81 目覚めたヤマトと眠る三人
「――また知らない天井か」
このネタの出番は、果たしてこれから何回訪れる事になるのだろうか。
条件としては一騒動からの気絶、そしていつの間にやら何処かのベット。
そして目覚めて一目が見知らぬ天井だ。
「それ、タケルも言ってたけど何かの儀式か挨拶だったりするのー?」
何故かベットの側で、ヤマトをじーっと見ていたピピから声が掛けられた。
どうやら勇者タケルもこのネタをやっていたらしい。
日本人の宿命なのだろうか?
そんな事を言えば怒られそうな気もするが。
「……おはようございます。それで何で先輩が居るんですか?」
「お見舞いー。そしておはよう後輩君ー」
「私も居るわよ」
窓際には賢者シフルの姿もあった。
「おはようございますシフルさん」
「はいおはよう。ちなみに私は目覚めの兆候を読み取ったから確認に来ただけね。はい剥がすわよ」
ヤマトの腕に貼られていたシールのような何かが、シフルの手で剥がされた。
どうやらこれがヤマトの目覚めの兆候を知らせるものであったようだ。
「はいこれは何本に見える?」
「三本」
「これを目で追って」
「……」
「バン!(手を叩く音)」
「!?」
「……意識はしっかりしてるみたいね。元々傷は大したことは無かったし、これならもう自由にしても良いわよ」
シフルによる簡単な診断を終えて、入院していた訳で無かったが退院許可が出た。
「それじゃあ私は他に行くわね。あ、後でまた声掛けるから遠出はしないでね」
そしてシフルはこの部屋を出ていった。
「シフルさん……お仕事中?」
「医者も治癒師も足りてないからお手伝い。フィルもうろうろ大忙しだった。今はマシだけどねー」
起きた出来事、そして負傷者の数を考えれば当然と言えば当然。
とは言え難所は超えてるようなので、ヤマトの拙い治癒の出番は無さそうだ。
「……それで、俺はどのぐらい寝てました?」
「魔人と戦ったのは一昨日」
「二日目か。痛みも何もないし今回は上々かな?」
今までは長く眠るか、起きても傷が癒えていない状況が多かったので、それらに比べて今回は上々の目覚めだと思う。
「というか……ここ個室なんですね。大部屋的な所に押し込まれるかと思ってました」
「きちんとした医療施設のベットは埋まってるから、後輩君の特殊な事情も加味して割と隔離に近い対応ー」
隔離という言葉に少々引っ掛かるものはあるが、特殊な事情があるのは事実なので反論はしない。
わざわざ隔離という言葉を使用する意味があったのかは問いたいが。
「そもそも、ここってレイダンですか?」
「そうー。流石に二日じゃ余所には運べない。ロドムダーナには運ぶ場所すら存在しない。だから必然的にレイダンにみんな運ぶしかなかったー。」
「ロドムダーナ……そうだ、あの町は――」
「ちょっと待って……はい、こんな感じー」
ピピが見せてくる一枚の紙、
そこには簡易的なロドムダーナの町の地図が掛かれていた。
元々冒険者だったようなので、この辺りの技能は充分持ち合わせていたようだ。
「で、ここらへんがこう……私たちが居たのはこの辺ー」
そして地図に書き込みをするピピ。
情報が加わり、今の町の大まかな情報がヤマトにも伝わった。
「この形と範囲……まるで隕石の、クレーターみたいだ」
ロドムダーナの町の半分近くが、巨大なクレーターのような大穴に呑み込まれていた。
ヤマトが展開した《女神の盾》の後方は綺麗に無事なため、まるでホールケーキから一切れ分切り取ったような形に近くなっていた。
……ピザの一切れのほうが良かっただろうか?
