90 合同会議
「――久しいな、ヤマト殿」
「お久しぶりですラントス王子」
賢者シフルに呼ばれ、集まったその部屋には勇者パーティーの面々のほかにも第二王子ラントスの姿もあった。
王子とは秘密の場所の結界装置での一件、ティアを《神降ろし》した際に別れて以来の再会だった。
「報告として聞いてはいたが、こうして直接無事を確認出来て嬉しいぞ」
「私もですが……その左眼は……」
ラントス王子の左眼には眼帯が付けられていた。
よくよく見てみれば、左足にも違和感が見て取れる。
服に隠れて分かりにくいが、右足と比べて大きさが若干異なる。
負傷したという話は聞いていたが……
「気にする必要はない。戦いに不向きな私が魔人を相手にこの程度の傷で生き延びることが出来たのだから安いものだ」
「……そうですね。本当に無事で良かったです」
王子が失ったものは左眼と左足。
だが命は助かった。
王族ならば魔法具の高性能な義眼や義足の手配も容易いだろう。
肝心の本人がそう語るのなら、ヤマトが口出しをする問題では無い。
アレを使えればとも思うが、それはヤマト達の目的に対しての詰みとなるため、絶対に使ってはならない。
「はいそれじゃ、揃ったから話を始めるわよー」
呼び出しの張本人であるシフルに促されて、集まった者達はそれぞれ適当な席へと着いた。
「――今この場には勇者パーティーと、仮称だけど女神パーティーの面々に、ゲストとしてラントス王子にもお越し頂いています」
〔女神パーティー〕というヤマト達の括りは存外間違いでは無いので特に突っ込まない。
今この場には、勇者パーティーのタケル・シフル・フィル・ラウル・レインハルト・ピピ・メルト・ブルガーの八人。
女神パーティーとして行動していたヤマト・ティア・アリア・ナデシコ・レイシャの五人。
そしてラントス第二王子が集まっていた。
「本当は二つの朗報の前祝いでもしたかったのだけれど、どちらも延期になったので真面目なお仕事の話になります」
その報せに、朗報の内容を知っていた面々は表情を一瞬曇らせる。
特に勇者タケルは覚悟をして構えていた分、拍子抜けしていた。
だがお仕事の話と聞いて、改めて気を引き締める。
「ちなみにその朗報って何なのー?」
「『正式に第一王子が王位を継ぐことになりました』ってお話と、『タケルが王女様と婚約する事になりました』ってお話。問題解決までどちらも延期になったからしばらくは他言無用にしなさいね」
どちらかと言うと後者において、知らなかった面々が若干の動揺を見せる。
何人かの視線がタケルを向くが、本人は視線に対しては反応を示さない。
その為、誰もそれ以上は触れることは無かった。
「はい、それじゃあこの朗報二つが何故延期になったかのお話ね。少し前に入った情報なんだけど……王都を離れていた〔第一王子〕の一団が何者かに襲撃されたという情報が入りました」
第一王子は先程の朗報にもあった、いわば次期国王様だ。
どうやらまだ詳しい情報は集まっていないらしいが、次期国王が襲撃されたとなれば確かに一大事だ。
「緊急速報のみでまだほとんど不明だけど、既に先遣隊が派遣されているからすぐに何かしらの情報は入るでしょう。そして私達勇者パーティーには即応準備での待機命令が下ってます」
「済まぬな。本来ならば近衛や騎士団で解決すべき問題なのだが、正直現状は手が足りていない状況なのだ」
「という訳で、せっかく王都まで帰ってきたわけだけど、全員数日は城で待機ね。買い物が必要なら誰かに頼みなさい」
ラントス王子に続いてシフルがまとめる。
つまり勇者パーティーには、次の仕事として第一王子の保護にまつわる役割が与えられる可能性が高いと言う事だ。
本来勇者パーティーは、対魔王軍の戦力。
それを別の場に向かわせると言う事は、それだけの事態が起きている、もしくは起こり得る状況と見てるのだろうか。
いずれにせよ、シフルとタケルが受け入れているのならば外野が口出しする話でもないため、ヤマトは無言を貫く。
「済まぬなレインハルト殿。久々の帰宅を邪魔した」
「お気になさらずに。これも役目と、妻も理解してくれます」
パーティー内唯一の既婚者のレインハルト。
彼の自宅は王都内にあるため、今回久々の帰宅になるはずだったようだが、王城内での待機命令によりそれも流れた。
当のレインハルト本人は、その事に一切愚痴も言わずに淡々と受け入れる。
「……それで、今しがた全員待機って話をしたばかりなんだけど…実は勇者パーティーから三人、女神パーティーに人材を貸し出すことになりました。――フィル、ピピ、メルト」
シフルに呼ばれた三人。
