星界からの使者
-500年前 世界大戦期初頭
@ナパージュ皇国 大本営
会議室に軍服の男達が集まり、前に立つスーツ姿の男性の話を黙って聞いていた。スーツ姿の男性は外交官のバッチを胸につけており、その顔はどこか疲れ切っているように見える。
「……え〜、以上が外務省からの報告になります。我々も、ローレンシア側とは必死に交渉しておりますが、このままでは開戦は時間の問題かと───」
「ロ助め……!」
「ええい、忌々しい! 皇国は帝の座す神国ぞ! こうなったら、こちらから打って出るまで!」
「やめておけ。向こうは世界を敵に回せる超大国、対してこちらは小国の島国よ……大極的に見て、どうにかなる問題ではあるまい」
「では、このまま黙ってやられろと!?」
「そうは言ってない! まずは落ち着けい!」
時は統一歴200年初頭……世界が産業革命を経て近代を迎え、世界中で国交が結ばれてから2世紀が経とうとした頃、歴史は大きく動いた。世界最大の国家、超大国ローレンシアが突如として全世界に対して宣戦を布告し、電撃的に侵攻を始めたのだ。
ここ太平洋に浮かぶ島国、ナパージュ皇国も例外ではなく、領海侵犯や離島への艦隊派遣などのローレンシアからの軍事的圧力を受けており、もはや開戦は時間の問題となっていた。
「外交長官、アメリア連邦との話し合いはどうなっている? 援軍を寄越してくれそうか?」
「そ、それが……現地の大使によると、部署をたらい回しにされて、未だ大統領との面会も叶わないそうです……」
「くそう、アメ公め……! 所詮は口先だけの連中か!」
「……小国なぞに構っている暇などないと、そういうことか」
「他の軍事条約の締結国はどうだ?」
「他の国もダメです。皆、ローレンシアの侵攻に備えるのに手一杯のようで……」
「……援助は期待出来そうにないな」
「これでは一体、何のための条約なのやら……」
「それで、時間稼ぎはどのくらい出来そうなんだ?」
「は、はい……1ヶ月、いや良くて2週間でしょうか……」
「2週間……こんな短期間で、一体何ができると言うのだ……」
「こうなったら、玉砕も辞さぬ! 我らだけでも、この国を死守するのだッ!」
開戦すれば、負けは必至だ。相手は世界に覇を唱える超大国……国力もそうだが、兵器や武器の製造力も桁が違う。帝国も他国に負けない技術力があると喧伝してはいるが、所詮は職人の手作業だ。物量戦では負ける。
そのことは会議室の誰もが理解しており、重苦しい空気が漂っていた。
その時だった。突如、会議室の窓から明るい光が差し込んできた……。
「ん、何だ?」
「今は正午……陽は南中してるはずだが……」
──ゴゴゴゴゴッ!! バリィィンッ!!
「うおっ! なんだ、地震か!?」
「まさか、ロ助の爆撃!?」
「バカもん! さっさと机の下に入らんか!」
突如、激しい揺れと突風が会議室を襲った。窓ガラスは割れて飛散し、調度品が倒れる。爆撃だろうか? 閃光と爆音、地面の振動、そして大気を揺るがす衝撃がしばらく続くと、やがて静寂が訪れた。
「お、収まった……?」
「大丈夫か?」
「こ、こっちは何とか……」
「おい大変だ、帝都が……!」
幸いにして、会議室にいた人間は無事に済んだが、彼らを待っていたのはあまりに辛い現実だった。
窓の外の帝国の首都……つまり帝都の姿が、大きな変貌を遂げていたのだ。街路樹は薙ぎ倒され、建物は倒壊し炎上。そして、その様子を呆然と眺めることしかできない住民達……。
一国の首都がこんな状態では、とても戦争どころではない。もはや、彼らは戦う前から負けが確定し、先程までの話し合いも水泡に帰した。
その事を悟った将校達は、ワナワナと膝をつく。
「こ、これが……これが帝都……?」
