53 次なる目的地と、使い魔の新技(仮)
バルドルで起きた〔黒い蝶〕を発端とした騒動。
あれから十日が経った。
「《短刀射出》!!」
魔法禁止の療養期間が明け、〔無茶をしない程度の魔法行使〕を許されたヤマトは、バルドルを離れ〔新たなる目的地〕へと向かう最中に一行の前に立ちはだかった〔三体のオーガ〕相手に、久々の戦闘でリハビリをしていた。
「……今のは何なの?」
ヤマトの後ろに居るアリアから質問が飛んできた。
たった今ヤマトが披露した戦い方についてだ。
「説明かぁ……何って言われても、アリアも見たとおり「《魔法》で〔ナイフ〕を〔高速で射出〕しただけ」だよ」
ヤマトがやったのは単純な事だ。
《次元収納》から取り出した〔六本のナイフ〕を、視界の先の三体の〔オーガ〕目掛けて〔高速射出〕し、三体のオーガの体をナイフでそれこそ弾丸のように貫いたのだ。
「まぁ実際はナイフにそれぞれ《強化魔法》と《風魔法》を掛けて、強度やら威力やら速度やらを増して撃ってるけど」
流石にただの素人のナイフ投げでオーガの体を貫通させるのは厳しい。
なので魔法を使って貫通できるように強化した。
「……ナイフが突然空中に現れてた気がするんだけど。多分《次元収納》から取り出したのよね?私の知識だと《次元収納》って使用者の肉体に触れる位置でしか出し入れ出来なかったはずなんだけど」
「厳密にはほぼ接触する位置だね」
《次元収納》は、自身の手や足などの素肌の一部にほとんど触れる程近い位置でしか物の出し入れが出来ない。
だが先程のヤマトのナイフは、ヤマトから一メートル程離れた〔絶対に触れない位置〕に出現した。
「何だろうね、休暇明けで久々に《次元収納》を無意識で使ったら変な所に出てきて、意識したらさっきくらいの距離以内なら好きな場所で出し入れできるようになってた」
ほとんど意識せずに使える《次元収納》であるが、それでも無意識下では魔力操作が行われている。
そのため〔魔力使用禁止〕の休養期間の間も一切使う事はなかった。
そしてようやく解禁してみると、収納・展開の指定範囲が広がっていたのだ。
「馬鹿みたいな魔力量と、無茶を続けて強引に鍛え上げられた魔力制御技能の合わせ技なのかしら?……魔力馬鹿専用の応用技?」
「久々に聞いた気がするなぁ……とりあえず馬鹿って言うのはやめて」
とても心外である。
「とりあえず、さっきのを厳密に言うと「《次元収納》から周囲に直接展開した〔六本のナイフ〕全てに《強化》を掛けて《風魔法》を使って〔高速射出〕して敵を貫いた」って所かな」
「……聞きたいんだけど、なんでわざわざそんなことをしたの?そんな方法を取る必要なかったわよね?」
実際、ただオーガを倒すだけならば単純に威力の高い攻撃魔法をぶつけてやれば良いだけなのだ。
オーガはそこそこ強い魔物ではあるが、ヤマトの魔法なら遠距離から魔法火力で瞬殺できるはずなのだ。
なのにわざわざ手間をかけて道具を用いたのか。
アリアはそこが一番気になるようだ。
「そこは……まぁそうなんだけど、簡単に言うと〔魔法殺し〕対策の検討かな?」
純粋な魔法が一切通じなかった魔人レニィの〔魔法殺し〕という特異能力。
助けが来なければヤマトはあのまま殺されていただろう。
「あの希少能力持ちにまた出会うかどうかって言えば可能性としてはほぼ皆無だとは思うけど、ゼロじゃないなら対策を考えておかないと同じ負け方を繰り返すかも知れない。あれは正直運が良かっただけって感じだったし」
騎士団長の助けが来なければ死んでいた。
あんな展開は二度とごめんだ。
「本当は一番分かりやすい対策は物理攻撃力を鍛える事……つまり剣や拳での戦い方を身に着ける事なんだろうけど、成果が出るまで時間は掛かるし、何より俺は剣の才能は無いからな」
