95 妖精人形と追放されし者
「……誰も居ない。精霊女王様は?」
辿り着いた〔精霊界〕。
そして精霊女王の住処である湖。
綺麗だったその湖も、今は静かに色褪せて見える。
「大丈夫、ちゃんと居るわ……ちょっと待ってて」
アリアが湖の中へと歩み出す。
前へと進み、下半身が完全に水に浸かった辺りで湖の水が淡い光を生み出す。
その光はアリアに流れ込み、そして静まる。
「……同期完了」
その言葉と同時に、空を覆う灰色の雲に僅かにだが切れ間が出来た。
本当に僅かだが、そこから陽の光が差し込んでいる。
〔同期〕とやらを終えたアリアが湖から上がってくる。
「二人とも、手伝って」
「何処へ行くの?」
「死霊魔法使いを追い出すわ。〔迷いの森〕と妖精の権限も預かった……《妖精》!」
するとアリアの前に無数の光が現れた。
妖精。
精霊の生み出す〔使い魔〕だ。
「先陣と合流してネクロマンサーの相手を」
アリアの指示と共に無数の光が全て飛んで行った。
あの方角にネクロマンサーが居るのであろう。
「私達も行きましょう」
アリアに促され、三人は湖岸を後にし妖精達の後を追った。
「それで、何が起きてるの?」
「そうね……まず精霊女王が出て来れない理由は単純に『忙しくて手を離せないから』」
「忙しいー?」
「そう、原因は二つ。〔死霊魔法使いの対応〕と〔精霊界の維持〕。今は前者を私が引き継いだから少しだけ余裕は出来たけど、出来た余力は結局後者に注いでるから出て来れない」
〔精霊界〕の異変に駆けつけたヤマト達。
アリアによればひとまず精霊女王の無事は確認出来たようだ。
「元々精霊界……この〔異界〕は世界にとっては余計なモノなのよ。元々存在した空間ではなく後付け。色々と無理があるのを内側と外側の両面から分担して手入れをする事で現在の形に留まり続けた……だけど今、外側は機能せず、負担の全てが内側にのしかかってる……その結果不安定になった事が、今の精霊界に起きている異変の原因よ」
二人でこなしていた仕事を、女神が眠りに付いたため一人でこなさなければならなくなった。
最初の内は無理をして何とかなっていたことも、つい先日ボロが出始めた。
それが精霊界の異変の原因。
「延命処置とは言え今が踏ん張りどころ。女神様が復活するまで何とか耐えなきゃいけないのに……ここで手を抜けばそれこそ崩壊も時間の問題なのに、ネクロマンサーが余計な仕事を増やしてくれたのよ!人の体から魔力が無自覚に漏れ出しているように、〔アンデット〕も〔瘴気〕を無自覚に垂れ流す。それが肉体を持たない精霊には直接的な害になる。当然《精霊界》を維持する上での邪魔になる。早くネクロマンサーを排除しないと――」
「精霊界が終わる?」
「このまま留まられればどんどんそこに近づいて行くわ。だからネクロマンサーを排除する。ヤマト達も手伝って」
「もちろん」
「ネクロマンサーぶっ飛ばすー」
ネクロマンサーにどんな事情があるかは知らないが、精霊の、精霊界の為にはこのまま放置する訳にはいかない。
ピピの言うとおりぶっ飛ばすかどうかは分からないが、少なくとも精霊界から追い出す必要はある。
相手は死霊使い。
そう簡単にはいかないだろうが。
「……妖精の消耗が早いわね」
「向こうはどんな感じなの?」
「アンデットの上位個体、〔スカルドラゴン〕〔スカルキマイラ〕〔スカルナイト〕。量より質で来られてるせいで多少の時間稼ぎ程度にしかなっていないわね」
妖精の視覚を共有しているアリアからもたらされた情報。
クエストでも中級上位や上級向けになるような相手。
それが複数。
妖精の強さの程度は分からないが、アリアの話だとそこまでの質には届いてはいないのだろう。
ゆえに苦戦するのは当然。
「……ヤマト、貴方のゴーレムを貸して」
「何体?」
「出来るだけ多く」
「んっと……十二で良い?」
「お願い」
「《人形創造》!」
ヤマトは一度立ち止まり、すぐさま十二体の〔土ゴーレム〕を生成・展開する。
慣れて来たおかげか、以前の半分の展開時間で完了した。
そして全て〔高品質魔石〕を核にしているため、以前のゴーレムよりも性能も上がっている。
「妖精!」
新たに生み出された妖精の光が、数個ずつゴーレムの中に入り込んでいく。
するとヤマトの指示も無く、全てのゴーレムが動き出す。
【妖精人形】。
妖精たちは、ヤマトの生み出したゴーレムと融合していた。
「行きなさい!」
アリアの指示で妖精ゴーレムが駆け出していく。
その速度は、ヤマトの展開したゴーレムの性能を更に凌いでいた。
「……そう言うのもアリなのか」
「ちょっと無理はあるけどね。ちなみに精霊も出来るわよ?弱くなるだけだからやらないけど」
「それより追うよー」
先を行った妖精ゴーレムの後を追って、ヤマト達は再び走り出す。
そして辿り着く。
「――変な乱入者に場を荒らされたと思いきや……なるほど、お前らの仕業か」
そこに居たのは白髪の老人。
そして複数のアンデット。
聞いていたよりも数が減っているのは、妖精ゴーレムの戦果だろうか。
今もアンデットに向かって殴りかかっている。
「……マジか」
ヤマトの《鑑定眼》が、その渦中にある老人の正体を見抜く。
【ネス (闇の精霊/死霊魔法使い:"異界の追放者")】
目の前に居るのは、人の体を纏った精霊であった。
その情報を、ヤマトはすぐさまアリアに伝える。
「……ネス?」
その名に反応したアリア。
相手が闇の精霊なら、知る相手なのかもしれない。
「知ってるの?」
「知ってるも何も……まさか……」
明らかに動揺を隠せないアリア。
それを見てネスの方から声を掛けてくる。
「なるほど、女王の分体か。ここは久しぶりとでも言っておくべきか?」
「何故貴方がここに……」
「ここは私の故郷だ。帰郷するのに何の不思議もない」
「追放されたでしょ!?何でここに……そこも緩んだのね」
ニヤリとするネス。
寒気を感じる程の不気味な笑顔。
というよりも、全体的に温度を感じない。
今の不安定な精霊界は、本来は拒むべき、そんな異質な存在も拒むことが出来なかったようだ。
「アリア、聞いても良い話?」
「……変質していて面影も無いから割とまだ半信半疑なんだけど……彼は〔ネス〕。この精霊界を〔追放された精霊〕。……そして精霊女王の代わりに〔精霊王〕になっていたかもしれない精霊よ」




