだ…凄く誤解を招きそうな状況だ。
「あ、ローザさん…こ、これはその…。」
「ん? ローザ?」
「はっ…そこにいるのはヴィクターさん!? いやぁん、ちょっと待ってぇ〜!!」
その男…ローザは、凄まじい速さで店の奥へと消えると、すぐに変身してきた。
クエントに、ローザは男だと聞いていたが本当だったんだな…。しかし、言われなければ気付かないレベルで変身出来てる。……化粧ってすごいんだな。
「はぁ…はぁ…お任せ。あら、ヴィクターさん。今日は何のご用?」
「いや、服が欲しくてな…。それより、何でさっきはいつもの格好じゃなかったんだ?」
「え、何のことかしら?」
「いや、さっきの…。」
「や〜ねぇ、ヴィクターさんったら。こんな真昼間から夢でも見てたんじゃない? きっと幻よ、マ・ボ・ロ・シ!」
「…そ、そうか。」
…多分、これ以上追及しない方がいいな。だが予想はつく。恐らくだが、例のバニースーツを届ける為の変装?(この場合は真の姿だが)だったのだろう。
だがローザの登場のお陰で、俺の下半身も落ち着いてきた。これは助かった。
「…採寸終わりました。お疲れ様です。」
「ふう。緊張した〜。」
「?…何かありましたか?」
「いえ、何も。」
「服は、何か希望ありますか?」
「ん〜、お任せするわ。俺に似合うのを見繕ってよ。」
「え、任せて貰えるんですか!? じゃあ、張り切って作りますね! 他の予約がないので、2日後位には出来ると思います!!」
「早いなッ!?」
「モニカちゃん、頑張り屋さんだからねぇ…ちゃんと寝るのよ!不眠はお肌の天敵よぉ!!」
モニカは、店の奥の工房へと消えていく。俺も、服を着ようと、服の入った籠に手を伸ばす。…が、俺の肩と腕を、ローザが掴んだ。
ーガシィ…。
「…おい、何のつもりだ?」
「いやぁん♡ヴィクターさん、いい身体してるわぁ…。」
「ッ! おい、やめろ!触るな!!」
「でね…そんな貴方に似合う、素敵な防具があるの…。」
「おい、話を聞けぇ!! …な!おい、それは!?」
「どう?私の考えた、理想のレンジャーの防具よ!!」
「どこが防具だよ!ほぼ上裸だろぉ!!」
「分かってないわねぇ…。これこそ、男性の肉体美を損なわず、かつ動きやすさを重視した理想的な格好なのに…。」
「……聞こえだけはいいんだな。」
「で、これちょっと着てほしんだけど…。」
「い、いやだ!やめろぉ!! モニカちゃん、助けてくれ〜!!」
「無駄よ! 彼女は一旦作業を始めると、凄い集中するから。さ、諦めてコレ着てちょうだい♡」
「う、うわぁ〜!!」
こうして、俺はパンクで世紀末な格好をさせられてしまうのだった…。
ヴィ《…ロゼッタ、ごめんな。》
ロゼ《突然どうされたのですかっ!?》
ヴィ《いや、ロゼッタに色々な服を着せたろ?あれ、嫌だったんじゃないかと思って…。》
ロゼ《そんなことありません!!》
ヴィ《…ロゼッタ?》
ロゼ《施設の管理AIに過ぎない私に、このような身体を下さって…私、とても感謝しております。》
ヴィ《…いや、お前はもう俺の家族だ。》
ロゼ《ありがとうございます。…でも、この身体はヴィクター様の物です。全てはヴィクター様の御心のままに…。》
ヴィ(ああ、今すぐ帰りてぇなもう!!)




