63 《結界》の管理者
ヤマト一行がレイダンへと辿り着く少し前のお話。
「――レド、その子達は任せたわよ」
「グェエ!!」
三人の一般人をその背に乗せ、シフルの使い魔であるグリフォンのレドは大空へと舞い上がる。
目指すはレイダン。
目的は勇者パーティーが保護した三人をレイダンへと避難させる事。
そしてもう一つ、まもなくレイダンへと辿り着こうとしている妹分への報せを持たせた。
(役割的にも心情的にも、フィルには王都に残っていて欲しかったんだけど……あっちも狙われていたとはね)
そんな使い魔を見送るエルフの女性。
レドの主である賢者シフルであった。
勇者一行はロドムダーナとほぼ同時期に、王都も襲撃されていた事を知らなかった。
賢者シフルもつい今しがた騎士団に話を聞いて初めて知った。
(それでも王都とロドムダーナ、どちらが酷いかと問われれば、王都の方が全然マシなのが何とも言えないわね……)
確かに王都も襲撃され、少なからず被害も出しているが最悪の事態は回避した。
対してロドムダーナは、町が住民ごと壊滅状態で最悪の事態真っ只中。
しかもそこから更に悪くなる可能性も大いにある。
(ひとまず結界の外できちんと警戒待機してくれていた騎士団には話は通した。先陣は既に勇者パーティーの援護に向かい、そう遠からず本隊も増援としてやってくる。そして生存者の避難も完了。後は私の仕事を……良し出来た!)
考え事をしながらシフルが地面に描いていたのは、一つの《魔法陣》であった。
(それじゃあ早速起動っと)
光り輝く《魔法陣》が、そこに刻まれた力を発揮する。
魔王軍の展開した《結界》から一度は解放されたロドムダーナの町が、再び《結界》に覆われていく。
(上書きと再展開完了。それにしても不完全かつ限定的とは言え、〔龍脈〕から魔力を汲み上げて《結界》を維持する仕組みを形にするなんて……魔王軍も侮れないわね)
魔王軍が占領したロドムダーナに展開していた大規模な《結界》。
その維持に必要な魔力、いわゆる燃料を魔王軍は〔龍脈〕から拝借していた。
この世界を循環する自然界の魔力の通り道、血管とも言える〔龍脈〕。
その龍脈内の魔力の流れを意図的に乱し、そこから汲み上げた魔力を《結界》の維持へと回す。
そうする事でより安価かつ継続的に大規模な《結界》を維持する事が出来る。
不完全ゆえに問題も制約も残り、さらに二十四時間常に調整管理する役割の者が必要なようだが、魔法使いによるローテーションで負担を分散させる手も取っていたようだ。
(制御を誤れば惨事の可能性もあるけど、この方法なら最初に大量の魔石を消費するだけで、後は少人数でも数か月維持し続けられるわね)
あくまでもダンジョンの為に大きな〔龍脈〕が通っていたロドムダーナだからこそ使えた手ではあるが、それでも十分な成果となっただろう。
(まぁそれも今は利用させてもらいましょう。女神様には怒られるかもしれないけど)
魔王軍の管理していた《結界》は、フェンリルの暴走による術者・制御役の死亡によって魔力供給が滞り、つい先ほど完全に停止した。
そのおかげで脱出も増援も出入り出来るようになったのだが、この状態は危険が大きかった。
フェンリルが町の外へと逃げ出し、そしてそのままフェンリルが余所の町を襲う可能性。
結界と言う〔檻〕の無くなったフェンリルが外へと解き放たれる事の恐怖。
更なる惨劇を防ぐために《結界》を再展開し、フェンリルの逃げ道を塞ぐ必要があった。
その為にシフルは、魔王軍の残したシステムを乗っ取り、ついでにちょっと改良し、この《結界》を再起動した。
(問題なし。少し重いけど、これなら予定通り行けるわね)
今のこの《結界》は制御役であるシフルの意志で、味方を通し敵を阻むなど、任意に〔通行許可〕を出すことができる。
《結界》の管理者、そして〔門番〕のような役割だ。
もちろんその分制御役のシフルの負担は増えるが、エルフであり賢者でもあるシフルにはこのくらいなら造作も無かった。
あくまでも制御に集中していればだが。
(必要な役割なのは理解してるけど、目の前で起きてる戦いに加われないのはもどかしいわね)
賢者シフルは《結界》の檻の維持管理に集中するため、今回の戦闘には参加しない。
仲間が必死に戦うこの現状を、遠くから眺める事しか出来ない。
(この感覚は随分と久しぶりね。私達が残していったフィルも……というよりは後方支援の役割を持った子はみんな、いつもこんな気持ちを感じていたんでしょうねぇ)
仲間が最前線で戦う中、自分は比較的安全な場所から支援する事しか出ない。
賢者であるシフルも時には後方に回る事もあったが、ここまで本格的な待ちはそれこそ見た目相応に若い頃以来だ。
自分も仲間のそばで共に戦いたいと思う気持ち……シフルには十分にその力もあるからこそ、この位置はなおの事もどかしい。
それでも、いまの彼女に与えられた役目は〔管理者〕〔門番〕である。
(――あらそう……あの子も来てるのね)
シフルの左手の薬指に、一瞬光が灯った。
指輪でもはめているかのような形の光であった。
(あの子は立派な杖を持っていたはずなんだけど、結局あの指輪に頼らなくちゃならない状況になってしまったと……〔使い魔〕っての言うのは、聞いてた話よりも大変な役目みたいね)
ヤマトの身に着けている〔心意の指輪〕。
これは元々は賢者シフルが所持し、そこから手渡された物である。
彼女の指には、この指輪を一定範囲内で感知する事が出来る魔法が刻まれていた。
(それで、フィルと一緒みたいだし、多分そのままこっちに来ちゃうわよねぇ。味方が増えて嬉しいって素直に喜んだ方がいいのかしら?でも中途半端は助っ人は邪魔になりそうだし、まぁダメそうならここで門前払いにすればいいわね)
その後シフルの予想通り、ヤマトはフィルと共にロドムダーナへと向かう事となった。




