91 精霊組の出発準備
「――さて、依頼の提出は終わったし、自分達の買い物に行きますか」
「おー!」
合同会議の翌日。
朝一でヤマト・アリア・ピピの〔精霊組〕は買い物に出向いていた。
真っ先に冒険者ギルドでの用事を済ませたヤマトは、次の目的地へと向かう。
「さて次は、まずはポーションかな」
「おー!」
そしてやって来たのは〔薬屋スピル〕。
精霊術師であるサイのお店だ。
「いらっしゃいませ……こんにちはヤマトさん。ピピもお帰り」
「こんにちは」
「こんにちはー。それとごめんなさい」
いつも通り店主のサイが出迎える。
ピピはウーラのペンダントへの魔力補充を怠った事を謝罪した。
サイとしてもピピの今の仕事は理解しているので、あまり気にしていない様子ではあった。
……そしてこの場には、三人の精霊術師が集まった事になる。
「お二人は何時お知り合いに?」
「仕事先。初めての後輩ー」
「後輩……もしかしてヤマトさんも?」
「初めまして。私はヤマトの連れのアリアよ」
他に客が居ないのを確認して、アリアが実体化して挨拶をする。
「なるほど……初めましてアリア。私はここの店主で、今は留守にしてますがウーラの連れであるサイと申します」
「うん、これからよろしくね」
お互いに自己紹介を終える。
ヤマトはその時のサイの言葉で、精霊ウーラが留守である事を認識した。
「ウーラはお出掛けー?」
「はい。昨日からそわそわしていて…何か違和感を感じているらしいのですが、朝から王都の周りに出向いています」
アリアも感じた〔精霊界〕の違和感を、同じく精霊であるウーラも感じ取っていたようだ。
となれば何処かに居るであろう他の精霊たちも感じ取っているのだろう。
今はまだ精霊界に繋がりを持たないシロは完全に普段通りであったが。
「そうだ、少々お待ちを」
一言言い残し、サイは店の奥へと消えた。
そして一分程で再び姿を現した。
「ピピにこれを」
そう言ってピピに手渡されたのは、大きさで言うのなら野球ボール程の、大きな〔精霊結晶〕であった。
「ピピが来た時に渡してくれとウーラが」
「これって……良いの?」
「はい」
その精霊結晶に、ピピは心当たりがあったようだ。
ただ静かに見つめ続ける。
「(……あれは形見ね)」
「(形見?)」
「(ええ、精霊って言うのは死に方によっては、ああいう風な大きな結晶を残して逝く事が稀にあるのよ。漏れ出る力の積み重ねでも相当な時間さえ掛ければあの大きさに出来ない事も無いんだけど…二人の表情を見ると形見のほうで正解でしょうね)」
何処か懐かしそうに、その上で寂しそうな二人の表情。
そこに何も知らないヤマトが割り込む事は躊躇らわれた。
そのまま少しずつ静かに時間は過ぎて行く。
長く感じたが実際には数分。
そこでピピがヤマトに視線を向け、そのまま近づいてきた。
「はい。これは後輩君が持ってて」
そう言って、その手に持つ大玉の〔精霊結晶〕をヤマトに渡してくる。
当然ヤマトは躊躇する。
「大丈夫。多分私たちよりも後輩君に必要になるだろうものだと思うから」
「……そうですね。受け取ってください、ヤマトさん」
その提案にサイも乗る。
この状況ではヤマトは受け取るしかなかった。
「お預かりします」
「預かるだけじゃなく、必要だと思ったら迷わず使う事。良い?」
「分かりました」
ヤマトには〔精霊結晶〕の使い方はイマイチ分からない。
だがその道の先輩達がそう判断しその勝手を知るアリアが側に居る以上、これは大きな助けになるのだろう。
精霊の形見。
望むならばその想いが報われる使い方をしたいものだ。
「……おっと。本業を失念するところでした。改めまして、いらっしゃいませお客様。本日のお求めはどちらでしょうか?」
つい身内話で忘れかけていた本題。
サイに促され、ヤマト達は必要なポーションを見繕ってゆく。
「――次の場所はー?」
「武器屋かな?」
ポーションの補充も終わり、スピルを後にした三人は次の場所へと向かう。
「そう言えばギルドでは何も買わなかったけど、魔石は補充しなくて大丈夫なの?」
「あぁ、魔石はシフルさんが見繕ってくれたものがあるから大丈夫」
昨日の会議直後、ヤマトはシフルから袋を一つ渡された。
その中に入っていたのは、補充するつもりであった〔魔石〕。
しかも全てが高品質なものだった。
おかげで買い物の手間が省けたどころか、質が上がっている分以前のゴーレムよりも扱いやすくなる。
さらっと用意が出来る辺り、流石は賢者と言うべきだろうか。
「武器ならこっちー」