彼女たちがシフルの示す、勇者パーティーから女神パーティーへの増援だ。
「私もー?」
「私もですか?」
フィルは元々〔四つの鍵〕の一つである巫女として、同行は半ば強制的に決まっていた。
だが二人は完全に初耳だった。
「悪いけど、これは上司としての命令ね。戦力の分散に関してはラントス王子の許可も取ってます」
「許可は出したが……ほとんど何も説明されずに押し通されたに近い形であったがな。まぁそれが必要で話せない事情もあるのだろうが……」
呆れるラントス王子の視線が、一瞬ヤマトとティアに流れる。
知らずとは言え《神降ろし》に立ち会った王子には、何かしら察した部分もあるのだろう。
「それが仕事なら構わないー」
「私も、シフルさんの指示で、きちんと許可も取れているのなら文句はありません」
ピピは元々冒険者としての雇われであるために、仕事の指示ならば余程の内容でない限りは受け入れる。
メルトに関しては、実家の問題に関して執行猶予のような立ち位置に置かれているため扱いが難しいのだが、王子の許可があるのなら誰も文句は言うまい、
これにより勇者パーティーからフィル・ピピ・メルトの三人が女神パーティーに出張する事となった。
「……こっちの女性陣を全員引き抜かれたな」
「私も女性なんだけどね?」
「ソウデスネー」
ラウル王子が、勇者パーティーの女性陣が別行動を取る事に僅かながら不満を持ったようだ。
一気に男女比が傾いた勇者パーティーはご愁傷様とだけ思っておこう。
「それじゃあここからはティア様に交代で」
「はい。――みなさんこんばんは。早速ですが……ナデシコさんとレイシャさんにお願いがあります」
シフルと入れ替わりでみんなの前へと立ったティアが、早速話を進める。
「本来の予定なら、ナデシコさんは再びこの王城で待っていただく事になっていましたが……こちらも状況が変わりました。ナデシコさんにも同行して頂きたいのです」
「同行……〔聖域〕という場所へですか?」
「はいそうです」
今までのような仕方がないから連れて行くという立場の話ではなく、明確にナデシコが必要だと言うお話。
それはナデシコの側仕えであるレイシャにも関わる話だ。
「本命の目的以外に、もう一つ気にすべき問題が起きてしまったため、次の行動ではヤマト君とは別行動を取ることになりました」
ティアの別行動の提案。
ティア達は予定通りに〔聖域〕へ向かう。
それとは別に、同時進行でヤマトは異変の起きている〔精霊界〕へと向かう。
ナデシコには、一時的に離れるヤマトの代わりにやって貰いたい役目があった。
「勿論、旅をする以上は少なからず危険もあるでしょう。ですから無理強いは――」
「大丈夫です。行きます」
ティアの話を遮り、ナデシコはハッキリと宣言した。
「……私にも出来る事があると言うのなら、ぜひ私にも協力させてください!」
今までただ着いて行く、守られるだけの立場だと思い込んでいたナデシコ。
ここに来て初めてきちんとした形で役に立てると、むしろやる気になっていた。
……ヤマト達がその内心を知れば、道中の家事全般をレイシャやナデシコに任せっぱなしになっていた時点で、ナデシコが何の役にも立っていないなどという話は絶対にあり得ないとハッキリ宣言するだろう。
とは言えこれは個人の認識の問題ゆえに仕方がない。
「でもレイシャは……」
「はい、私には次の――」
「そっちは気にせず行って来い」
レイシャには既に次の仕事。
ナデシコの側仕え以外の仕事が割り当てられている。
ゆえに同行できない旨を伝えようとすると、ラントス王子が遮った。
「リトラの事であろう?向こうは延期が確定しているのだから、異動は先延ばしにしても問題ない。私の方で話をしておく。だからもしもそちらに行きたいのであれば、そのままついて行けばいい」
後から聞いた話によると、リトラーシャ王女の婚約に合わせて、王女の側付きの一人として異動になる予定だったという。
だが勇者との婚約話の中身が先延ばしになったため、急ぐ必要も無いと宣言する。
レイシャは少し迷って、そして返事をした。
「……分かりました。それではもうしばらくお世話になります」
「お世話になるのはこちらですけどね」
ティアの言うとおり、家事全般はほぼ任せきりであったため、レイシャが居る居ないで道中の環境が大きく変わる。
別行動するヤマトには当面は縁のない話なのだが。
――そうして二人の参加も決まり、女神パーティーは〔聖域組〕とするティア・フィル・ナデシコ・レイシャ・メルトに外部ゲストを一人加えた六人チームと、〔精霊組〕とするヤマト・アリア・ピピの三人チームの二組に分かれて行動する事となった。




