131 施設の真実
-数分後
@巨人の穴蔵 梱包センター
俺達が逃げ込んだ梱包センターは、大型のコンテナと、数機のAM、機械類が置かれた広い空間だった。
そして岩グモから逃げ切った俺達は、しばしの休息の後に内部を探索することにした。
「ヴィクターさん、まだ外から音が……」
「大丈夫だ、この扉が破られるようには見えない。ひとまず、打開策を探すとしよう。最悪、ロゼッタに助けを頼む」
「は、はい」
「どちらにしても、アイツら何とかしなきゃマズいんじゃない?」
「そうだな……」
岩グモ達は、先程から梱包センターの出入り口の奥で固まっているらしく、何かが蠢く音が聞こえてくる。外からロゼッタやジュディ達を助けに来させるにしても、奴等をどうにかしなくては、俺達が外に出ることは叶わないだろう……。
「あっ、あれ! 目的のやつじゃない?」
「ああ。確かにあったな」
カティアが指を指した方向には、目的のAM…アルビオンが、整備用のラックに立っていた。
俺達が選定の儀に参加するにあたり、このアルビオンを探すように言われていた。多分、親衛隊の機体を統一したいのだろう。
それに、第二世代型のアルビオンは、普通に駆動する分には燃料が必要ない。カナルティア侵攻に失敗し、今後物資が不足するであろう戦況を見越した時、燃料が無くても戦えるこの機体は好都合なのだろう。
「これに私が乗るの?」
「ああ、後で腕時計の調整をしてやる」
「なんか、信じられないわね……。どんな感じなのかしら?」
「あ、ヴィクターさん。ここに部屋がありますよ!」
ミシェルが指差した方を見ると、プレハブ式の小屋の様な物があった。職員の休憩室の様な物だろうか?
中に入ると、中は人が生活していた様な形跡があり、テーブルやベッドなどが置かれていた。そして、業務用のワークステーションが置かれた机と、その上にキューブ状の物体が置かれているのを確認した。
「…これは、AIデバイスか?」
「何ですかそれ?」
「ロゼッタとか、さっきの声の主の本体みたいな奴の筈だが……何か違うな」
「きゃっ!」
「何だカティア?」
「いや、布団めくったら死体があってビックリしちゃって……」
カティアの方を見ると、ベッドの上にミイラが転がっていた。この部屋の主だろう……。
先程、この施設の管理AIが所長が云々言ってたので、その所長の可能性もある。
その後、カティア達は部屋の中を物色し、俺はその間にワークステーションの中を覗く事にした。電源が入るか分からなかったが、幸いにも動いてくれた。モニターも、色が抜けたりしていたが閲覧するのに問題は無かった。
そして、中には発送予定表やら紛争予定地などの不穏なデータが大量に見つかった。そして、業務日誌というファイルを見つけた俺は、それを読むことにした……。
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〔統一暦521年12月19日〕
今日、遂に同盟との戦争が始まった。セ
ルディアに飛来したミサイルは、今のとこ
ろ全て撃ち落とせているらしいが、今後は
分からない。共和国も沈黙しているのも気
になる。
避難勧告が出た時、私は職場であるこの
施設へと逃げ込んだが、誰もいなかった。
皆、家族の事が気掛かりなのだろう。独身
の私には関係ないか……。
〔統一暦521年12月26日〕
あれから1週間経つが、未だに上との連
絡が取れない。緊急事対応マニュアルに沿
って今まで行動してきたが、なんだか馬鹿
らしくなってきた。この施設が同盟内のテ
ロリストや分離主義者に、極秘裏に兵器を
供与する事が目的の施設だったのが災いし
たのかもしれない。極秘施設という関係で
救援対応のリストに載ってないのかもしれ
ない。
私はこれから、どうすればいいのだろう
か。市街地は、他の人はどうなっているの
だろう? 明日、見に行ってみるか。
〔統一暦521年12月27日〕