「なんだ……い、一体何が起こったと言うのだ!?」
「こ、皇居は無事か!? 陛下は何処におわす!? 至急近衛に確認させろッ!!」
「な、何だアレは!? 皆、蓬莱山がッ!」
「なんと!?」
「ああ、我が国の宝が……」
帝都は、ある山の麓に広がる平野に位置している。山の名を“ 蓬莱山 ”と言い、皇室に縁がある神山として、この国では崇め奉られていた。またその美しい造形から、国を表現する一種の象徴のような存在であった。
その山頂に、円柱形状の“何か”が突き刺さっており、そこを中心に山肌に地割れを起こしており、文字通り山が割れている様に見えたのだ。
「アレは一体……まさか、ローレンシアの新兵器か!?」
「おのれロ助めぇぇぇッ!! 至急、帝都駐屯地の空挺団に連絡! 奴らの新兵器か何だか知らんが、帝都を……我が国の宝である蓬莱山を傷つけるなど許される事ではないッ! 空の神兵の鉄槌を喰らわせてやるッ!!」
* * *
-1時間後
@蓬莱山上空
《指定空域に到達。第三陣、降下開始せよ!》
《ヨーイ、ヨーイ、ヨーイ、降下! 降下! 降下!》
例の事件からすぐに、軍部は近隣の基地から軍を蓬莱山へと緊急出動させた。帝都からは、軍への救難活動の要請が届いているのにも関わらず……。
目標は、山頂に突き刺さる謎の物体。昨今の国際情勢から、ローレンシアの新兵器だと考えられるが、詳細は不明だ。
だが、彼らにとってそんな事はどうでもいいのだ。重要なのは、“ソレ”が彼らにとって神聖な山を傷つけたという事実だ。
“ソレ”に対し報復せんと、帝国軍の空挺部隊が集結し、蓬莱山に対して続々と空挺降下を実施、部隊を展開して“ソレ”に迫った。
《ミミズクより司令部へ。空挺戦車、および山砲の配置完了。送れ》
《オオワシより司令部へ。目標視認。今のところ動きなし。送れ》
《ハヤブサより司令部へ。降下完了。現在、ミミズクの後方に展開中。送れ》
《司令部から全部隊へ。予定通り進軍し、対象を調査せよ。なお、攻撃があった場合は直ちに反撃、我ら皇国臣民の怒りを思い知らせてやれッ!!》
司令部からの命令に順い、兵士達は進撃を始める。そして、“ソレ”を取り囲むように展開し、“ソレ”が何の反応も示さない事を確認した上で、数名の兵士が調査に向かう事となった。
「やけに暑いな。普通、この山頂は寒い筈だが」
「きっとアレのせいだ。帝都があんなになるんだ、相当の熱量がある筈だ」
「しかし、アレは何だ?」
「見たところ、金属の塊のように見えるが……」
「そもそも、どうやって蓬莱山まで飛ばしたのだ?」
そんな事を言いつつ、“ソレ”に近づく兵士達。だが、“ソレ”は兵士達が触れるまで近くに来ても、遂に何の反応も示す事は無かった……。
「……やっぱり、何かの砲弾か?」
「という事は、これを飛ばす為のどデカい大砲をあちらさんは持っとる訳か」
「な、なあ……コレ、爆発したりしないよな? 不発弾って事も……」
「お、おい怖い事言うなよ!」
《……ハヤブサから偵察隊へ。対象の様子はどうだ? 送れ》
《おっと……こちら偵察隊。今のところ対象に動きなし……》
──ガゴンッ、プシュゥゥゥゥ……ウゥゥゥン……
《待て……た、対象に動きありッ! 送れ!》
「な、何だありゃ!?」
「ひ、ヒィィィィ! も、もののけじゃあ!!」
「違う、ありゃ妖怪じゃけぇ!」
「どっちも似たようなもんだろッ!」
《こ、こちらでも対象の動きを確認した! どうした、何が起きているんだ!? 送れ!》
《な、中から……中から…………!》
《どうした!? 中から何だッ!?》
《ば、バケモノッ!! バケモノが……うっ!? な、何だ!? あ、頭の中に声が!?》
「お、俺もだ……何だこれは!?」
「ヒィィィィ! の、呪いじゃあ、祟りじゃあ!!」
