64 賢者との再会
「あれ、《結界》?消えたんじゃなかったのか?」
ヤマトとフィルは快適な空の旅を経て、ロドムダーナを目視で捉えられるところにまで接近した。
そこには消えたはずの《結界》が再び張られていた。
「あれは……シフルさんの《結界》ですね。ほらあの辺り、目印代わりにレドの絵が描かれているでしょう」
「グェ♪」
ヤマトはよくよく目を凝らしてみると、確かに絵のような何かが結界の表面に描かれていた。
「あれ絵なの?しかもレドの絵なの?単純な模様とか波紋とか……少なくとも意味あるもののようには見えないんだけど……」
「――そこは気にしたら負けです」
あれをグリフォンの絵と言うにはあまりにもお粗末である。
賢者であり画伯。
だが、今はそこにツッコミを入れている場合では無かった。
「とりあえず、あれは味方の《結界》なんだよな?」
「はいそうです」
そこが分かればひとまず心配はない。
少なくとも偽情報におびき出されれ、罠に嵌められたという事はなさそうだ。
「それで、そのシフルさんは何処に居るの?多分このままだと町中に入っていけないんだけど」
「レド、場所分かる?」
「グェッ!!」
流石は使い魔、離れていても主人の現在位置は把握できているようだ。
そのままレドは高度を下げていく。
そして結界に近づくと、半透明な結界の向こう側にある惨事がうっすらと見えるようになった。
「建物も……いや、当然か」
ボロボロになった街並み。
当然ながらスタドや王都で見た瓦礫の山、崩れた家々の光景よりも酷い。
パッと見ではあるが、無傷の建物は一切見当たらない。
「居ました!シフルさんです!」
フィルの指さす先には、確かにエルフの賢者シフルの姿があった。
「結界の内側だな。何処かに通り道を作って貰わないと中には――」
などと考えていると、視界の先の結界の一部分に小さな穴が開いた。
そこから入れと言う事なのだろうか?
指示を出すまでも無く、レドは迷わずその穴へと突っ込んで行った。
そしてその穴は、ヤマト達が通った後はすぐさま閉じていった。
「シフルさん!」
「フィル~久しぶりね~!」
右腕を挙げて、フィルに向けて手を振るフィル。
その様子は緊張感の薄れるものであった。
そしてレドは、主の目の前に降り立った。
「お疲れさまレド。これでも食べて少し休んでおきなさい」
「グゥエ!」
主に貰った食べ物を嬉しそうに口にするレド。
そのままその場に座り込んだ。
「それじゃあフィル、ちょいこっちに来て」
「え、はい?」
シフルに促されるままに近づくフィル。
「そいや!」
「あいた!?」
そのままシフルに強烈なデコピンを喰らった。
しっかりした音が鳴り、とても痛そうだ。
「出発前に言ったわよね?自分から危険に首を突っ込むような行動は控えなさいって。事情として仕方ない所はあるだろうけど、それはそれとして罰ゲームね」
額に手を当てその場にしゃがみ込むフィル。
不意打ちで食らった一撃は相当な威力だったようだ。
その様子を、蹲るフィルの隣で不思議そうに眺めているグリフォンの図が少しシュールだった。
「……あ、挨拶が遅れました。お久しぶりですシフルさん」
「うん、久しぶりねヤマト。まさかこんな場所で再び会う事になるとは思わなかったわ」
それはヤマトも同感である。
再会するのなら、もっと落ち着いた場面であって欲しかった。
こんな状況では、指輪のお礼も質問も後回しだ。
「それで……フィルは分かるけど、ヤマトは何をしにここに来たの?」
「えっとフィルに、アリアと一緒に助力を求められたので手助けに来ました」
「アリア?」
そう言えばアリアはずっとヤマトの中で待機中だった。
既に目的地には辿り着いたので、そろそろ出て来てもらうとしよう。
「(アリア)」
「(ちょっと待って……相手がエルフだと下手な姿は見せられないの)」
エルフ族は女神だけでなく精霊に対しても信仰を持っている。
奉られる側としては普段のような人間味溢れる姿は見せられないのだろう。
「――初めまして、賢者シフル。私がアリア……ヤマトと契約を結んだ、精霊のアリアです」
普段の雰囲気は何処へやら、実体化したアリアはまるで精霊女王のような神々しい雰囲気を纏っていた。
……分体とはいえ実際精霊女王本人ではあるのだが、普段が普段なのでたまに忘れそうになる。
「初めまして、精霊アリア様。……何て言うか、ヤマトはタケル以上に予想が付かない人生を歩んでるわね」
ヤマトは規格外に規格外以上に規格外と言われてしまった気がした。
「――あっと、あんまりゆっくりして居られる状況でも無かったわね。来たからに遠慮なく二人も頼らせてもらうわよ。当然危険もある……というよりは危険しかないから覚悟してね」
「えっと…お手柔らかに」
フィルに話を聞いた時点で、危険に首を突っ込む覚悟はしていたが、やはりあの光景を目前にするとビビリはする。
それでも、助力を求められそれに応じた時点で引き返すつもりはなかった。
「それじゃあ……《転写》完了っと」
シフルの取り出した一枚の大きな紙。
何も書かれていなかった紙に、シフルの魔法により立派な地図が浮かび上がった。
「これが《結界》を通して得られた、ロドムダーナの今現在の地図ね」
町の地図。
しかもリアルタイムの情報を転写した物。
地図上には敵である〔三体のフェンリル〕の現在位置も、味方である騎士団や勇者一行の位置も記載されていた。
賢者と呼ばれるまでに魔法を極めた者は、自身に繋がる《結界》を通して、そこまでの情報収集が出来るものなのかと圧倒されてしまう。
「一秒経過した時点で既に最新のものとは呼べなくなったけど、これが現時点での配置。この〔フェンリルその一〕を相手しているのが騎士団本隊。こっちの〔フェンリルその二〕を相手しているのが勇者パーティーと騎士団先陣部隊の残存戦力で――」
シフルは地図へと印を付けて行く。
誰が何処に居てどのフェンリルを相手しているかなど、情報が書き込まれていく。
「――そしてこの〔フェンリルその三〕を相手しているのが、我らが勇者タケルね」
シフルが印をつける。
だがこれではタケルは……。
「今現在、勇者タケルはたった一人でフェンリルの相手をしているわ」