今朝、いつも通り施設を見回っていると
連絡が途絶えていた部下達が、家族や恋人
を連れて、大荷物でこの施設へとやって来
た。
何事かと問いただすと、政治機能は完全
に麻痺し、市街地は今無法地帯となってい
るらしい。
略奪や犯罪が横行し、軍や警察も暴走し
ていて、とても暮らしていける環境ではな
いそうだ。彼らは、そんな中からこの施設
へと避難して来たという訳らしい。確かに
この施設なら、備蓄もあるし人にも知られ
ていない。
極秘施設へと無許可で部外者を招き入れ
る事は、管理者としては失格だが、私だっ
て人間だ。多くの人間を助けられないとし
ても、親しい部下達の手助けならしたいの
が人情だろう。管理AIは不思議そうにして
いたが。
〔統一暦522年1月4日〕
今日、数人の人間がこの施設へとやって
来た。どうも部下の一人が、この施設の事
を口外し、後をつけられたらしい。
彼らは、食糧や自分達も中に入れる様に
要求して来たが、その要求を呑めば、他の
人間も大挙して押し寄せるだろう。
私達は話し合った結果、この施設を閉鎖
することに決めた。すぐ様、施設を厳戒体
制に切り替えて、バンカーの扉を閉めた。
〔統一暦522年1月5日〕
案の定、先日やって来た人間を中心に、
今度は数百人規模の人間がこの施設へと押
し寄せてきた。
仕方なく、迎撃用のタレットを起動して
威嚇射撃を加えると、彼らは蜘蛛の子を散
らすように逃げていった。
悪いとは思うが、自分達の事が優先だ。
それに、ここは政府管理下の施設だ。部外
者を入れないという、大義名分もある。私
は悪くない筈だ……。
〔統一暦522年5月4日〕
あれからしばらく平穏だったが、今日は
とんでもないのがやって来た。何と戦車や
装甲車で武装した集団が、この施設を明け
渡す様に言ってきたのだ。
だが、話を聞いてみると彼らは何だかガ
ラが悪く、とても軍人とは思えなかった。
恐らく、もはや軍も機能してない状況なの
だろう。決定的だったのは、暇つぶしに縛
った人間をリンチしていたのをカメラで見
た事だろう。奴らを中に入れる訳にはいか
ない。
話し合った結果、施設内にある兵器で迎
撃する事になった。幸いここには、履いて
捨てる程あるからな。
連中も、ここを避難シェルターか何かだ
と勘違いしていたらしく、まさかAMが出て
くるとは思わなかったらしい。戦車や装甲
車を複数撃破すると、彼らは逃げ帰った。
暇つぶしに、施設内の訓練施設で訓練した
のが幸いした。
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〔統一暦532年5月4日〕
あれから10年が経つ。久しぶりにこの業
務日誌を更新する。
とうとう施設の備蓄も尽きてきた。食料
も施設内でプランターなどを使い栽培して
はいるが、今後のことを考えると限界があ
る。部下達に子供ができ、さらにその子供
達にも子供ができる事を考えると、やはり
外へ出て行く必要があるだろう。
今日皆と話し合って、ここを出る事が決
まったが、私だけはここに残る事にした。
もう年だし、中に残った兵器を外に出す訳
にはいかないし、また変な奴が来るとも限
らない。それに暴走したAIも、何だか放っ
ては置けない。
〔統一暦532年6月2日〕
彼らが旅立って、この施設もすっかり寂
しくなった。だからか分からないが、ずっ
と前に市民を追い払ってしまった時の事を
夢に見てしまった。
私に出来る事は無いのだろうか?
〔統一暦532年6月12日〕
ふと皆で撮った写真と、使われなくなっ
て久しいAMが目に入った。AMは万一の時
に使えると思い、破壊するのを躊躇ってい
たのだが、結局ホコリを被る存在となって
いた。
だがAMは本来、作業用重機として開発さ
れた物だ。もし使えるなら、今後の復興に
役立てる事が出来るのではないだろうか?