《どうした、何があったんだ!? ちゃんと答えろ!》
《……お、驚かせて申し訳ない? 着陸に失敗……着陸!? 一体、何を言って───》
* * *
ー同時刻
@帝国軍空挺部隊 蓬莱山前線指揮所
「おい、応答しろ! 偵察隊、聞こえているのか!?」
「し……指揮官殿、あ、アレは一体何でありますか!?」
「どうした!? アレとは何だ?」
通信機に向かっていた指揮官が、部下に声をかけられそちらを向くと、“ソレ”の方を指差しながら尻餅をついていた。
その手には双眼鏡が握られており、ブルブルと震えていた。まるで、何か見てはいけない物を見てしまったかのように……。
「……貸せ! な、何だアレはッ!!?」
部下の双眼鏡を奪い、“ソレ”を注視した指揮官が目撃したのは、“ソレ”の中からまるで植物の様な、はたまた爬虫類の様な姿のナニかが這い出てきて、偵察隊に近づいている光景だった。
「まずい、偵察隊! 聞こえるか、返事をしろッ!!」
《き、君は何処から……ザザッ──》
《……》
「通信機の様子が変です! 周りの観測機器も異常を示しています!」
「おい、正気に戻れ! 偵察隊、聞こえないのか!? そこから離れるんだ!」
「し……指揮官殿、対象に動きあり!」
偵察隊員の問いに答える様に、“ソレ”は植物の様な、はたまた爬虫類の様な見た目の細長い腕を伸ばすと、それをゆっくりと頭上に伸ばした。偵察隊員達は、その動きを目で追い…………理解した。
“ソレ”が掲げた腕のその先、8本の指の一本が天空を……山頂の薄くなった大気の遥かその先、ダークブルーのキャンバスにうっすらと煌めく、星界の彼方を差している事に……。
* * *
-2週間後
@ナパージュ皇国EEZ 戦艦:エカチェリーナⅡ
例の騒動から2週間後、帝都に壊滅的な被害が出たという知らせを受けたローレンシアは、これ幸いと、控えていた帝国への侵攻作戦を早め、戦艦と空母を中心とした大艦隊を帝国の海域に派遣し、遂に帝都沿岸の経済水域へと侵入した。
「提督、奴等の主権領域に侵入したのに、碌な出迎えがありませんな?」
「ふん、首都が隕石騒ぎでそれどころではないのだろう。全く、これでは空き巣と変わらんな」
「まあまあ、お互いに損害が出ないだけ良いではないですか。それにしても、偵察機の一機も寄越さないとは、帝国は相当に酷い状況なのでしょうな」
「これでは戦うよりも、救援活動をした方が良いかもしれん」
「それはそれで、我らの派遣された名目になりましょう。ですがお忘れなく、我らの目的はあくまで帝国の占領です。ここを不沈空母とする事は、我が軍の太平洋戦略の要となり、アメリアへの牽制になるのですから」
「そんな事はわかっておる」
ローレンシア艦隊は、これまで何の抵抗にも遭わず、順調に帝国の海域を進んでいた。帝国にはもう、我らに抗う力など残されていないのだ。そう、将校も兵士達も思っていた。
だが、皆が油断していたまさにその時、ソレは現れた。
──ジュィィィィィッ!!
──ドゴォォォンッ!!
突如、空から強烈な閃光が艦隊に降り注ぎ、空気を切り裂くような、はたまた灼くような聞いた事の無い音と共に、爆発と衝撃が艦隊を襲った。
「うおっ!? な、何事だ!?」
「じ、巡洋艦パヴェル轟沈! 観測所より、艦が真っ二つに折れているとの事です!」
「何だと!? 触雷したのか!?」
「敵潜の攻撃か!?」
「いえ、先行してる駆逐艦や掃海艦からは何も……」
「パヴェルとの最後の通信に、謎の航空機や光を目撃したとの情報も入りました!」
「何ッ、まさか航空攻撃だと!? 観測員は昼寝でもしてたのか!?」
「総員、第一種戦闘配置だ! 対空戦闘用意ッ!!」
──ブー、ブーッ! 総員起こーしッ!!
