70 戦場のランチタイム?
「くぅッ!……はぁッ!!」
「そのまま抑えてー……《九斬り》!レドー」
「グエェ!!」
「ナイスアシストー」
「すぅ……はあッ!!」
「グルゥウウウウウウウ」
〔フェンリルその二〕の体当たりをレインハルトが盾で抑え込み、その隙にピピとレドが攻撃、フェンリルの力が緩んだ一瞬に盾による打撃を叩き込む。
この場には二人と一体だけでフェンリルの相手をしていた。
そもそも仲間たちが倒れてからはレインハルトとピピの二人のみであったが、フィルと共にレドが駆けつけ加わってくれたため、最初よりもだいぶマシにはなった。
――そこに更なる増援が合流する。
「そーれッ!!」
フェンリルの強烈な拳の一撃が加えられた。
轟音と共に弾かれ後退するフェンリル。
その一撃の主、一人の女性が立っていた。
「――上位精霊」
「あら、ここで分かる子に出会うのは予想してなかったわね」
拳で戦うアリアが戦線に参加した。
その正体を〔精霊術師〕であるピピは一目で見抜いた。
言葉からはいつもの口調が消えていた。
「まぁ誤魔化す手間が省けていいのかしらね?私は精霊のアリア。手助けするからよろしくね」
「……何で上位精霊がここに?」
「何でと言われると説明しにくい所もあるんだけど、単純な話をすると私の契約者が来てるから。今頃はフィルのほうと合流してるわね」
上位精霊と、その契約者が援軍としてやって来た。
それ自体は朗報なのだが……
「上位精霊が人と契約を……?」
「上位だろうと下位だろうと、出会いがあれば契約する精霊だっているわよ。貴方もあまり人の事を言えないんじゃないの?」
精霊術師であるピピは、その希少な例の一つであった。
「ところで、私の事よりもアレの相手をしないといけないんじゃないの?」
フェンリルが再びこちらへ牙を剥く。
その攻撃を、レインハルトの盾がしっかりと受け止める。
「ピピ!話は後にしろ!――アリアとやら、協力感謝する。援軍と名乗るからには躊躇なく頼らせて貰う。その力を存分に振るってくれ!!」
「りょーかい」
「……後で話を聞かせて」
「全部片付いて落ち着いたらね。その時にはあなたの精霊についても聞かせて」
「……分かった。レドー」
「グェエ!」
〔フェンリルその二〕討伐戦は第三ラウンドに移行した。
「――靄が邪魔だな。これもフェンリルの妨害のせいか?」
領域の中心部に進むうちに靄が出て来た。
とは言えさほど濃くはない。
精々が嫌がらせ程度にしか思えないが、ここが《妨害領域》の中心部に近い事を考えると注意を怠る訳には行かない。
そんな中をヤマトは進み、フィルのもとに辿り着いた。
「……こっち来るの早くないですか?もう片付いたんですか?」
「ちょろっと手伝って、後始末も人任せだからな。――それで、手伝えることは?」
フィルと合流したヤマト。
その目の前には、二十人近くの人々が意識不明のまま地面に横たわっていた。
「魔力が厳しいので、その無駄に余らせてる魔力を分けてください」
「別に余らせてる訳ではないんだけどな――《魔力供給》……どうだ?」
両手で杖を握り構えているフィルの手に、ヤマトの右手が横から触れる。
魔法を維持するのに必要な魔力をヤマト頼みにする事で、ようやく一息つくことが出来た。
「……ありがとうございます。これで問題なく維持する事が出来ます」
しっかりと接続された事を確認し、ヤマトはその手を離す。
険しい表情から、若干安堵の表情に変化したフィル。
よくよく見ると周囲にはポーションの空き瓶が複数転がっている。
魔力を何度も補充してたようだ。。
「……全員に《干渉防壁》を掛けてるのか。そりゃ足りなくなるわ」
目の前に横たわる意識不明者たち。
精神干渉・汚染により倒れたのだろう。
その全員に汚染除去を行った後に、全員分の《干渉防壁》を維持する。
プロテクト自体は身に纏う系統の魔法ではあるが、他者へと付与するのなら当然この場の妨害の影響を受ける。
フィルで無ければポーションありきであろうとも成立する事すらなかっただろう。
「無茶するなぁ」
「必要だからしているだけです。というかヤマトさんにだけは言われたくないです」
定期的に無茶をしているヤマトは、その方面での発言権を完全に失っていたようだ。
「避難は?」
「無理です。レドが試しましたが、この領域から外に出ようとすると何度やっても戻ってきてしまうんです」
フィルの言葉を聞き、ヤマトは一つ試してみる。
「《人形創造》」
人型の土ゴーレムを一体生み出し、試しに領域の外に向けて真っ直ぐ歩かせる。
靄の先へと消えていく。
そしてしばらくすると、真っ直ぐこちらに向かってくるゴーレムの姿が現れた。
当然ゴーレムは前に真っ直ぐ歩き続けただけだ。
「また面倒なものを重ねやがって……領域の境目付近に居た時は戻れたんだが」
「私も同じです。恐らく領域の中心部からの距離によって一部の効果に差があるんだと思います。靄の出ている内層まで来てしまうと引き返すことが出来なくなってしまう……発生源であるフェンリルを倒しきらなければ、いつまで経っても出れないんだと思います」
案の定《界渡り》は反応無し。
〔転移結晶〕は使えそうだが、上限三人では話にならない。
「……だからと言ってヤマトさんは向こうに行かないでくださいね?こっちに来たのなら人命維持に全力を出してください。今の私達は彼らの命綱ですから。万が一にもヤマトさんからの魔力が途切れれば意識不明者全員の命が危ういです」
フィルはプロテクトの維持で大きくは動けず、ヤマトは燃料タンクとしての役割がある。
ヤマト自身は動けはするし、他の魔法を並行して行使する事も出来るが、妨害の影響もあり通常時の最大出力は当然出せない。
中途半端な戦力もあるだけマシと考えられなくもないが、そのために万が一にも意識不明者を危険に晒す可能性を出したくはない。
「――モグモグ」
「……何をいきなり一人だけ食事を始めているんですか?」
ヤマトはその場に座り込み、仕舞っていたサンドイッチに手を付けていた。
「折角手が空いてるんだから食える時に食っておこうと思って。待つ立場とは言え、何が起こるか分からないからな。フィルも今の内に食べておいたほうが良いんじゃない?魔力分の負担は大幅に減ってるし、フィルなら座ったり食べたりしながらでも維持は出来るだろ?」
「そうですね。そうしたいですけど……横でそんな新鮮野菜のサンドイッチを食べられると、質素な保存食のみの味気無さが際立つんですが」
その場に座りつつ、そんな事を言いだすフィル。
確かに持ち歩く食料の質の差は、時間停止の《次元収納》と通常時間の〔魔法袋〕で歴然とした差がある。
「もしや暗に『私にもそれを寄越せ』と言われてる?……別に良いけど、タマゴ・ハムチーズ・トマトレタスのどれがいい?」
「タマゴとハムチーズとトマトレタスでお願いします」
「全部じゃんか!?いやまぁ食料自体はまだあるからいいんだけど。ほら、好きに持っていってくれ」
ヤマトはサンドイッチの入った箱を、フィルのほうへと寄せる。
「頂きます……あ、このタマゴ良いですね……ドマトも良いですね。こっちのハムチーズも……これって何処で買った物ですか?」
「えっとこれは……ってもう全部食ったの!?」
箱の中身は綺麗に消え去っていた。
そこにはヤマトの分の姿も既に無かった。




