66 二人の援軍
「――報告せよ」
「第一第二合わせ死者は三名……死者が少ない事は喜ばしいのですが、代わりに負傷者が多いです。この中ですぐに戦闘復帰できるのは我々を含めて八名のみです」
部下から報告を受けるのは、第二騎士団副団長で第二隊隊長の〔レイトン〕。
騎士団長率いる第一隊と共に、〔フェンリルその一〕を相手にしていた。
だが突如召喚された《グレートウルフ》二十体の奇襲を受け、騎士たちは大きな被害を受けた。
多くが無事な第一隊が敵を抑えている間に、怪我人だらけの第二隊は何とかこの場所まで退避する事が出来たが、第二隊二十四名の内二名が死亡し、無事な残りは負傷者が多く、自身を含めて戦線に戻れるのは八名のみとなってしまった。
「第一は一名死亡一名負傷で退避……今なお団長と共に十名が戦闘中か」
第一隊は団長自らが率いる精鋭十二人。
レイトンも副団長に昇任する前は所属していた隊であるため、その実力は理解してる。
……だが、やはり自身の率いる隊との損耗率の差や実力の差を感じずにはいられなかった。
「……今は嘆いても仕方がないか。残った八名は三分後には戦線に戻るぞ!」
「残った者はどうしますか?」
「退かせるしかなかろう。ここも完全に安全とは言い切れない。負傷が比較的なマシな奴らに重傷者を運ばせろ」
「分かりました。指示を出します」
輸送手段が無い以上、身動きの取れない重傷者を運ぶのは苦労するだろうが、この場に放置して行く訳にも行かない。
出来るだけ離れ、可能ならシフル様の元まで。
「隊長。援軍を名乗る方が――」
「何?」
援軍。
この負傷者多数の状況に駆け付けた味方。
「確認は?」
「符丁は合ってます。援軍は男女一名ずつの計二名です」
状況的にはかなり低い可能性だろうが、味方を装って間諜が紛れ込む可能性はなくはない。
だからこそあらかじめ合言葉が設定されていた。
〔賢者シフルは隠居したい〕。
人によっては馬鹿にしているかのような言葉ではあるが、これが賢者シフルの本心である事を知る一部の者達は、この合言葉に苦笑いするしかなかった。
「二人……分かった。その二人をこちらへ」
「はいすぐに」
たった二人されど二人。
しかも賢者シフルが通した者。
警戒はすれど拒否することなどあり得ない。
そしてやって来たのは勇者と同じ黒髪の若者と、水色髪の美しい女性であった。
「初めまして、冒険者のヤマトと言います」
「相方のアリアです」
援軍は冒険者。
騎士として冒険者に助けを請うのは少々思うところもあるが、背に腹は代えられない。
賢者シフルが援軍として認めた人材であるならなおの事だ。
「よく来てくれた。私は副団長のレイトンだ。よろしく頼む」
二人は軽く握手を交わす。
「状況はシフルさn……様から聞いていますが、今はどういう状況ですか?前線、フェンリルはこの先なんですよね?」
「そうだ。現在は団長率いる第一隊十名が相手をしている。ここに居るのはウルフの奇襲で崩れた第二隊の者がほとんど……前線では第一隊の邪魔になるため、負傷者を無理矢理ここまで下げて来た。治療を終え復帰できる者は準備が整い次第再び戦いの場に赴く事になる……とはいえ動ける人数はさほど多くはないのだがな」
「見た通り怪我人だらけか……アリア、出来る?」
「しないよりはマシって程度になら」
「分かった。――副団長さん、良ければ彼女に負傷者の治療をさせて貰えませんか?」
冒険者の申し出。
怪我人の治癒……願ってもない申し出だ。
「出来るのであれば、こちらからお願いしたくらいだ。よろしく頼む!」
「分かりました。アリア、お願い!」
「りょーかい!――《水の癒し》」
水色髪の女性が魔法を行使する。
青白い光が周囲に広がり、怪我人たちを包み込んでいく。
「《範囲治癒》ですか?」
「まぁ似たようなものです」
厳密には精霊魔法なのだが、それを理解できる者はこの場の騎士達の中にはいない。
「……ふう、やっぱり分体じゃこれくらいが限度ね」
「充分だよ。俺の治癒より格段に良いし」
「……充分過ぎる」
負傷者には瀕死に近い重傷を負った者もいた。
だが今この場に死に直面している者は居なくなった。
万全とは言えないが、これならば退避組となる予定だった者の半数は再び戦線復帰出来るだろう。
「――感謝する。復帰できるようになった者はすぐに準備しろ!」
「副団長さん。俺らは一足先に向かおうと思うのですが」
本当なら我々も、すぐさまその冒険者と共に向かいたいところではあるが、新たに復帰する者を纏めなければならない。
「そうか、分かった……団長たちを頼む。我らも準備が出来次第すぐに後を追う」
「了解しました」
そして冒険者ヤマトは袋の中から謎の物体を取り出し、そのままその物体に跨った。
「アリア!」
「はーい…っと!」
冒険者の呼びかけに応じたかと思えば、その女性は姿を消してしまった。
転移では無い。
あの女性は召喚獣の類だったのだろうか?
「それでは、お先に失礼します」
挨拶を済ませ、冒険者ヤマトは謎の物体と共に一人で駆けていった。
その速度は馬車すらも……
「――勇者様といい彼といい、どうも黒髪の者には特殊な者が多いものだ。本人ないしその周囲にも」
「(ねぇヤマト。私が実体化を解いた瞬間みんな驚いてたんだけど、私わざわざ実体化する必要あった?治癒ぐらいなら非実体でも使えたし、ヤマトの魔法って言い張れば問題なかったんじゃないの?)」
自転車で駆けるヤマト。
そんなヤマトに、非実体に戻りヤマトの中で一休みしているアリアは問いかける。
「(まぁ一人でも問題は無かっただろうけど、援軍・増援が一人よりも二人のほうが多少なりとも安心感が増しそうだし、どうせ治療されるのなら美人に癒された方が精神的にも少しは回復しそうだから。まぁどちらも無いよりマシ程度だろうけど)」
緊急時なので、ほんの少しでもプラスに働く可能性があるのなら、やらないよりはやったほうがマシだ。
その一ミリ、一パーセントが何処で影響してくるか分からない。
「(ふーん美人ねぇ……まぁそれはもういいわ。けどこの自転車は見せちゃって良かったの?人に見られるとめんどくさいからって人前に出すのは極力避けてたじゃない?)」
「(緊急時まで自己保身に走る気は無いよ。瓦礫が多いとはいえ町中だから真っ直ぐ進める道が多いし、歩くより乗ってた方が移動が速い。何より〔マウンテンバイク〕だから多少の悪路は何とかなる!)」
ヤマトが今跨っているのは、今まで使っていた通常タイプの自転車ではなく、魔導アシスト以外の機能を一切排除した完全一人乗り用の〔マウンテンバイク〕であった。
道中不具合が確認された馬車付きの通常自転車はティアに預けメンテナンス。
今の手持ちはこの一台。
シンプルさを追求したため、オプションを一切追加できない一品。
多人数移動には役に立たないため、今まで埃を被っていた物がようやくの出番となった。
「(お陰で速くも目的地……準備は出来てる?)」
「(とっくに出来てるわよ)」
移動時間僅か一分ちょい。
ヤマト達は、もうまもなくフェンリルと相まみえる事になる。