──総員、第一種戦闘配置! 繰り返す、総員第一種戦闘配置!
──全艦、対空戦闘用意!
謎の攻撃により、突如巡洋艦を失ったローレンシア艦隊は、急いで戦闘配置に付く。ローレンシア艦隊は、旗艦の戦艦や航空母艦を中心に、巡洋艦や駆逐艦をその周囲に配置する輪形陣を採っており、対空防御は万全の状態だったはずだ。
だが、そんな事など関係ないとばかりに、ソレは低空に姿を現した。
『て、敵の航空機を視認!』
『何だアレは? 円盤みたいな変な形だぞ!』
『あんな形で飛べるのか?』
「専務参謀、何だあの航空機は!?」
「はっ、提督。あのような航空機、資料にはありませんでした。おそらく、敵の新型と思われます!」
「プロペラが無い、尾翼や主翼も無いぞ! いったい、どうやって飛んでいるんだ!?」
「まさか、我が国やアメリアで開発中のジェット機という奴か? ふん、帝国も侮れんという訳か……迎撃機、発進急がせろ! 対空砲、撃ち方始め!」
『迎撃機、発進せよ!』
『対空砲、撃ちーかた始め!』
「新型の雷撃機か? 1機で挑むとは勇敢だが、こちらも随分と舐められたものだな!」
「帝国には、編隊を組む余裕すら残っていないのでは?」
「油断するな、アレ1機に巡洋艦が沈められたのだぞ!」
「はっ、失礼しましたッ! 各艦、全力射撃だッ!!」
無数の対空砲火による曳光弾の軌跡が空中に伸び、空を埋め尽くす。たった1機の航空機には、過剰とも言える攻撃……すぐに撃墜できるはずだった。
だが、円盤は空中を縦横無尽にかつ不規則に、重力や慣性を無視した様な機動で動き回ると、ローレンシア艦隊旗艦、戦艦エカチェリーナⅡの艦橋の眼前に急接近し、浮遊しながら静止した。
──ゥゥゥゥゥゥン……
「なっ……!」
「ど、どうなっている……何だコイツは!?」
「専務参謀!」
「わ、分かりません! アレは航空機の動きじゃない! これではまるで……」
「ま、まずい! 何か光ってるぞ!?」
「何ッ!?」
「総員、退……ッ!」
──ジュィィィィィッ!!
──ドゴォォォンッ!!
《き……旗艦エカチェリーナⅡ、轟沈ッ! そ、そんな!? か、艦が……艦が、た、縦に両断されてますッ!》
《何をバカな!? そ、そんな事……あり得る訳がない!》
《戦闘機隊、至急迎撃せよ!!》
空母から発進した戦闘機の一団が、円盤に接近する。
《ああ、俺たちの旗艦が……!》
《艦体が真っ二つだと……エカチェリーナⅡは、我が国が誇る超重装甲の戦艦だぞ! 何がどうなってるんだ!?》
《あの光を見たか? アレは一体何だ!?》
《ふざけた野郎め、俺達が仇を取ってやるッ!》
《ジョルトゥィ1より各機へ。敵は空中で静止中だ、全機一斉にかかれ!》
《ジョルトゥィ2、了解》
《ジョルトゥィ3、任せてください!》
《ジョルトゥィ4から12、準備完了!》
《よし! 全機、かかれッ!!》
迎撃機は、散開すると円盤を包囲するように位置取ったかと思うと、一斉に機首を円盤に向けて、機関砲を斉射する。ローレンシア流の、数の利を活かした複数機による多方位からの同時攻撃だ。通常の空戦であれば、よほどのエースでなければ逃げる事はかなわない、弾幕の牢獄が形成された。
だが、円盤はまたしても空中を縦横無尽に動き回る、既存の物理学を無視したような不可解な機動を行って、その攻撃を全て回避した。そして次の瞬間には、例の光線を乱射して戦闘機を次々と撃ち落としていく。
《くそ、翼をやられた!! 堕ちる、堕ちるぅッ!!》