しかし、部下の子供達……私にとって孫
の様な存在の彼らは、電脳化が出来ていな
い。AMは、電脳化していなくても動かす事
が出来るが、操縦が複雑で電脳化している
者と比べるとその動きは酷いものだ。とて
も効率的とは言えない。
私は新たな生き甲斐を見つけた。彼らの
為に、新たなOSを開発するのだ。一度は重
機として生を受けた存在が、兵器として生ま
れ変わり、また重機に戻る。いい事じゃない
か。
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・
〔統一暦540年4月2日〕
皆と別れて8年……随分と昔に感じる。
あれから開発したOSだが、未だに電脳化
してない者でのテストができていない。
仲間達も時々、様子を見に来てくれると
言っていたが、結局帰って来る事は無かっ
た。もしかしたら、外の環境が劣悪で……
いや、そんな事はない。きっと生きている
筈だ。彼らが帰って来る事に備えて、管理
AIに命令を出して、施設の扉を解放した。
私ももう長くない。せめて最後は、施設
最奥のこの部屋で、大量の兵器と共に息を
引き取るとしよう。後は管理AIが全てやっ
てくれる筈だ。
〔この日誌を読んだ者へ〕
この部屋にある物は、連合の汚点だ。自
らの手を汚すことなく、仮想敵である同盟
内の反乱分子に旧式兵器を供与することを
目的とした、言わば配送センターだ。
この施設で、テロリスト達に訓練を施し
て、通常の貨物コンテナにAMを紛れ込ませ
て同盟へと送り込む。これにより、連合内
のAM用パーツの需要を維持し、生産企業に
配慮すると共に、同盟の内紛を煽ることが
目的だったのだ。
この部屋に入れたという事は、君は電脳
化している人間だろう。部下ならいいのだ
が、私と同じ時代を生きた人間の筈だ。
ならば、この部屋の兵器の危険性と有用性
を理解している筈だ。
私は、電脳化していない者の為に、AMの
操縦支援デバイスを新たに開発した。これ
は、操縦者の取り得る行動を統計的に予測
し、その状況下での最善の行動を導き、動
作に反映することで、操縦を簡略化する物
だ。
これは、建設や作業用に用いることを目
的にした物で、AIデバイスを参考にした装
置をAMのコンピューターに接続することで
稼動する。
私はこれを【ヘカトンケイル】と名付け、
試作デバイスを、一つだけ作ることに成功
した。
君がこの日誌を読んでいる頃、電脳化し
ている人間が少ないのではないか? これ
があれば、そんな者達でもより効率よくA
Mを運用できる筈だ。これで、人々の生活
の復興に是非役立ててほしい。
(追伸)
この施設の管理AIは、暴走状態にあるだ
ろうが危険はない。できる事なら、そっと
しておくか、君が彼の新たな主人となって
やってほしい。
私が孤独で狂わないでいられたのも、彼
のおかげだ。名前は、愛着が湧くから付け
ないでいたが、今となっては悔やまれる。
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……マジかよ。自分の住んでいる国で、そんな事を行っているとは。崩壊前のニュースではよく、同盟諸国で起きたテロに、AMが使用されていたと報道されていたが、こうした背景があったのかもしれない。
何故終末大戦が起きたか分からなかったが、そうなる原因にこうした連合の工作活動があったのだろう。
俺は、デスクの上のキューブを手に取り、中の情報をロゼッタに転送する。
《ロゼッタ、今送ったデータを確認してくれ。AM用の支援デバイスらしいが……》
《……確認しました。見たところ、オペレーティングシステムの一種ですね。我々には必要無いように思いますが、電脳非適合者には有用かと思われます》
《なるほど……じゃあ、カティア用に使ってやるか。せっかく作ってくれたんだ、何か勿体ないしな》
《しかし、戦闘用の動作は入って無いようです。意図的に省かれた用に感じますね。AMを作業用として使うなら良いかもしれませんが、戦闘用には向かないかと》
《なるほど……じゃあ、軍のデータベースからAMの戦闘データを参考に、戦闘時の動作もカバーできる用に出来ないか?》
《改造するという事ですか? はい、可能です》
《じゃあ、適当に組んどいてくれるか? カティアがAMを操縦できないと困るからな》
《了解しました》
ここの所長には悪いが、開発したデバイスは戦闘用に改造させてもらう。だが、これはより大きな争いを止める為に仕方がない事だ。カティアが弱すぎて、親衛隊を除隊になっても面倒だしな。最低限、ペーペーのカティアがAMで戦えるレベルになれば、それでいい。
まあ、これも一種の平和利用なんだと心の中で納得しておこう……。
「ヴィクター、何しんみりした顔してんの?」
「……お前のせいだよ。で、何かあったか?」
「しけてたわ……。あったとしたら、このボロボロの拳銃くらいかしら」
カティアが、俺にボロボロになった回転式拳銃を掲げる。レストアすれば、使えない事も無さそうだが……。
「それボリスに持ってってやるか。前にもそんな約束したし、レストアを頼もう。カティアも丁度、拳銃持ってないだろ?」
「確かに、いざという時にあると安心よね。じゃあ、支払いは任せたわよ」
「……共同の口座から出すことにするわ」
「やたっ♪」
* * *
-その夜
@巨人の穴蔵 梱包センター
あれから、センター内で状態の良いアルビオンを見つけた俺は、その整備やコンディショニングをして過ごした。その間カティアとミシェルには、センター内にて野営の準備をして貰った。
流石に状態が良いと言っても、すぐには稼働できる状態ではなかった。最悪、数日はかかるかもしれない……。
それに、岩グモ達に出口を封鎖されたこの状況を打破するには、奴らを殲滅するしかない。そして、都合良くここにはAMと、その武装が満載であった。
例えば、AM用の30mmガトリング砲を発見した。状態も良く、整備すれば問題無く使えるはずだ。これに榴弾を装填すれば、奴らを木っ端微塵にできるだろう。
そうしてしばらく整備に勤しんでいたのだが、ミシェルが食事を用意してくれたらしく、皆で食べることにした。
「はい、どうぞヴィクターさん」
「ありがとう、ミシェル」
「まさか、こんな遺跡の中で野営するなんて思わなかったわね」
「屋内でテントを張るのも、中々悪くないよな」
「チャッピーに食料積んでおいて正解でしたね」
ミシェルから渡されたスープを受け取る。
カティアが言うように、今回俺達は遺跡の中で野営をすることになった。個人的には、屋内でキャンプをしているような感覚なのだが、多分彼女達は違うのだろう。彼女達にとってここは、きっと映画でよく見る、宇宙人の遺跡やら、古代の洞窟とかそんなイメージに違いない。
《ヴィクター様、先程のデバイスですが一通り完成致しました。データを転送します》
《おっ、早いな。ありがとう!》
《ただ、やはり実際にテストしてみないと分からない事もありますので、直ぐに実戦投入する事は望ましくないかと……》
《まあ、その辺はカティアに使わせて、データを取るさ》
スープを口に入れたその時、ロゼッタから通信があった。先程彼女に任せた、操縦支援デバイスの改造が完了したらしい。……ヘカトンケイルだったか?
