5 《女神の盾》
視界を遮る煙が風に流されていく。
自身への攻撃はキッチリと防ぎきったヤマトは、状況を認識する。
大規模な《火炎弾》は六方にばら撒かれた。
そのおかげで一ヵ所あたりの被害は減ったが、それでも威力が威力だ。
兵士たちがきちんと守ったおかげで周辺建物への影響は少ない。
ただしその分は自分達への負担となった。
死人こそ出ていないが、身動きが取れないものも見える。
「《範囲治癒》」
この一帯の人物にまとめて治癒魔法をかける。
ドーナツ状の展開。
当然中心部のザコトロだけは対象外だ。
「――ぐっ……これは?」
気を失っていた兵士たちも数人は目を覚ました。
だが範囲を広くした為、応急処置程度の治癒しかない。
ヤマトの治癒魔法では今はそれが限界だった。
(これが限度か。やっぱり治癒は他の魔法に比べて未熟だな)
ヤマトは自身の未熟さを悔やんだ。
『ヤマト君、上を見てください』
女神様の言葉で上空を見上げるヤマト。
そこに出来上がりつつあるものに、表情をしかめた。
【《獄炎弾》】
そこにはいつの間にか、小さな太陽にも思える炎の塊があった。
「いつの間に……?」
『――つい今しがた。杖の最大性能と、その上に使用者自身の命を全て魔力変換して消費したための発動速度と魔力量、何かしらの薬物の使用形跡もありますね。あの規模は超級相当です。着弾すれば町にかなり大きな被害が出ます』
超級魔法。
冒険者の階級と同様に、魔法にも指標となる等級が存在する。
さっきまでの戦闘でお互いに使っていた魔法は、全て下級から中級上位程度。
その上の上級、そのさらに上の超級魔法は、規模が格段に跳ね上がる。
上空に出現した魔法は先程までとは比べ物にならない被害を生み出す。
生み出した張本人であるザコトロを見ると、その場に倒れている。
《鑑定眼》も反応無し。
どうやら命そのものを使い果たしたようだ。
(――人が目の前で死んだ……だけど特に何も沸いてこないな。危険の多い世界だし、目の前で人が死ぬのもある程度は覚悟の上だったが……相手が赤の他人で悪党だからか?それとも俺が冷たいだけなのか?……今はそんな事を考えている場合でもないか)
ヤマトは再び上を見上げ、防御策を検討しだす。
だが、何やら様子がおかしい。
「落ちてこない?」
『――町の《結界》ですね。この町の守護の為に展開されている大規模な《結界》の防衛機能を、あの超級魔法への妨害に充てているようです。とはいえ元々の使い方から外れた応用なので、時間稼ぎが精一杯でしょうが…それでもあの魔法が完成するまでの時間稼ぎはありがたいです』
町の結界を操作できるとなると、相応の権力者がアレの危険性に気付いてると言うことだ。
直後にカードに連絡、町全域への避難命令だ。
お仕事が早くて在り難い事だが、出来ればアレをどうにか出来る手段を持ってくれれば文句はないのだが…周りの様子と行動を見てると期待は出来なさそうだ。
「そこの魔法使い!避難命令が出ている。我々はコイツを回収して引き上げ、避難誘導にあたる!お前も早く逃げろ!」
兵士がザコトロの屍を引きずっていく。
その他の兵士たちも動ける者は傷を負った仲間を抱えて撤退を始めている。
「すぐに追いますから先に行ってください!」
兵士は一瞬何かを考えたようだが、ヤマトの言葉を聞いた兵士さんはそのまま引き上げていった。
ちなみにヤマトは彼らを追いかける気はない。
『このエリアには誰も居なくなりましたね』
なら見られる心配もないだろう…と思う。
ヤマトは《隠匿》や《変声》などの正体を隠すための魔法を解除する。
そして被っていたフードも外す。
「あーやっと窮屈なのが外せた」
『サイズは合わせたはずなんですが、合ってませんでした?』
「気持ち的な問題だからサイズは大丈夫――さて女神様。あれを潰したいんだけど、俺の持つ最大威力で足りる?」
一番大事な部分。
今のヤマトの実力で、上空の太陽もどきを防げるかどうか。
『……無理ですね。今のヤマト君ではアレを多少弱らせることは出来ても、完封は無理です。アレを被害ゼロで完全に打ち破り消し去るには〔特級〕相当である必要があります』
特級魔法。
超級のさらにその上。
勇者や賢者と言った、その道の超一流の人々が切り札と位置づける規模の大魔法。
使い魔として、魔法に関しては恵まれているヤマトであれど、今はまだ自力では届かない領域。
「まぁですよね。余裕を持ってキッチリ余波も何もなく安全に防ぐには、同等ではなくより上の力を…か。だったら――」
ヤマトは魔法で風を起こし、あるものを手元に引き寄せる。
それは杖。
今回の騒動の中心人物ザコトロが使用し、つい先ほど力尽きた際にその辺に落としていった〔神域宝具〕の杖だ。
「これ借りていいですか?」