《き、機体がッ! た、助けてくれぇぇッ!!》
《ジョルトゥィ1応答しろ! 誰か、ジョルトゥィ1がどうなったか見た者はいるか!?》
《れ、例の光が当たって消えちまったッ! 消えちまったんだよぉッ!!》
《ジョルトゥィ2落ち着け! 指揮を引き継ぐんだ!》
《こ、こんなの空戦じゃない……!》
《お、俺達は一体……何を相手にしているんだ!?》
その後、第二、第三波の迎撃機発進があったが、その全てが空中で消失するか、撃墜されて海の藻屑となった。
《空母クパーラより入電! 我、戦闘機全て喪失す!》
《対空砲、何をやってるッ! 早く奴を撃ち落とせッ!!》
《提督はどうした、無事なのか!?》
《重巡洋艦アレクサンドルⅠ、艦隊の指揮を引き継ぐ! 全艦、我に従い輪形陣をとれ!》
《こちら嚮導巡洋艦ニコライⅡ、その指示には賛同しかねる。規定通り、指揮は我が艦が継承する!》
《火力ではアレクサンドルⅠが優れている! 従って、指揮を取るのは我が艦が相応し……ザザッ!》
《じ、重巡洋艦アレクサンドルⅠ、中破ッ! 艦橋部が消失との事です!》
《な、何という事だ……敵は、敵は本当に同じ“人間”なのか!? あまりに兵器の強さが違い過ぎる!》
旗艦の戦艦を縦に真っ二つに溶断され、迎撃に上がった戦闘機を悉く失って、ローレンシア艦隊は大混乱に陥った。指揮権を巡って将校が争い、艦隊はバラバラになり、その間に円盤の攻撃で艦はバラバラになり、次々と沈められていった。
そして気がつくと、世界最強最大の壮観なる艦隊の姿は無く、黒煙を上げて沈みゆく鉄塊と、重油が燃える海が残った……。
* * *
-数ヶ月後
@ナパージュ皇国領空 高度12,000m
派遣したはずの艦隊が消息を絶ってから数ヶ月後、ローレンシアはすぐに次の侵攻作戦を開始した。
今度は艦隊派遣の他に空軍とも連携しており、最新の戦略爆撃機部隊を艦隊に先んじて派遣する事で、敵の反撃能力の壊滅を図ろうとしていた……。
「よし、そろそろ爆弾倉のハッチを確認しろ」
「はっ、了解です機長!」
「他の機体の様子はどうだ? ちゃんとついて来てるな?」
「3番機から発光信号! 『ワレ、ハッチニフグアイアリ、コウゲキフノウ』との事です!」
「3番機? ああ、アンドレイの機か。またいつものバカやりやがって……任務を完遂したら、ウォッカを奢ると伝えろ」
「はっ! ……応答あり! 『フグアイカイショウ、ジュンビバンタン。イツデモイケマス。キマエノイイヘンタイチョウニ、ケイレイ』との事です」
「はっ、現金な奴め。よし、もういいだろう。そろそろ無線封止解除だ!」
《こちら3番機、ウォッカよろしくお願いしますよ編隊長!》
《こちら8番機、ウォッカとは何の事ですか? ブリーフィングにはそんな暗号無かった気がするんですが……》
《こちら1番機、気にするなマクシム、お前はいつも真面目だな。単なるアンドレイのおふざけだ。それより全機、編隊を組み直すぞ!》
《こちら2番機、我々は現在高度1万を飛んでいます。帝国に迎撃できるとは思えませんが……》
《第一次侵攻が失敗してるんだ。油断は禁物だぞサーシャ》
《確かに。了解です編隊長!》
編隊長の指示により、爆撃機は高度差を付けつつ密集しはじめる。俗にコンバットボックスと呼ばれる大編隊である。
これは、僚機同士で互いの死角を補いつつ、防御用機銃の火力を集中する事ができる配置だ。万が一、敵の迎撃機による攻撃を受けても、この配置だと防御がしやすくなる。
