5.なろうエッセイ・批判系エッセイ(過去作は検索除外しているのでこちらから)
自身に問いかけ、言霊にする。作家に必要な資質だと思います。――あなたのその言葉、本当に作家にふさわしい言葉ですか?
私にとって作家とは、言葉で世界にさざ波を起こす人です。それは、プロもアマも、プロを目指している人も変わりません。作家は何よりも、「言霊」を大切にすべきだと、そんな風に考えています。
普段の何気ない会話に使われるような言葉にも、力はあります。
誰かを傷つけるようなことを言い、その発言を消す。そんな行為を最近よく目にします。一つには twitter で活動しているのもあるでしょう。あそこは、それが一つの文化になっている感があります。
発言を消してはいけないと言うつもりはありません。ですが、きっとその発言は、誰かが見ています。無かったことには出来ません。
発言を無かったことにしようとする作者からは、何か言葉を消すたびに、消してはいけない何かも一緒に消える、そんな感覚を覚えることがあります。
発言を消すことと訂正することは違います。言わなかったことにするのではなく、まずは発言を訂正し、その上で、消した方が良いかを判断して、必要なら消すとすべきではないでしょうか。
◇
後ろ向きな言葉は、誰かの心を沈めます。
それを、前向きな言葉に変えてみませんか?
その言葉は少しだけ、世界を前向きにします。
そんな簡単なことで、あなたの友人も、自分自身も幸せになれる、そう考えることはできませんか?
◇
否定的な言葉は、誰かを孤立させます。
攻撃的な言葉は、誰かを傷つけます。
その言葉は少しだけ、世界を後ろ向きにします。
誰が否定されるのか、誰が傷つくのか、あなたは本当に理解していますか。――それは、もしかすると、あなたが大切にしている人の、あなたが知らない友人なのかも知れないのです。
あなたは、あなたが知らない人があなたの発言をどう受け取るか、本当に知っていますか?
その発言をして、誰かが傷つきませんか?
その発言を消して、さらに傷つきませんか?
それはあなたが本当に望んだことですか?
その発言で誰かを傷つけるかもしれません。
それはあなたの大切な人かも知れません。
あなたはその事実を受け止められますか?
その覚悟がありますか?
何かあれば消せばいい、そんな軽い気持ちで発言をしようとしていませんか。――それでも敢えて負の言葉を選ぶ、それだけの感情と正しさと覚悟が、本当にあなたの中にありますか?
自分の発言を消したことがある、もしくは、人の発言を消したことがある、そんな方に、一つだけ自問して欲しいのです。
――あなたのその行為は、本当に、物書きとしての誇りに恥じることのない行為でしたか、と。
◇
趣味で何かを書いている方、あなたの趣味は何ですか。自分の思うがままに筆を走らせ、それを読んだ誰かに何かを伝え、何かを共有する。それがあなたの趣味ではないですか?
プロを目指して何かを書いている方、あなたが望む未来は何ですか。対価に見合っただけの価値がある文章を書けるようになりたい。そして、自分の書いた文章にそれだけの価値があることを世の中に認めさせたい。それがあなたの目標ではないですか?
書く理由は人それぞれです。他にも理由はあるでしょう。ですが、そこには情熱をかけるだけの「何か」があるのではないですか?
そんなあなたの行動です。
きっと価値のある行動だと思います。
だからこそ、私は言いたいのです。
その価値を大事にするためにも、自分の発言には常に誇りを持って欲しい、と。
言霊は、言葉が持つ力は、確かに存在します。
それは、作者が文章に込めなくてはいけません。
――そして、その力は、作者が言葉と真摯に向き合って、初めて生まれる力です。
◇
作家は言葉と真摯に向き合うべきです。
それは、趣味だろうとプロだろうと変わりません。
趣味だから言葉が軽くていい、そんなことにはなりません。
プロは売ることが第一なのかもしれません。ですが、それを言い訳にすべきではないでしょう。セールスと言葉に対する誠実さは両立できますし、すべきです。
◇
「あなたのその行為は、物書きとしての誇りに恥じることのない行為ですか」
この言葉は、常に自身に、胸の内で問いかけるべき言葉だと思います。そして、常にその問いが胸の内にあるのであれば、答えは一つしかないでしょう。
だから、作家はその問いを常に胸に秘めて文章を綴ればいい、そんな風に思います。――自分を裏切らないとは、そういうことなのかな、と。
最後に一つ、質問を投げかけたいと思います。
「あなたの言葉に、人の心を動かすだけの力がありますか」
この質問に、自信を持って「はい」と答えられる作家は、きっと尊敬できる方です。
私もそんな人になりたいな、そんな風に思います。