これで、カティアでも楽にAMを操縦できるようになるだろう。
見つけたAMも整備は順調に進み、先程のデバイスも取り付けた。明日には、デバイスのアップデートをした後にカティアの操縦訓練ができるだろう。
そして準備が整い次第、奴等を殲滅してさっさと外に出るとしよう。
* * *
-同時刻
@親衛隊事務室
親衛隊の事務室は、事務室という名がついてはいるものの、殆どの隊員が寄り付かず、ジーナ達第3小隊の部屋と化していた。
そんな中珍しく、親衛隊の隊長であるギャレット・ロウ少佐がこの部屋を訪れ、ジーナに詰め寄っていた。
「おいジーナ、新人を選定の儀に向わせたらしいなッ!?」
「はい、今朝方出発しました」
「しかも、聞いた話だとたった3人だぁ? お前、正気なのかよ!? あそこが危険な場所なのは、お前も分かってるだろ」
「本人の希望です。それに、小隊の人事はロウ少佐が私に一任されているはずですが?」
「そうだが……くそっ! 救助に人は回せない。後3日以内にそいつが帰らなければ、死亡したと見做す。いいな!」
「あ、ロウ少佐。せっかくこの部屋に来たんです、溜まった書類に目を通して下さい!」
「くそっ!」
イライラしながらジーナから渡された書類の束を片付けると、ギャレットは部屋を出て行った。
「カティアさん、大丈夫なんでしょうか?」
「心配か、エルメア? まあ、機体の調整に時間がかかる事もあるし、気長に待とう。カティアなら、きっとやってくれるさ」
今朝、カティアを送り出したジーナであったが、その事は上官のギャレットには伏せていた。
もし報告していたら、間違いなく止められていただろう。だが、カティア准尉の決意を踏みにじる訳にもいかなかった。幸い、小隊の人事は一任されていたし、ギャレットに報告しなくても別に問題は無かった。
「救助に向かった方がいいのでは? 今ならまだ、道に迷ってるだけで、生きているかも……」
「エルメア、さっきオッサンが言った事聞いてなかったワケ!? 救助に人は出せないの!」
「ですが、私達だけでも……」
「絶対イヤ! あんな所二度と行きたくないし、アイツが死のうが生きてようが、どっちでも良い。違う?」
「カティアの決意を踏みにじることになりそうだしな。今は彼女を信じてみよう、エルメア。なんたってカティアは、期待の新人だからな!」
「……はい」
カティアの事をどこか怪しみつつも、ティナのように冷酷にもなれず心配するエルメアであったが、その場の雰囲気に流されてしまうしかなかった……。
【ヘカトンケイル】
AM用の操縦支援デバイス。本来なら、電脳化していない人間には難しいAMの操縦を、補佐してくれる。無人格のAIが操縦者の行動を学習・予測し、AMの運用データの統計を元に、その時点での最善の行動を機体動作に反映する事で、マニュアルでの操縦を簡略化する事ができる。
システム上、パイロットの搭乗時間が長ければ長いほど、AIがパイロットの癖を学習するので、動きが良くなる。
崩壊前、バンカーの所長が試作版を開発したが、その目的は平和利用だった。その為、兵装の取り扱い動作は対象外だった。
しかしヴィクターに回収され、カティアのAM搭乗の為に、軍のAMでの戦闘データを入力され、開発者の遺志を無視して戦闘用に改造された。




