56 テンプレ騒動、再び
「「「御馳走様でした!!!」」」
「あ…うん、どういたしまして……」
ヤマト一行とそよ風団との食事。
フィルの手配した食事処は、「少々余裕のある」という事が料金にも反映されていた。
高級店というほどでもないのだが、毎日通うような店でも無い。
当然中級相応の稼ぎのそよ風三人組にはこちらの都合でそんな金銭的負担を強いる訳には行かないので、結局中級昇格のお祝いという事でヤマトが全額奢る事になった。
これも必要な出費であったと諦めることにした。
(とりあえず背後でクスクス笑っているアリアは後でお説教かな)
そもそも精霊は人間のような食事は必要ないはずなのだが、何故に人一倍大食いだったのだろう。
人にとってのおやつのように、屋敷でも気が向いたときには食事を取ってはいた。
だがここまで大食いだったのは初めてではないだろうか?
味の好みと噛み合ったのだろうか?
とにかく、アリアの食事代も契約者であるヤマトの負担の為、今回の一番の出費は主にアリアの分であった。
「それじゃあヤマトさん。俺らはそろそろ帰ります」
「あ、そうだな。時間的にもちょうどいいか」
時刻は既に夜。
三人は明日からまた護衛依頼が始まるため、早めに休んでおいたほうが良いだろう。
「お兄ちゃん。タリサさんたち帰るの?」
ちなみにティアは、事情を知らない人前ではずっと妹ポジションで接する事にしたらしい。
上司に「お兄ちゃん」と呼ばれるのは正直違和感しかない。
そもそも前世も一人っ子だったため、呼ばれ慣れていないのもある。
「ティアちゃん、色々お話しできて楽しかったよ。また今度会った時にもお話しようね」
「うん!」
(……ティアさん、年齢設定間違えてませんか?見た目的にはそう見えてもおかしくはない小ささなんだが、一応設定上は十二・十三歳あたりにするって言ってたよね?今のやり取りだと一桁に見える気がするんだが)
どうもティアはその辺りの年齢設定や演技がまだ整っていないようだ。
最終的に何処で纏まるのだろうか。
「それでは皆さん、お休みなさい」
「おー。気を付けて帰れよ」
こうして食事を終え、そよ風団は去って行った。
「……どうした、ナデシコ?」
そよ風団が去ったあたりから、ナデシコの様子が少しおかしかった。
何やらぼーっとしているような……
「あ、いえ、何でもないんです。ただ……ちょっと友達の事を思い出してしまって……」
友達……どうやら日本の事を思い出していたようだ。
確かにあの三人とナデシコは年齢的にも近く、恐らくヤマト達の中で一番彼らと精神的な距離が近しい人物たちであっただろう。
彼らとのやり取りで、日本の友人の事を思い出していたようだ。
ホームシックというやつだろうか。
「……すいません、お待たせしてしまって。私たちも帰りましょう」
「……あぁ」
ヤマトはこういう時、どういう言葉を掛けるのが正解なのか分からず、声を掛けられなかった。
ヤマトも日本の友人たちを思い出すことはあったが、ナデシコと違い既に終わってしまった前世の事だ。
既に諦めが付いてしまっている。
だがナデシコは、今もまだ繋がっている。
(……普段は平気そうだけど、やっぱり当然だよな。ナデシコが一日でも早く日本に帰れるように、まずは女神様を助けなくては)
女神を救い、世界を救い、そしてナデシコを元の居場所へと帰す。
その為の手助け、出来る事を。
〔女神様の使い魔〕であるヤマトの覚悟が、少しだけ深まった気がした。
(……今のは?)
その時、微かに誰かの視線を感じた気がした。
だが今歩いているこの道は、夜にも関わらず人通りが多い。
特に邪念も不穏な空気も感じなかったため、ヤマトもそれ以上気にする事は無かった。
「……」
だが確かに、ヤマト達を人混みの先から無心で見つめる人物は存在していた。
「ヤマトさん。お風呂はどうしますか?」
「俺は最後でいいよ。そうだ、お湯を……」
「私が一緒に入るから大丈夫よ。出た後はヤマトの分も入れ直しておくから」
「そうか、ならよろしく」
食事を終えた一行は、宿の自室へと戻って来た。
この宿は共同の浴場は無いが、その分各部屋には浴室が備え付けてある。
特に一般部屋よりも少々支払いが多かったヤマト達の部屋には、それなりに大きめの浴室が備え付けてある。
三人ほどなら一緒に入れるのでは無いだろうか?
風呂でのんびり出来ると言うのは良い事だ。
当然余裕があればだが、多めに支払う価値はあると思う。
「……お兄ちゃん、一緒に入りませんか?」
「拒否で」
「勿論冗談です」
その系統の冗談はタチが悪いので控えてほしいものだ。
「覗くのもダメよ?」
「――アリアは俺をどんな奴だと思ってるの?」
そんな事は言われずともするわけがない。
以前のフィルの一件を教えてないのに何故か知っているアリアからすれば説得力が薄いかも知れないが、あくまでもあれは事故。
故意でも事故でもヤマトが悪い事に変わりはないが、そんな犯罪行為かつ相手を傷つけるような行いを率先して行うつもりはない。
「キャー!!」
そんな時に聞こえてきたのは女性の叫び声。
隣の部屋……今の声はナデシコだ。
ヤマトはすぐさま反応し部屋を飛び出し、隣の部屋へと駆けつける。
そして部屋の扉を開くと、そこには――。
「それッ!……大丈夫ですよお嬢様。ヤツは外へ追い払いました」
「こういう宿でも、どうしても虫の侵入までは防ぎ切れませんよね」
「ごめんなさい叫んじゃって……虫はそこまで苦手じゃないんだけど、やっぱりGはどうして…も……」
「ん?どうし…ま……」
「…………」
隣の部屋の三人。
ナデシコ・フィル・レイシャとヤマトの視線が噛み合った。
会話から察するに、侵入者Gに驚いたナデシコが叫んでしまったようだ。
ナデシコも魔物や魔人やら、もっと危険なものに遭遇していたはずなのだが、やはり身に付いてしまっている嫌悪感というのは環境が変われど早々には拭えるものではないらしい。
とりあえず危険が無かった事にヤマトは安堵しつつ、今はむしろ自身の身の振り方を気にする必要があった。
(不可抗力……とは言えどアウトだよなぁ……)
三人はどうやら着替え中だったらしく、程度の差はあれど三人ともほぼ下着姿であった。
女性陣三人が見事に固まる中、ヤマトはそっと扉を閉めて、三人の部屋を後にした。
そのまま自室へと戻ると、ティアとアリアの質問にも無言のまま部屋の中央で立ち止まる。
そして恐らく、いずれ彼女たちが開くであろう部屋の扉に向かい、その場にキチッと正座をした。
そこから静かに綺麗な土下座をお披露目した。
(…………)
来るべきその時を、ヤマトはただひたすらに無心で待ち続けた。




