94 色褪せた精霊界
「――懐かしい。不安定にはなっているが、あの頃と何も変わっていない」
謎の老人。
〔復讐する者〕〔死霊魔法使い〕
彼は今、念願叶ってようやく故郷へと帰ってくる事が出来た。
「折角の帰郷だと言うのに、やはり歓迎はしてくれないか」
周囲の木々がざわめく。
風が止み、景色が変わる。
「仕事が早いのは良い事だが、もう少し感傷や情緒と言うものを……妖精が来るか。同族の使い魔を相手にするのはいささか気後れするが仕方ない」
老人は再び歩みだす。
その前に一度だけ後ろを振り返る。
「……どうやら後ろも騒がしくなりそうだ」
「――着いたわ。ここが〔精霊界〕への入り口よ」
洞窟を奥へ進んだヤマト達。
その道中、一定のペースでスケルトンと交戦する事にはなったが、一体ずつで止められる程ヤマト達は甘くない。
むしろ魔法など必要なく、ピピやアリアの単純武力に対処を任せつつ、一本道を真っ直ぐ進み続けてようやく最奥まで辿り着いた。
「何もない?」
だがそこはただの空洞。
入り口のようなものは見当たらない。
「ううん。見えないだけで何かあるー」
「〔精霊界〕の非常口なのよ?見た目で簡単に分かる訳がないじゃない。二人は精霊術師だから集中すれば分かると思うけど…ちょっと準備するから待ってて」
あくまでもここは非常口。
本来精霊と言うのは《界渡り》で〔精霊界〕と〔人界〕を行き来する。
だが未熟な精霊、生まれたての精霊、その他負傷云々。
以前のヤマトのように〔精霊界〕へと向かう正式な用事がある人間。
そして今回のように、何らかの理由で《界渡り》という正門が閉じてしまった時に使用する、非常口。
いくつかの場所に隠された、その一つがこの場所である。
(……ここも含めて、スタート地点がスタドのこの森なのは都合が良かった理由か)
ヤマトの異世界人生の始まり。
この森がスタート地点に選ばれたのは、この非常口の存在にもあった。
ヤマトの場合は状況により結局は王都から向かったが、本来はこちらを通って《精霊界》を訪れる手筈だったのだろう。
「追撃は無しー。やっぱり戦闘や守護は二の次の置物だったみたい」
道中のスケルトン。
群れる事無く均等な間隔で一体ずつ配置されたそれは道を塞いでいたため倒さざる負えなかったが、あれを倒す事で何かしらの情報がネクロマンサーに伝わっていたのなら、ヤマト達が同じルートを進んでいた事も既に知られているだろう。
「――成程。少し前にここを通った何かが居るわね。状況的にはそのネクロマンサーなんだろうけど、その存在を精霊女王は〔侵入者〕とみなして〔迷いの森〕を起動させてる」
「〔迷いの森〕っていうのは?」
「〔精霊界〕の防衛機能。森を変化し、閉じ込め・迷わせ・時間稼ぎ。そして送り込んだ〔妖精〕で殲滅っていう感じね」
妖精は精霊の眷属と言うべきか、〔上位精霊〕の《精霊魔法》で生み出す使い魔のようなものだ。
〔迷いの森〕はその為の戦地・陣地・環境作りとでも言うべきだろうか。
「助太刀するー?」
「まずは精霊女王のもとに向かった方が良いかも。妖精は人と共闘させるには力の方向性に少し難があるから、やるにしても先に全体を把握してタイミングを見計らった方が良い」
「分かった。なら精霊女王まで一番近い道筋で頼む」
「……設定完了。いつでも行けるわよ。二人とも寄って」
アリアの指示で周囲を警戒していたヤマトとピピがアリアのもとに集まる。
「はい握って」
二人に両手を差し出すアリア。
ヤマトとピピはそれぞれがその手を握る。
「ちょっと荒いけど我慢してね……《開け》」
視界が光で満ちて行く。
その光が完全に晴れた時、洞窟奥地のその場から三人の姿は消えていた。
そして精霊組は〔精霊界〕へと足を踏み入れた。
「――曇り空か」
「ここまで不安定になってたのね」
精霊界へと辿り着いた三人。
その内のヤマトとアリアは、以前の綺麗な光景を覚えている。
だが今の目に映るのはそれとは遠い、以前見た綺麗な青空は灰色の雲に遮られていた。
「ここが〔精霊界〕――あ、ふらふらする……」
「《界渡り》とは随分と違ったな」
「非常口は普段使わない、動きさえすれば問題ないって考えだから整備はされても改良の手は一切加えられてないのよ」
転移慣れしているヤマトや、精霊女王の分体であるアリアは特に大きな影響は無い。
だが転移独特の違和感を増幅させたような負荷に、慣れないピピは少し酔ったようだ。
「はい《氷》」
「はいポーション」
「ひんやりー……スッキリー……復活!」
自然回復を待つ時間は無いので、過保護で早々に復帰して貰う。
「それじゃあ行きましょう。湖はこっちよ」
そして精霊組は精霊女王の住まう例の湖へと辿り着いた。
以前ヤマトが訪れたのと同じ場所。
だがやはりこの光景も、以前の印象とは異なるものであった。
「何か、寂しい場所」
ピピの感想は的を射ていた。
湖も木々も以前のように存在しているのに、生命の力強さを感じない。
死んでいるわけではないが……何というべきか、薄い。
輝く光景は姿なく、灰色に色褪せていた。




