69 《妨害領域》
「ふぅ……これでやっと一つ目か」
状況も一段落し、水を飲むヤマト。
〔フェンリルその一〕は最終的に騎士団長の一撃により絶命した。
結局第一・第二隊の犠牲者はグレートウルフの奇襲の際に出てしまった数人のみで、それ以降は誰も失う事無く決着が付いた。
「全部砕いてきたわよ」
冷凍保存状態だったグレートウルフの氷柱を全て砕き終えたアリアが戻って来た。
「おつかれ。これで大丈夫かな」
フェンリルの死骸は、合流した第二隊によって順調に解体されている。
すぐに魔石も回収できるだろう。
町の外であれば放置してもスライムが綺麗に魔石ごと掃除をしてくれるだろうが、壊滅状態とはいえここは町の中であり、《結界》もある。
スライムが寄り付かない以上、フェンリルの死骸を放置は出来ない。
最低でも魔石だけは回収しなければ、そのまま〔アンデット化〕する可能性もある。
「……フェンリルのアンデット。見たくないし会いたくも無いなぁ」
「だからちゃんと回収してるんでしょ?ほら、魔石が出て来たわよ」
視線の先、解体中のフェンリルの中から取り出された大きな魔石。
その姿が視界に入ったのだが……
「半分くらい黒いな」
「そうね」
本来魔石は純度や透明度の差はあれど赤い色をしているのが基本だ。
だがこのフェンリルから取り出された魔石は、全体の五割程が黒く染まっていた。
「……〔ドドメキ〕の時は何も残らなかったし素体が人間だったけど、アレも魔石があったならあんな感じだったのかな?」
「多分向こうのはもっと黒かったんじゃない?確認のしようがないけど」
ヤマトとアリア、二人がフェンリルに感じた黒い気配は〔ドドメキ〕のものよりも若干薄かった。
そして魔石も見ると、恐らくはドドメキとフェンリルでは〔負の感情〕とやらの強さや濃度に差があったのだと思う。
フェンリルにもドドメキ程の侵食があったならと思うと、考えるだけで寒気が走りそうだ。
「――あ、そう言えばさ、その杖って何処から出したの?」
ヤマトは戦闘中に浮かんだ疑問を思いだした。
アリアがいつの間にか手にし、振るっていた杖。
杖無しでも魔法を扱える精霊がわざわざ杖を持つのは、ヤマトの持つ指輪のようにカモフラージュが目的だろうと言うのは予測が付くが、収納を使えるわけでもないのに一体どこから取り出したのか分からなかった。
「あ、これ?これ杖でも何でもない、ただの木の棒よ?」
投げてよこして来たので受け取るヤマト。
確認してみると確かにただの棒であった。
「即席でちょろっと作成しただけよ。見た目だけヤマトが前に使ってた安物を参考にしてるけど、こだわりも一切ないから持っただけで偽物だって分かる単純なものよ。私が実体化を解くと一緒に消えちゃうし」
「へぇー。流石と言うか、便利だな」
「それよりも、いつまでもここでゆっくりしてていいの?」
「おっとそうだな。そろそろ次に行くか。挨拶は……忙しそうだし伝言頼めばいいか」
彼らのもとに近づき、適当な騎士に伝言を頼み、ヤマトとアリアは次へと向かった。
「――ヤマト、止まって!」
騎士団と離れマウンテンバイクを漕いで移動するヤマトを、アリアは急に止めようとしたが間に合わなかった。
「く…ぁ――」
ヤマトの視界が歪む。
思考が鈍くなる。
そしてバランスを崩したヤマトのマウンテンバイクはそのまま転倒する。
「痛ッ…!」
転倒しながらも何とか体制を整えたため、事故は起きたが掠り傷程度で済んだ。
「ヤマト!――《水払い》」
思考の霧が晴れ、視界も整う。
《水払い》はいわゆる精神汚染や干渉を除去する精霊魔法。
これが効いたと言う事は、つまりヤマトは精神汚染や精神干渉の類の攻撃を受けていたという事になる。