「だけど……思ったよりも範囲は狭い?」
あの余波の規模を考えれば、もっと広範囲に、町の外にも影響があってもおかしくはなかったはずだ。
だがこの情報が確かなら、影響はキッチリ町の範囲に収まっている。
「シフルさん曰く、あの乱入者が少なからず流れを調整したんじゃないかって言ってた。横への影響よりも縦への、地面・地下への影響が大きくなってるらしいー。そのせいで土地はトンデモない状況になってたけど、範囲自体はその絵の通りー」
何か思惑があっての事なのかは分からないが、いずれにせよこれが良し悪しだったのかヤマトには判別出来なかった。
「……正直、ロドムダーナはもう駄目かも知れない。町や人、そして土地の被害も大きいけど、ここに町が出来た一番の理由だった〔ダンジョン〕が死んだから、ここに町を復活させる利点がかなり少なくなった」
ある種の観光資源となっていた〔ロドムダンジョン〕が、今回の一件で完全に沈黙したそうだ。
ロドムダンジョンの地下階層は基本的には町の外側に向けて広がっているそうだが、特に広いいくつかの階層は町の真下にも届いており、深く開いた大穴はそんな町の真下にまで広がっていた階層にも届いていた。
ダンジョンの一部が破損し、全体のバランスが崩れたダンジョンが暴発暴走を避けるために機能停止したという予測らしい。
いわゆる安全装置が働いたと言う事だろうか。
一度停止したダンジョンを再起動させる術を人々は持たない以上、ロドムダンジョンは死んだも同然だった。
(ダンジョンを壊す程の威力か。よく無事でいれたなぁ)
普通は魔法程度で破壊する事など不可能なダンジョンの壁や天井を、乱入者の魔法はぶち抜いてしまった。
その調整とやらが無ければ、ヤマト達はどうなっていたやら……。
(……アイツは何者だったんだろうか?黒い神域宝具についてはティアが心当たりがあるみたいだし、アイツの事も予想は付いてるのかな?……そう言えばみんなは今何を――)
そこで、ヤマトは三人の存在を思い出した。
「そうだ!先輩!あそこに居た〔三人の冒険者〕ってどうなりましたか!?」
「あの三人は確か隣の建物に――」
ヤマトは言葉を聞き切る前に、そのまま部屋を後にした。
「あ、ヤマトさん。目を覚ましたんですね」
駆け足で辿り着いた建物、部屋。
最初に把握できたのはフィルの存在だった。
そして見渡すと他にも数人、白衣を着た人たちが居る。
「三人は?」
「そっちです。あ、素人は触れない様にしてくださいね。まだ原因の特定が済んでないので、この部屋も半ば隔離のようなものですから」
ヤマトに対して適当に使われた隔離という言葉ではなく、きちんとした使い方の隔離。
その先には、あの場に倒れていた三人の冒険者。
〔そよ風団〕のコハク・ヒスイ・タリサが、それぞれベットで眠っていた。
「タケルさんの話ですと、魔人に操られて襲ってきたらしいのですが、何をされたのかの詳細はまだ調べている最中です。今後の為にも私達に追いついた移動手段についてもハッキリさせたいですね」
ヤマト達とそよ風団は同じ日にアロンの町に居た。
そこからレイダン、そしてロドムダーナまで、自転車とグリフォンという特殊な移動手段を用いたヤマト達に、普通の手段でこんなにも早く追いつける訳がない。
つまりはそこにも、あの魔人が関係しているのだろう。
その性能次第では魔人対策についても考えなければならない点が増えるため、きちんと調べるつもりのようだ。
「あのスカルワイバーンとかランドワームは?」
「ワイバーンは可能性としてはあるのですが、飛行速度が微妙らしいです。速度特化の特殊個体なら無くはないそうですが、断定するには根拠が足りないそうです。冒険証の履歴から依頼の最中だったようなので、そこからも調査が必要になると思います。正直本人たちの事も、経緯手段に関しても、後任に引き継いで専門家任せになるので、私たちの出番は殆どありませんが」
三人は心配ではあるが、調査というならその専門家に任せるしかあるまい。
優先順位を考えれば、フィルがこの三人に構い続ける訳にも行かないだろう。
「さて、そろそろ出てください。ここは関係者以外立ち入り禁止で面会謝絶の隔離場ですからあんまり長居しないでください。進展があったらちゃんと報告しますから」
そうしてヤマトは追い出された。
「どうだったー?」
廊下で待っていたらしいピピ。
「分からないけど、俺にはどうしようも無い事は分かりました」
「なら待つしかないねー」
「そうですね……」
ヤマトには、そよ風団の三人が無事に目覚めて復活してくれる事を祈る事しか出来なかった。