もっとも、こちらは最新の高高度爆撃機だ。現在の戦闘機では高度1万m以上まで上がって来るには限界がある。上がって来れたとしても、数十分から一時間以上はかかるはずだ。それだけの時間があれば、目的地を爆撃して観光飛行でもしながら悠々と基地へ帰還できる。
誰もがそう思っていたその時、異変は起きた……。
「ん? 何だアレ?」
「後部銃座、どうした?」
「アレは……て、敵機です! 後方上空に敵機を確認ッ! 5機の編隊ですッ!」
「寝ぼけるな。俺達は今、高度1万を飛んでるんだぞ? 俺達より高く飛べる戦闘機を、帝国が持ってる訳ないだろ」
「しかし……」
「……急いで確認しろ! 油断は禁物だと言った筈だぞ」
「はっ! し、失礼しました機長! おい、僚機にも確認を取れ!」
「双眼鏡を貸せ! ……何だアレは?」
突如、銃座から敵機発見の報を受けた機長は、双眼鏡で空を確認する。そこには、報告通り5機の星型の何かが自分達より遥か上空を飛んでいるのが見えた。
「まさか……帝国の新型機か!? マズい、全機迎撃準備ッ!」
《こちら11番機! 編隊後方に敵機と思しき編隊を視認! 至急確認されたしッ!》
《なんだと!? そんなバカな……》
《こちらも視認! マズいぞ、ロールして突っ込んできたッ!!》
《こちら1番機、全機弾幕を張れッ! 今すぐ迎撃しろッ!》
──ジュイィィィィィッ!!
──ピュンピュンピュンッ!
──ドガァンッ!!
《な、何だあの光は!?》
《5番機被弾ッ! 墜落していきます!》
《早く脱出しろッ!》
《12番機、右翼被弾ッ! エンジンが誘爆するッ!》
《全機、編隊を密にせよ! 繰り返す、編隊を密にせよッ!》
迎撃しようとしても時既に遅く、無数の光弾と光線が爆撃機隊に降り注ぎ、次々と僚機を撃破されていく。
だが、爆撃機隊もやられているばかりではなく、一斉に防御用機銃にて弾幕を張り、空に曳光弾の軌跡が無数に伸びる。しかし、敵機はバラバラに編隊を解くと、超高速かつ縦横無尽に空を飛び回り、爆撃機隊の上下左右、四方八方から攻撃を仕掛けて来た。
《な、なんだあの機動はッ!? ぬわーッ!!》
《恐ろしく速いッ! 機銃が追いつかない!》
《もうダメだ、脱出しろぉッ!》
《星形の機体? しかも、プロペラも無しにどうやって飛んでるんだコイツらッ!?》
《キャノピーも無いぞ!?》
《あんな機動、この高空で人間が耐えられる筈が無いッ!》
《こちら1番機、機長がやられたッ! 機体ももうダメだ、指揮を2番機に引き継ぐ。武運を祈……ザザッ!》
《2番機、聞いたな? 指揮を引き継げ! ……サーシャ、応答しろ!》
《こ、こちら16番機! 2番機は機首を喪失して墜落中ッ! うわぁぁぁこっちに来……ザザッ》
爆撃後は観光飛行をして帰る予定だった爆撃機隊は、こうして謎の航空機隊により、ものの数分で全機撃墜され、高空に散ったのだった……。
* * *
-同時刻
@ナパージュ皇国EEZ 戦艦:エリザヴェータ
「……そろそろ、エカチェリーナⅡが消息を絶った海域か」
「空軍の連中、上手くやってるといいのですが」
「うむ、陽動には最適だからな」
「帝国の奴等、アメリアと内通して、事前にアメリア艦隊を引き入れていたのやもしれません」
「……大いに考えられるな。各艦に通達! 警戒を厳となせッ!」
「はっ! 了解致しました提督!」