『――成程、初日から随分と無茶をしますね……どうぞご自由に。あの石は元々こういう手に負えない事態に対処するの為に先代達が積み重ねきた保険ですし、あとは〔神名詠唱〕も必要でしょうから、許可しましょう』
どうやら女神様には、ヤマトがこれからやろうとしている事がバレているようだ。
〔神名詠唱〕の許可を取る必要もあったのでまぁ元々隠すつもりはないのだが。
言わずとも許可が出たのでありがたい。
「それなら……やってみますか!」
ヤマトは収納から赤い石を取り出した。
【古代龍の魔石 〔魔力充填状態〕】
それはヤマトが使い魔として先輩達から受け継いだ〔三つの切り札〕の一つ。
龍種の中でも世界最強クラスの〔古代龍〕、その魔石。
そしてそこに満タンまで蓄えられた膨大な魔力。
ヤマトはその切り札の一つをここで切る決意をした。
「転生初日に使う羽目になるとは思わなかったなぁ……どうしてこうなったんだろうか?」
『それはこちらのセリフでもありますけどね。特に杖は…私が苦労しながら探してきた物がこんなあっさり出てくるんですもん…どうなってるんですか?」
そもそも神域宝具は、大昔に起きた世界の危機に、立ち向かう人類の為に女神様が生み出した〔七つの伝説の道具〕の事だ。
勇者の聖剣、教会の守護獣。
とんでもない性能を持つゆえに、確認されている宝具はどれも相応の扱いを受けている。
しかし実際に所在地・所有者がハッキリしている宝具は現在では三つのみらしい。
緊急時に突貫で生み出された七つの宝具は、回収の手筈も追跡システムも組み込まれないまま世に放たれたらしく、その後のゴタゴタで所在不明になったそうだ。
その宝具の捜索も、使い魔としての仕事の一つだったのだが……
そのうちの一個が初日に遭遇することになった。
「その辺の検討は後でお願いします。それじゃあ始めますんで、女神様はサポートをお願いします」
『女神使いが荒いですね…まぁお仕事中のサポートはしっかりさせてもらいます。いつでもどうぞ!』
さて始めよう。
ヤマトは宝具の杖に魔力を込めていく。
杖はザコトロが使っていた際には三色に発光していた。
しかしヤマトが魔力を通すと、杖は虹色の光を纏いだした。
『その杖は全力状態だと、使用者の適性属性に合わせた光を放ちます。ヤマト君は適性だけなら聖属性以外の全属性ですので、その光の色は仕様です』
問題ないなら良し。
ヤマトはそのまま魔力を込めていく。
足元に魔法陣が出現する。
『そろそろ魔石を。ヤマト君自身の魔力が空になってしまうと魔石の起動そのものに支障が出ます』
「了解。《魔力解放》」
ヤマトの魔力を着火剤として、魔石に貯まった魔力を解放する。
世界最高クラスの魔石が赤く光輝く。
それと同時に、内蔵されていた大量の魔力がヤマトに流れ込む。
「――ぐぅ……きっつ」
『量を絞ってください。いっぺんに取り込むと体がもちません!元々龍種の持つ魔力は性質も波長も少し人とは異なります。無理をすると簡単に体が壊れてしまいます』
少しずつ量を絞っていく。
…だいぶ楽になったが、外から魔力を取り込み、そのまま杖に流し続けるのはそれだけで負担が多いようだ。
量をある程度絞った分、苦しむ時間が伸びた気もする。
それでも途中で倒れ失敗するよりはマシだ。
足元の魔法陣の模様が変化した。
そしてその魔法陣の周囲に、さらに三つの魔法陣が出現した。
『そろそろ結界の妨害も限界のようなので、少し急いだ方が良いですね』
ヤマトは絞っていた流れ込んでくる魔力量を少しずつ慣らしながら増やしていった。
キツイが、間に合わなければ苦労の水の泡だ。
今は我慢の時だ。
――そして無理した甲斐もあってか、リミット前に準備は全て整った。
足元の魔法陣は合計十二まで増え、術者の起動宣言を今か今かと待ちわびている。
『不具合も綻びもなし。問題無しですね。よくまぁこんだけの量をキッチリと制御仕切りましたね』
「……誰かさんがそう教育したんでしょうが」
訓練期間中、少しでも制御が甘いと合格点を貰えなかった。
おかげで魔法に無駄が極端に減ったとは思うが、覚えておきたかった魔法のいくつかを覚え損ねた。
女神様曰く『基礎さえしっかりしていればどんな魔法でも習得が楽になる』だそうだ。
今回は修得ではないが、その教育が無ければこんな無茶をする魔法も早々に頓挫していただろう。
『間に合いましたね、それでは締めをどうぞ』
ヤマトはその名を宣言する。
「――《女神の盾》!!」
ヤマトの視界が光に包まれた。
本日の投稿分は以上になります。
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次話は明日の投稿予定になります。
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11/06
文章を一部修正。