65 フェンリルの力
「何でわざわざ、勇者一人で相手してるんですか」
三体のフェンリルの内の一体を、勇者タケルはたった一人で相手しているという。
勇者パーティーは勿論、騎士団も合流しているにも関わらず。
「騎士団の先陣部隊…そして騎士団本隊も合流して頭数が揃った。だからフェンリルの本格討伐に乗り出し、個別での撃破の為に分断させ、こちらも戦力を三つに分けたのよ。当然その時には勇者も一人では無かったのよ」
騎士団第一・第二隊。
勇者パーティーと騎士団先陣(第四隊)。
勇者と騎士団第三隊。
この三チームに分かれて、それぞれフェンリル一体の相手をすることになったらしい。
「わざわざ戦力を三つに分けた理由は、大規模集団戦の経験が少ない一部の勇者パーティーの面々が全力を余さず発揮できるようにするためとか、想定外の何かが起こった時に全滅するようなリスクを分散・減らすためとか、他にもいくつか理由はあったけど……総じて「そっちの方が都合が良かった」からね。実際に起きた想定外がここまで酷い事になるとは思っても見なかったけど」
「……何が起きたんですか?」
フェルの問いに、シフルは一拍置いてから語りだす。
「――最初はどのチームも順調にフェンリルを追い詰めていたのよ。だけどそのフェンリルが、それぞれフェンリルという種にはあり得ない……本来は持ちえない〔固有能力〕に目覚めてしまったのよ」
追い詰められたフェンリルに目覚めた力。
騎士団だけで相手していた〔フェンリルその一〕はその騎士団の数の優位に対抗するためか、《眷属召喚》という魔法能力で上級魔物である〔グレートウルフ〕を群れで召喚した。
騎士団と勇者パーティーの混成チームが相手していた〔フェンリルその二〕は、状況から〔阻害・妨害系〕の力に目覚めたと推測されるが…現在はそのせいで連絡手段は断たれているため、結界を通して得られる情報でしか戦況を判断出来なくなっていた。
……そして勇者チーム。
彼らが相手していた〔フェンリルその三〕は、最も凶悪な《生命吸収》に目覚めてしまった。
範囲は狭いが、一定範囲以内の生命全てから無差別かつ無尽蔵に魔力や生命力を奪い取る。
勇者が一人でフェンリルの相手をしていた理由は簡単な事だ。
抵抗出来た勇者を除き、味方が全滅してしまった。
だから一人で戦っているだけの事である。
「(これってさ……)」
「(実物を見てないから確定出来ないけど、可能性は高くなったわよね)」
窮地になると予想が出来ない成長をする。
そして通常と異なる、真っ黒な容姿。
ヤマトとアリアは、フェンリルの暴走原因に〔黒い蝶〕や〔人型〕の時のような関わりを感じずには居られなかった。
可能性は元々感じていたが、それが深まると少々嫌気を感じてくる。
「戦力を分けていたのが本当に不幸中の幸いだったわね。三つまとめて受けていたら手の施しようがなかったわ」
《生命吸収》で味方の多くが倒れ、何とか抵抗し生き残った面々にはグレートウルフの群れが攻めてくる。
妨害能力の詳細は分からないが、この二つだけでも十分に地獄が出来上がる。
都合がいいとはいえ、戦力を分散させることには当然リスクもあっただろうが、この地獄を回避しただけでも間違った選択ではなかっただろう。
今後の戦況次第ではあるが。
「となると、余所から勇者に援軍を送るのも無理ですか」
「そうね。どのチームも目先の問題でいっぱいいっぱい。仮に送れる人員が居たとしても、《生命吸収》に対抗できなくちゃ範囲に踏み込んだ時点でアウトだもの」
余所から援軍を送る事は出来ない。
「……なら私が援軍として向かいます。巫女の力なら《生命吸収》にも対抗できるはずです」
そこにフィルが名乗りを上げる。
自分なら《生命吸収》の影響を受けずに、勇者の支援が出来るという。
「そうね。確かに出来るでしょうけど……却下ね」
その提案を、シフルは否定する。
「確かにフィルなら《生命吸収》対策は出来るだろうけど、貴方の行く先はそっちじゃない。本当はここで私の手伝いをして欲しいんだけど、出向くと言うのならこっち……連絡が取れなくなっている勇者パーティーの所に行ってきなさい」
シフルがフェルに示したのは、フェンリルその二を相手している勇者パーティーのチーム。
詳細不明の妨害・阻害により、連絡が絶たれている詳細不明の戦場だ。
「そっちに行きたくなる気持ちは分かるけど、勇者は後回しにしなさい。今は誰が行っても邪魔になるだけよ。単独戦闘になって一番危険な場所に思えるけど、だからこそ勇者は周りも気にせず、後先も考えずに全力で戦ってる。今あそこに手を出すのは足手纏いにしかならない」
勇者の全力。
当然味方と共に戦っている時に手を抜いていたわけではないだろう。
だがこの場合の〔全力〕とは、いわゆる〔狂戦士〕的な、周囲への被害など気にする事も無く、ただひたすらに目の前の目標を屠るためだけに力を振るう事を指している。
ありていに言えば、キレてしまったのだ。
「勇者タケルにとって共闘している戦友の死は初めての経験。勇者として魔王と戦うためには避けられない経験ではあったとはいえ、それが一度に、味方全滅という形で襲い掛かってくれば当然の反応と言えばそうよね。帰ったら精神鍛錬も積ませないとならないだろうけど、今は目の前の問題を解決するのが大事。あのフェンリルは勇者に任せて、私たちは他の二体をどうにかしなければならない。――だからフィルには勇者の所よりもそっちを……そしてヤマトにも、騎士団本隊への援軍を頼みたいの」
自ら手を挙げたフィルとは別に、ヤマトにも協力要請が飛んできた。
相手は〔グレートウルフ〕の群れを従えし〔フェンリルその一〕。
助けるのは騎士団本隊。
「グレートウルフの奇襲のせいで、特に魔法使いへの被害が大きいみたいなの。だからその穴埋め……というより、いっそメインになれるようなデカイのかまして来ちゃいなさい。今のヤマトなら、騎士団所属の魔法使いなんかよりも色々大きな事が出来るでしょ?」
ヤマトの事を何を何処まで把握しているのかは分からないが、賢者シフルの采配として、ヤマトはそこに向かわせた方が吉となったようだ。
「勿論拒否して貰っても構わないわよ。あなたはあくまでも民間協力者。騎士団に混じって戦地を駆ける義務など無い。私の所に居て手伝って貰えることもあるから、私の手伝いをして貰っても良い。現状を把握して自分では無理だというのならこのまま帰っても誰も咎めない。どうする?」
ここへやってきた時点で、ヤマトの答えは決まっている。