ローレンシアによる、二回目の帝国への艦隊派遣。今度は前回とは異なり、新造の戦艦を中心に、レーダーやソナーなどの当時最新の装備を搭載した艦や、最新の戦闘機を積み込んだ空母などから成る艦隊で、本気も本気の編成で臨んでいた。
小国なら、数時間で陥落させられると思われる大艦隊。誰もがローレンシアの勝利を疑わなかった。だが──
「……何!? 提督、先行する駆逐艦より、艦隊前方上空に多数の航空機を視認したとの事ですッ!」
「なんだと!? レーダーはどうした!?」
「そ、それが……レーダーには何も映ってないそうで」
「……ふむ。これだから、最新の機械は好かん。やはり、信頼できるのは人間の目と耳だけだな。それで、航空機の種別と数は? やはり雷撃機か? それとも爆撃機か?」
「はっ、提督。そ、それが……種別は不明とのこと。なんでも、円盤型の奇妙な形だとかで……」
「円盤……?」
「数は……なっ!? ひゃ、100機以上!? 空を埋め尽くしているそうです!」
「なんだと!?」
「……ふむ、確かに。各艦、対空戦闘用意!」
味方の暗号通信を解読していた通信士からの報告に、周りは騒めく。その報告を受けて、双眼鏡を覗いていた提督は、すぐさま対空戦闘の用意を始めるが、敵は空だけではなかった……。
──ドガァ゛ァ゛ァ゛ンッ!!
──ゴゴゴゴゴゴッ!!
「何事か!?」
「重巡洋艦ピョートルI、撃沈ッ! 敵潜です! 小型の潜水艦が、艦隊を囲んでいるとの事ですッ!!」
「何だと!? ソナーはどうしたのだ!」
「ダメです! 何の反応もありませんッ!」
「既にこちらから目視でも確認できます! 水面に多数の光を確認ッ!!」
「何だアレは……巨大なタコかイカの様だぞ!?」
「……やはり、最新の機械は好かん。各艦、対空戦闘、対潜戦闘始め! 兵装使用自由ッ! 帝国からの歓迎だ、受けてたつぞ!」
かくして、当時最新の装備で固めた、世界最強の艦隊は戦闘に突入したが、海中からの謎の攻撃と、空から降り注ぐ無数の光線により、数分とかからずに、その全ては海の藻屑と消えた……。
その後、負けを認めないローレンシアは再び艦隊を帝国に派遣。計3回の艦隊派遣を行うも、その全てを喪失。生還した艦艇は一隻も無しという、歴史的大敗北を迎える事となった。
この大敗北をきっかけに、世界中からの反攻を受けたローレンシアは次第にその勢いを弱め、大戦は収束に向かっていくのだった。
* * *
-世界大戦終結後
@アメリア連邦 環セデラル洋大陸間経済連合本部
『……でありますから、我々は国家という枠組みを超えて、より連携し、より力を合わせる必要があるのです!! 全ての国は、今日この瞬間より兄弟であります! この記念すべき日に……我らの連帯に神の祝福があらんことを!!』
──パチパチパチパチ!
──素晴らしい!
──うぉぉぉぉ!!
長きにわたった世界大戦だが、ローレンシアの指導者の交代や国内の問題等が積み重なり、遂に停戦に踏み切り、和平交渉の席に着いた。
反ローレンシアで纏まっていた各国は大いに歓喜し、来るべき平和と、その維持体制の構築……“新世界秩序”の誕生に期待していた。その一環として、反ローレンシア各国で政治・経済・軍事の連携協定が結ばれようとしていた。環セデラル洋大陸間経済連合……後に、通称“連合”と称される国家群の誕生、その歴史的瞬間である。
だが、皆がその誕生を祝う中、一国だけは様子が違っていた……。
『続きまして、ナパージュ皇国代表のスピーチです』
──パチパチパチパチ!
──英雄の登場だ!
