67 氷の世界
「……当然だけど、戦闘真っ只中だな」
目的の戦地間近へと辿り着いたヤマトとアリア。
邪魔にならない程度に距離を空けた後方から、援軍として参戦するタイミングを見計らっていた。
「〔グレートウルフ〕の群れはあと少しで全滅か。となると後はフェンリルだけど……って、なんだあれ?」
視界に映った、複数の《召喚陣》。
そして減らしたはずの〔グレートウルフ〕が補充されていた。
「確か《眷属召喚》とか言う能力だったよな。心当たりはある?」
「無くはないけど、正直私の知るものとは別物よ、アレ。大人しく聞いた方が早いんじゃない?」
「そうする……もしもしティアー?」
ティアとの回線を開放。
ついでに視覚と聴覚も一時的に繋いで、あの《召喚陣》を確認して貰う。
「(また厄介な事に……あれの設定は、ニ十体という上限枠内でなら何度でも眷属を召喚出来るようになっています。勿論召喚する度に魔力は消費しますが、逆に言えば魔力が続く限りグレートウルフが沸き続けます。生存個体が減れば自動で補充されるようになってるのもめんどくさいですね)」
グレートウルフの自動生成・召喚装置と化していた。
そして肝心のフェンリルはというと……。
「(騎士は眷属で足止め、自分は傷を癒すためにお休みですか。あのフェンリル、随分と良い御身分ですね)」
目標のフェンリルは、その傷を癒すために眠り続けている。
つまり長引けば長引くほどにフェンリルが全快へと近づいてしまう。
「下手に寝る子にちょっかいを出して、両方相手にしないといけないような状況になるのは危険そうだなぁ。先にウルフかな?これって大元の《召喚陣》を潰せば止まる?」
「(無駄……という事はないですね。展開直後の《召喚陣》を、召喚が完遂する前に破壊すれば召喚そのものが失敗します。ただこれは固定・設置型ではなく、範囲内であれば随時自由な場所に展開できる型のため、結局は別の場所に再度展開させるだけで、延々続くモグラ叩きみたいになると思います。叩くのはモグラではなく出入り口の方ですけど)」
「モグラ叩きか……それを続けている限りは、ウルフは止められるんだよな?」
「(キッチリ潰し続けることが出来ればですが)」
ウルフを倒す→新たな召喚陣が展開→陣を潰す(=出てこない)→別の場所に新たな陣が展開→陣を潰す(=出てこない)。
これをニ十体分常にやり続ければ、この場に現れるウルフの数はゼロになり、潰し続けている限りはそのゼロの状態が維持される。
安心してフェンリルに手を出せる。
「……ちなみに他の案はない?」
他に手がないならモグラ叩きでもやるのだが、明らかに手間も効率も悪い。
やらなきゃならないなら当然やるが、出来れば他にもっと有効な手を見つけたい。
「……ティア様に確認したいんですけど、ウルフが死んだら新しい個体が召喚されるのよね?」
「(そうですね。逆に言えば生かしておけば、新たな個体は召喚されません)」
「――だそうです。あれ?それなら……」
ヤマトとアリアの意見が一致した。
「「凍らせる」」
「――クソッ次から次へとキリがない」
「愚痴を言う暇があるなら反撃の手を考えろ副隊長」
グレートウルフ相手に剣を振るいながらも、会話をする余裕はある二人。
【フロイントリッヒ・シャロノフ(人族:騎士団副隊長/騎士)】
【ルナ・ティーク(人族:騎士団長/騎士"月の騎士")】
この場におけるツートップであった。
「倒しても倒しても沸き続ける。放置するにしてもアホ犬の牙は鋭すぎる」
騎士たちは簡単に斬り伏せているようにも見えるが、相手は上級の魔物である。
一手ミスをすれば命にも関わる相手だ。
本当は構わず本命を相手したいのだが、無視して後ろから噛みつかれてもたまったものではない。
だがこのままだと何も進まない。
そんな時、彼女たちに〔声〕が届く。
『もしもーし。聞こえてますか?』
騎士十人にだけ聞こえる、若い男の声。
『お邪魔して申し訳ありません。私は冒険者のヤマトです。今はシフル様から借り受けた〔魔法具〕を使って貴方たちだけに語り掛けています。相手が万が一にも人語を理解していると厄介ですので……そうだ、合言葉は〔賢者シフルは隠居したい〕です』
味方の確認の為に使う符丁。
それを知るヤマトと名乗る男は、確かに我らの味方なのだろう。
『えっと、これから私達の方で、グレートウルフ二十体を処理したいと思います。もちろん補充がされないように完全に封じます。なので私が合図をしたら全員一斉にウルフから距離を取って貰えませんか?巻き込まない様にはするつもりですが、ウルフと接触した状態だと安全の保証が出来ないので。斬りあう中でタイミングを合わせるのは難しいと思いますが、どうでしょうか?もし了承して頂けるのなら何か簡単に返事をお願いします』
騎士たちはその言葉に、お互いの顔を見合う。
そして満場一致の返答をする。
「好きにやってみせろ」
『分かりました。では合図をしましたらお願いします。――アリア、行こう』
その言葉と共に、背後から近づいてくる気配が一つ……いや、二つあった。
斬り合いの中で軽く視線を向けてみると、そこには一組男女が走ってこちらに向かっていた。
そして……跳んだ。
二人は騎士やウルフの上空を軽々と越える。
(《身体強化》……いや《風》か。何にせよ思い切りのいい跳躍だな。跳び過ぎな気もするが)
結構な高さにまで跳び上がった二人を、若干心配するルナであったが、今は気にする場合でもない。
その合図はすぐに来た。
『今です!下がってください!!』
グレートウルフをいなし、ルナを含むすべての騎士が一斉に下がり、距離を取った。
そしてそこに、氷の魔法が舞い降りる。
『――《氷の世界》』
降下する彼らの真下を起点にして、地面を這い広がりゆく氷の領域。
起点から凄まじい速度で全方位に広がり続ける凍土は逃げる間も与えず、それに触れたニ十体のグレートウルフ全てを呑み込み、物言わぬ氷の彫刻へと変えた。
我らに接触していたウルフも、直前に新たに召喚されたウルフも、全て残らず凍り付いた――。
『よいしょっと……あ、これはもう切っていいか』
そしてその氷の世界に降り立ったのは、黒髪の青年と氷のような髪色の少女だった。
「アリア、打ち漏らしは?」
「……無いわね。仕留めたのも無し。ニ十体全部キッチリ冷凍保存完了ね」
たった数秒で、目の前の世界は氷に埋め尽くされた。
凍る大地に二十の氷柱。
雲間から差し込む太陽の光を反射し輝く。
その氷の世界は、戦場とは思えない程に美しかった。
「――ならこっちは任せた」
青年は少女に一つの袋を手渡す。
そしてそう言い残し、黒髪の青年は駆け出した。
目を覚ましたフェンリル目掛けて――




