58 夜空の下、小さな光
「レイシャさん、交代です」
「もうそんな時間ですか。それではよろしくお願いします」
自身のテントから出て来たヤマトと入れ替わりに、レイシャは女性陣のテントへと帰っていく。
空は暗い真夜中。
本日は野営となったヤマト一行。
ヤマトとレイシャは交代で夜の見張りを行っていた。
「(ヤマトは昼間一人でジテンシャを漕いでるんだから、夜くらいは休んでもいいんじゃないの?)」
「(うーん。これでもそこそこ寝たんだけどね。正直この使い魔の体って丈夫だし回復も早いから、戦闘はともかく普通に過ごすくらいなら一徹二徹くらいは問題なく出来るんだけど)」
「(寝れる時には寝ておきなさい。何が起きても万全に対応できるように)」
「(分かってるよ。だからちゃんと仮眠は取ったんだから)」
今日ぐらいの疲労度合いであれば短時間の睡眠でも問題はない。
しっかりと休める環境であれば当然もっとしっかり眠りはするが、今晩は野営で警戒は必要なのだから、睡眠は必要分だけで十分だ。
「(……不安を感じて眠れない、とかにはなってないわよね?)」
「(それは多分ないと思う。まぁ不安とか心配とかは当然感じてるけど、気にし過ぎて自分に悪影響が出たら本末転倒なのは理解しているから)」
死に向かう女神と世界。
そして昼間に見た崩壊の予兆。
確かに急ぎたい…焦る気持ちや不安はあるが、焦ったところで今以上に何かが出来る訳でもない。
眠れなくなるほど追い詰められてはいないと思う。
「(アリアのほうは寝てなくていいのか?)」
「(こっちも、今日みたいにただ実体化を維持しているだけなら消耗もほとんどないから、念のために少しの仮眠を取るくらいで十分よ。今は実体化も解いてて消耗もほとんど無いし、何なら私が見張りでもいいわよ?)」
「(もう目が覚めてるから大丈夫。それに非実体の精霊一人で見張りってのも少し不安材料があるから、まぁこのまま二人で見張ってればいいよ)」
「(そうね)」
そして静かな夜は更けていく。
「(……ん、この光は?)」
「(あら珍しい。ちょいちょいっと……おいでなさいなっと)」
アリアはヤマト達の前に現れた〔小さな光〕を手元へと招き寄せる。
「(それは何?)」
「(この子は、明確な形をまだ持てない〔下級精霊の子供〕みたいなものよ。この辺りで生まれたのね)」
アリアの手元の小さな光は、子供の精霊だと言う。
「(精霊が〔人界〕で生まれるの?)」
「(当然よ。今でこそ〔人界〕と〔精霊界〕に分かれて殆どの精霊は精霊界で暮らしてるけど、元々は精霊も〔人界〕で生きてたのよ?今はバランスの影響で生まれるのもほとんどが〔精霊界〕でだけど、この子みたいにまだ、稀ではあるけど〔人界〕に生まれる子も居るのよ。そんな子を〔精霊界〕に導くのも〔精霊女王の加護〕を持つヤマトの役目の一つなのよ?)」
完全に初耳なので、出来れば先に説明して欲しかったものだ。
「(ならその子も俺が送らないとならないのか)」
「(今は私が居るから私が……あら?)」
アリアの手元の子供精霊が、ふらふらと舞ながら飛んでいく。
その先は女性陣のテント。
閉じたテントの中へとすり抜けて入っていった。
「(――そう。それなら好きにするといいわ)」
「(え、何が?)」
ヤマトは状況が全く分からなかった。
「(気に入った子が居るみたいで、このままその子に着いて行きたいみたい)」
「(え、精霊界へ送らなくていいの?)」
「(あくまでも自由意志。まぁ成長は遅れるだろうけど、そこは子供とはいえ自己責任で。それでもって言うなら特に止める事もないわ)」
精霊女王の分体であるアリアが言うのであれば問題はない。
予想外の展開ではあるが、特段害はないようなのでまぁ良いだろう。
「(まぁ憑かれた本人が拒否したら問答無用で引き離すけど)」
「(結局誰に憑いたの?)」
「(朝になれば分かるわよ)」
「おはようナデシコ……どうした?」
そして朝となり、目覚めてテントから出て来たナデシコであったが……どうも様子がおかしい。
「おはようございますヤマトさん。あの……起きたらこの子が乗っかってたんですが、一体何なんでしょう?」
そう言うナデシコは、両手で包んでいたそれをヤマトに見せてくる。
そこには〔小さな光〕があった。
「あー、選んだのはナデシコだったのか」
「ヤマトさんはこの子が何なのか、知ってるんですか?」
「詳しくは本職のアリアに聞いてくれ。後は任せた。俺は自分のテントを片してくる」
「りょーかい。ナデシコ、この子はね――」
アリアが昨夜の出来事をナデシコに話す。
どうやら子供精霊が選んだのはナデシコだったようだ。
「……それって、私も〔精霊契約〕をする必要があるんですか?」
「ううん。その子はまだ子供で、契約以前にまともに精霊の力も振るえないから。せいぜいこうして灯り代わりになるくらい。それにナデシコはいずれは故郷へ帰るんでしょう?だからその時までか、この子が飽きるまで一緒に居てあげるだけでいいの。もちろん迷惑なら私が責任を持って〔精霊界〕へ送るけど」
「……いえ、いいです。折角なので一緒に居たいと思います」
ナデシコも受け入れたようなので、こうして正式に旅の仲間が増えたようだ。
「よろしくね、〔シロ〕ちゃん」
既に名前も付けていた。
早い。
光が白いからシロなのだろうか?
「名前も気に入ったみたいね」
子供精霊ははしゃぐように飛び回っていた。
本人達が納得しているなら何も言う事はない。
シロと聞いて、若干どこぞのワンコを思い浮かべていたが状況的には何も関係はない。
「おはようございますお嬢様。もうすぐ朝食が出来ますので、そろそろフィル様を……」
「あ、フィルならもう起きてます。もう少ししたら出てくると思います」
誰よりも早く起きて朝食の準備を始めていたレイシャ。
対してフィルは、まだテントの中だ。
どうも朝は弱いらしく、いつも起床後しばらくはぼーっとしているらしい。
なので今回も出てくるのは一番遅かった。
ちゃんと遅刻はしないように調整はしているみたいなので文句はないというか……そもそも普段色々と任せている事も多いので、朝ぐらいはゆっくりしてくれていいと思う。。
「おはようございます……」
若干ぼやけた感じでテントから出て来たフィルであったが、身支度は抜かりない。
そこは流石とでも言うべきか。
女性の寝ぼけ顔を眺め続けるのも失礼なので、ヤマトはさっさと片づけを進める。
「準備出来ましたよ」
そして朝食となった。