盛大な拍手と共に、眼鏡を掛けた小柄な男性が壇上に上がる。首都近郊に隕石が落ちるという、未曾有の大災害に遭いながらも、あの強大なローレンシアの侵攻を3回も退けて勝利した島国、ナパージュ皇国の代表である。
この出来事は、世界ではボロボロの小国が奮闘して、大国に打ち勝った美談として映っていた。戦争が終わった今、そのローレンシアにも打ち勝つ事ができた、高度であろうテクノロジーの恩恵を世界は期待しており、またその独特で魅力的な文化も相まって、ビジネスや観光などで、各国の民衆の興味をひいていた。世界では、“帝国ブーム“と呼ばれる現象すら起こっており、皆が様々な期待を抱く夢の国であった。
……だが、そんな世界の期待をよそに、代表の口から出た言葉は衝撃的なものだった。
『我々から各国へ、大事なお知らせがありますので、この場を借りてお伝えいたします』
代表者は淡々と、しかしハッキリと、感情が消失したかのような無表情でそう述べ始めた。
その様子に、感動的で明るい未来に希望を描く様なスピーチを期待していた各国代表団は、困惑し始める。
──ガヤガヤ……
「ど、どうしたんだ?」
「何だか様子が変だぞ?」
『……現刻をもちまして、我々の主張する領域に侵入する、いかなる航空機・船舶は、警告なしに即座に撃墜・撃沈致します』
「……は、はぁ!?」
「な、何だって!?」
「ど、どういうつもりだ!?」
「帝国式のジョーク……じゃないよな?」
会場は瞬く間に混乱に包まれるが、それをよそに代表者は話を続ける。
『国家間の通信、貿易、人・物の移動も全て禁じ、各国とのホットラインも遮断します。我らは今後、如何なる交渉の席にも着かないし、着くつもりもございません。我々に対するどのような干渉も、善意であれ、悪意であれ、この一切を区別する事無く、どの様な理由があれ、この全てを排除します。我々に干渉するな。以上です、繰り返します』
「な、何という……!」
「各国との国交を閉ざすというのか!?」
「それでは、国際的に孤立してしまうぞ!」
「帝国の気は確かなのか!?」
『……我々からの話は以上です。では、これにて失礼します』
そう言うと、スピーチ……いや、一方的な宣言を終えた代表は席に戻る事なく、会場の視線を集めたまま会場出口に向かうと、そのまま退場していった。
この前代未聞の宣言の後、後の連合各国政府には、帝国からの正式な国交断絶宣言が届く事となる。その後、帝国は宣言通り各国との繋がりを一切絶って鎖国を敢行、交易や国交も途絶した。
後に、帝国に憧れを抱く著名人による帝国への無断訪問が行われたり、開国の交渉に外交官を向かわせた国もあったが、例の宣言通りに飛行機や船を悉く撃墜・撃沈され、その野蛮な行為に対して抗議する使節団を派遣した国もあったが、使節を乗せた飛行機すらも撃墜されてしまい、完全に交渉不可能と見做された。
かくして、帝国は外交の世界から姿を消した。その真の理由は、一切不明である……。
不思議な事に、世界が宇宙進出を果たしても、帝国上空には常に分厚い雲海や磁気異常が発生しており、帝国の様子を宇宙から窺う事は出来なかった。
『我々に干渉するな』
後世の研究者の一人は、あのスピーチに対してこう指摘する。
帝国は自国や国の意向を表現する時にはいつも、“皇国”や“我が国”、“陛下の意向”と言った表現を使用してきた。だが、あの連合本部での代表者宣言では、確かに“我々”という表現を使用していた。いつもの、仰々しい帝国らしくなく。
彼の言った“我々”とは、帝国の国民の事を指していたのだろうか? あるいは、政府の事だったのだろうか? それとも────
また、後にオカルト信者達の間ではとある噂が信じられるようになった。それは、「当時、帝国に落ちた隕石は、隕石ではなく異星人の宇宙船であり、彼らから得た技術を用いてローレンシアを撃退した」というものだ。
その証拠に、当時の帝国情勢を考慮して、とても帝国がローレンシアには打ち勝つ事はできないという事が、資料や試算から明らかになっているのだ。
何らかの技術革新はあったと思われるが、その正体や概要は、未だに闇の中である。
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誠に勝手ながら、今後はカクヨムにて連載する予定なので、よろしくお願い致します……m(_ _)m
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