だからこそ真っ当な手段ではなく、短い期間で用意できる付け焼刃だとしても対抗手段を用意しておかなければとヤマトは考えた。
その結果が、〔ナイフを魔法で飛ばす〕だ。
「この使い方なら掛けた魔法が全部無効化されても、ナイフの飛ぶ勢いでそのまま突き刺すことが出来る。それで仕留められるかは別だろうけど、少なくとも何の手段も持たないよりは良いかなって」
ひとまず試した感じでは、手間は多いが慣れれば何とかなりそうな感じはした。
練習は居るだろうが、《風魔法》の応用で直線軌道以外の動きを取らせることも可能になるかもしれない。
それに単純に貫通能力は魔法攻撃よりも高い。
《結界》に対しても、攻撃魔法が〔ぶつけて割る〕イメージなのに対し、射出したナイフなら〔貫く〕イメージで穴をあける一点突破が狙えそうだ。
純粋に魔法オンリーでこの貫通力を付与しようとすると、普通よりも少々多めに魔力を使う。
ヤマトに必要かどうかはともかく節約して損はない。
「……そう。恰好付けや遊び半分に〔初代勇者〕の真似をしてたならお説教だったけど、ちゃんと意図があってやっていた事なら仕方ないわね」
「え、それってどういう事?」
初代勇者。
ヤマトには何故その存在がここで出てくるのか分からなかった。
「〔初代勇者〕は魔王に対して〔七本の剣〕を用いて挑んだのです」
どうやらオーガを倒したにも関わらず一向に荷馬車の元へと戻ってこないヤマトとアリアの様子を、ティアは見に来たようだ。
そしてヤマトの疑問に答えてくれた。
「初代勇者は手持ちの双剣に、魔法で操る五本の剣、合計〔七本の剣〕を巧みに操り、初代魔王を倒すに至りました。物語の絵本にもなっているお話ですから、アリアも私もヤマト君がそれを真似して遊んでたのではと思ったんです。違ったみたいですけど」
どうやら「魔法で遠隔操作した複数の刃物で敵を倒す」という点が、初代勇者の戦い方と被ってしまったようだ。
ヤマトのほうはあくまで動きが直線のみなので、練度も精度も圧倒的に負けているだろうが、さっきヤマトの考えた〔直線軌道以外の動き〕が出来るようになれば、恐らく初代勇者と同じような到達点に近づくのだと思う。
いつになるのかも、届くのかも分からない到達点になりそうだが。
「ところでお二人さん。皆さんお待ちなので、終わったなら早く戻って来てくださいな」
「あ、そうだった。けどその前に……それッ!」
ヤマトはオーガの魔石と使ったナイフを全て回収し、その後〔スライム寄せの疑似餌〕を撒き死骸処理の手筈を整えてから一行の元へと戻った。
――ヤマト・ティア・アリア・フィル・ナデシコ・レイシャの一行は、闘技場の町バルドルを離れて別の町に向かっていた。
目指すは〔レイダン〕、ダンジョン都市に最も近い町。
移動手段はきちんとした屋根付きの〔馬車〕……なのだが、それを曳くのは馬ではなくヤマトの漕ぐ〔魔動アシスト自転車〕であった。
勇者一行の馬車で王都に向かっていた時点で女神様は準備していたものだったらしく、前回使用時の人力車タイプから大人数用のこの馬車タイプに差し替えられていた。
「ところで、何でオーガに見つかったんですかね?ステルス効いてますよね?」
「ないですよ。あれは女神からの助力がないと機能しないので」
どうやらさっきからずっと丸見えの状態で走っていたようだ。
馬ではなく〔自転車を漕ぐ人間が曳く馬車〕。
人に見られると面倒そうなのだが、状況的には言っても仕方のない事のようだ。
「……えっと、レイシャさん?どうかしました?」
荷馬車に戻ってからずっとレイシャに見られている。
何かあったのだろうか。
「……ヤマト様ってちゃんと強かったんですね」
「それはどういう意味で言ってる?」
一応王都騒動の時にレイシャの前でも魔人を倒してるはずなのだが。
今までヤマトをどういう目で見ていたのだろうか?