その後、必要な買い物に応じてピピがオススメの店に案内してくれたおかげで、予定よりも少し時間は掛かったが、買い物自体はすこぶる捗った。
その分財布どころか収納貯金も適度に消費した。
必要な出費ゆえに仕方がない。
仕方がない。
「食事ならここー」
そうこうしている間に昼食の時間となったため、城ではなく外で済ませる事にした。
ここもピピのオススメの店。
流れでピピの分まで奢る事になったのだが、色々紹介して貰ったのお礼もあったので後悔はない。
ないのだが…昼食としてはそれなりのお値段のお店だったのは、最初からそのつもりがあったのではと勘繰ってしまう要素ではあった。
オムライスが美味かったので満足ではある。
「……あの、もしやヤマト様では?」
そんな中、町中でヤマトに声を掛けてきた人物が居た。
振り返るとそこには、見覚えのある顔があった。
「えっと確か……〔輝き亭〕の」
「はい。その節は助けて頂きありがとうございました」
そこに居たのは、ヤマトが泊まった宿である〔輝き亭〕の店主。
王都襲撃の折に倒壊した宿で手を貸した人物だった。
「おかげ様であの時の人々は全員無事に避難する事が出来ました」
「それは良かったです」
その後を確認する事の出来なかったヤマトにはこの報せは朗報であった。
「お会いできて良かったです。これでようやくこちらをお返しできます」
そう言いながら店主が〔魔法袋〕から取り出したのは、ヤマトにとって見覚えのある無くし物。
瓦礫に埋もれ、放置してきたローブと杖であった。
流石に予想外の出物で一瞬驚いたが、そのまま静かに受け取る。
「……残ってたんですね。ありがとうございます」
「お客様の忘れ物は一定期間お預かりするのが我が宿の規則ですので。そのまま期間を過ぎる事も多いのですが、こうしてきちんとお返し出来て良かったです。修復に出していた物が返ってきた日に持ち主が現れるのも良い運命です」
言われて気付いたが、ローブも杖も新品同様に修復されていた。
瓦礫に埋まっていた痕跡は全くない。
「修復……おいくらでしたか?」
「お代は結構です。これもサービスの一環ですから」
結局修復分の代金は受け取られる事は無かった。
「〔輝き亭〕は以前と同じ場所で、もうまもなく営業を再開します。もしよろしければまたご利用していただければ――」
「はい。機会がありました時には必ず」
そうして思わぬ再会も終わり、ヤマト達は王城へと帰って行った。
――そしてその先、城に戻って待っていたのは……
「三人ともお帰り。それじゃあ行きましょうか」
午後はシフルに予定を抑えられていた三人。
シフルに付いて辿り着いたのは、勇者との模擬戦も行った訓練場。
「はいじゃあ適当に付いて。始めるわよ」
「……えっと何を?」
「訓練」
シフルは三人から距離と取り、人型等身大の《ゴーレム》を呼び出す。
生み出された数十の《ゴーレム》は、それぞれ剣士・騎士・拳闘士の装備を纏っていた。
「それぞれタケル、レインハルト、ラウルの劣化版の設定ね。ひとまず私は操作に専念するから、貴方達三人で軽く戦うわよ」
魔石を用いないゴーレムは、魔石ありよりも相当に質が落ちる上に扱いが難しくなる。
だがこうして数だけを優先して展開するにはそちらのほうが向く。
「えっと…それは何故?」
「最低限であろうとも慣らしておいたほうが良いでしょ?ヤマトとアリア、アリアとピピの組み合わせは経験あれど、ヤマトとピピ…そしてこの三人での共闘は初めてになるんだから」
確かにそう。
確かにそうであるのだが……もう嫌な予感しかしない。
「あ、最初は広範囲系の魔法は控えてね。ヤマトの出力だと一撃で片付いて訓練にならないから。まずは数をこなしてお互いの動きに慣れなさい。その後に何段かこなして、最後は私が直接魔法でお相手するわ。ヤマトにはそこが本命になるから頑張りなさいね」
横を見れば、せっせとすぐさま装備を整えるピピ。
ヤマトもすぐさま準備を整える。
前衛アリア、前中衛ピピ、後衛ヤマト。
それぞれがスタート位置に付く。
「はいそれじゃあ始めるわね。適度に追加するから油断しないようにね」
そして始まった訓練は……何というか色々酷かった。
だが確実に身にはなった。
なってくれなくては困る。
(これ訓練と言うよりも嫌がらせに近いのでは?)
その訓練は夕食前まで続き、その日ヤマトはベットに横になった途端に眠りに付いた。
アリアはそもそも夕食前にヤマトの中に戻りそのまま眠り、ピピは夕食を半分眠りながら食べていた。
そして翌日、精霊組は出発の朝を迎える。