だがそれはアリアの精霊魔法のお陰で払う事が出来た。
しかし――
「……くっまた――」
「《水払い》」
一度は晴れた汚染・干渉が再び始まった。
それをアリアが再び払う。
だが恐らく、対策を取らねば再び干渉されるだろう。
「――《干渉防壁》」
ヤマトは自らに魔法を掛ける。
《干渉防壁》。
他者からの魔法干渉を弾く魔法。
発動している間は常時魔力を消費する事になるが、行動不能や、受ける→対処のイタチごっこになるよりはマシだ。
性質上、他者からの《強化》や《治癒》等も弾いてしまうが背に腹は代えられない。
「……ありがとうアリア。もう大丈夫」
ヤマトは取り出した水を頭から被り、意識をハッキリ覚醒させる。
そして残った水を一口飲み、そして立ち上がる。
「ごめん、油断した」
「流石にこの不意打ちは仕方ないわ。私ですら踏み込むまで気付けなかったし、何よりヤマトの〔耐性〕を超えてくるのも予想外だもの」
ヤマトは〔女神様の使い魔〕として、それなりに高い〔精神干渉耐性〕を備えている。
にも関わらず、それでも防ぎ切れなかった。
「ちょうどその辺りを境目にして、《精神干渉》系統の魔法を含んだ何らかの空間が展開されているわね。他にも色々混じってるみたいだけど」
「……伝信や探知・感知系の魔法も駄目だな。つまりもう相手の領域に踏み込んだってことか」
ヤマト達が目指していたのは、勇者パーティーと騎士隊が合同で対処している〔フェンリルその二〕の戦場。
賢者シフル曰く、フェンリルが覚醒した何らかの能力により連絡が一切取れなくなった領域。
どうやら既にその領域に足を踏み入れたようだ。
しかもそこは連絡妨害のみならず、精神干渉まで発生している。
「……もしかして――《火よ》」
ヤマトは指先からライターのように火を灯す。
「《火弾》」
そしてその指先の火を小さな弾へと変換し、指鉄砲のように地面に放つ。
だがその小さな《火弾》は、地面に触れる前に消えた。
「探知だけじゃなく、他の魔法にも干渉されてるな。《干渉防壁》や指先に触れてる火は問題ないから体に触れている魔法は問題なさそうだが……肉体から放つ・離れる魔法は放たれた瞬間に影響を受けて減衰する。……いつもの性能を維持するには魔力がかなり持っていかれるな。妨害にしてもやり過ぎじゃないのか……?」
まずほとんどの人間が精神干渉で戦闘不能になる。
乗り越えたとしても魔法系の攻撃は大幅な弱体効果を受ける。
そして外部への連絡手段も阻害されている。
恐らくはこれが〔フェンリルその二〕に目覚めた能力なのだろう。
〔妨害領域〕の構築。
「成程、かなり面倒だな」
そう言いながら、ヤマトは転がるマウンテンバイクを仕舞い、来た道を引き返す。
「何処に行くの?」
「とりあえずこの領域を一度出る。領域の外なら伝信も使えるだろうから、シフルさんに情報を送る」
連絡手段は遮断されているが、シフルの《結界》から得られた味方の現在位置情報にはきちんと合同チームの情報が載っていた。
生命反応の感知が可能なら、そこから対策を講じる事が出来るかも知れない。
更に、このまま他にも来るかもしれない増援が、何も知らずに足を踏み入れるのは避けたい。
情報を送り、対策を検討して……
「……アリアは問題ないの?」
「私が精霊だからじゃないの?」
精霊には影響なしという情報も付けよう。
「送信っと……返信早!?」
シフルさんから速攻で返事が返って来た。
〈情報感謝。対策準備中。中はよろしく〉
「了解っと……よし進もう!多分精霊頼みな展開も多くなると思うからよろしく!」
そしてヤマトとアリアは再び妨害領域へと足を踏み入れた。




