52 勇者の見たもの/暗躍する者②
「――ピピッ!どれだ!?」
「左から三つめー」
「メルト!」
「――は…いッ!《風纏う矢》!」
「ラウル、レイン!」
「こじ開ける!」
「オラオラどけッ!」
ダンジョン都市〔ロドムダーナ〕。
ロドムダンジョン一階。
勇者一行はようやく一階まで戻って来たが、出口前で待ち伏せしていた、外の魔物の集団と戦闘になっていた。
恐らくはこれで最後、この戦闘が終わればようやく外に出ることが出来るだろう。
――そういう油断がどこかにあった。
「……ブルガーは安定したわ。もう大丈夫」
出口が見えた事で生じた一瞬の油断。
そこを突いて襲い掛かって来た〔ゴブリン・アサシン〕の一撃からメルトを庇った召喚従魔士のブルガーが負傷した。
ゴブリンアサシン自体は即座に退治したが、ナイフの毒で危険な状況に陥る事となった。
「……ありがとうございます、シフルさん。……ごめんなさいブルガーさん」
「戦闘中なんだから、気にする暇があったら集中しろ……」
「いや、もう大丈夫だ」
勇者タケルが最後の一撃を放つと、魔物の集団の掃討は完了した。
ここに辿り着くまでに遭遇した外から来た魔物と比較しても、今回の集団は統率が取れていなかった。
戦力の打ち止めなら良いのだが、タケルは理由の分からない嫌な予感を感じていた。
「ブルガー、具合はどうだ?」
「……数分だけください。そうすれば動けると思います」
「勇者様もゴメンなさい、次はもう――」
「反省は後だ。出口はすぐそこだ。増援を送られればすぐに接敵する位置……警戒は怠らずに、すぐに対応できるようにしてくれ。……ピピ、ラウル。様子を見てきてくれ」
「了解!」「はーい」
ダンジョンの出入り口はすぐそこ。
外で待ち伏せされている可能性もあるので、移動速度の速い二人を斥候に向かわせる。
「メルトも今のうちに少し休憩しておけ」
「……はい」
ここまで戻ってくるまで全て順調だったかと言えばそうでもない。
だが今回が一番危うかった。
賢者シフルの解毒と治癒が少しでも遅れていたら、ブルガーの命は無かっただろう。
油断そのものはパーティー全体にもあったが、直接的な要因になってしまったメルトの沈む気持ちも理解は出来る。
だが今は後悔している余裕はない。
出口は目の前。
ようやくここまで戻って来たのだ。
絶対に一人も欠けさせる訳には行かない。
「タケル」
「どうしたラウル。外の様子は……ピピは戻ってないのか?」
「あいつは外を見張ってる。……正直、外にかなりヤバイものが居た」
「……何があった?」
ラウルの説明を聞いてタケルの警戒度は最大にまで上がった。
外にアレがいる。
「勇者様、もう大丈夫です」
「……分かった。全員移動する。ピピと合流して、まずは確認するぞ。手出しはするな。準備をきちんと整えていても危険な相手だ」
勇者一行はダンジョンの出口へと到達した。
そして外には……。
「――黒い……〔フェンリル〕」
「馬鹿ですか!?」
魔王城のとある部屋。
その男は予想外の出来事に驚きを隠せない。
「何で三つとも〔フェンリル〕に使ってるんですか!あれは〔負の感情〕を増幅させ、力に変えるもの……確かに魔物にも効果はありますが、ベースが〔人の感情〕なのですから人や魔人が最も相性が良いと説明しましたよね私!?何で三つ全部フェンリルに使ってるんですか!」
魔王軍に渡した三つの〔黒い種〕。
〔黒い蝶〕の《同化》よりも劣る物ではあるが、寄生した対象の感情を刺激し〔負の感情〕を増幅、そのまま力へと変える。
対勇者戦力の増強のために提供したものである。
「使うにしても安全確認のための動物実験として一つでしょ!?何故全部使った!三匹とも確かに強くなりましたが、バッチリ暴走して同族以外は敵味方問わず殺し尽くしてます。正直魔王軍はどうでもいいですが、あそこの住民は〔負の感情〕を補充するために当分は生かすつもりだったのに……」
ロドムダーナを占拠していた部隊も、町の住民もほぼ全滅だ。
三匹の黒いフェンリルは、食らった相手の〔恐怖〕も取り込み、より強くなっていった。
「確かに、結果として下手に人に与えるよりも強化の幅は大きく、方向性は違えど〔覚醒した人型〕に匹敵する力を三匹とも手にしました。ですが言う事を聞かないのは論外です。――適当な幹部候補が手柄欲しさに使用し、そのまま私の手駒になってくれるのを期待していたのに……結局成果は手に負えないただの化け物を生み出しただけ……勿体ない」
強さはそこそこだが、ちゃんと言いなりになる戦力。
とても強いが、全く言う事を聞かない化け物。
どちらが欲しいかなど聞くまでもない。
「幸いなのが結界に魔力が充填された直後だったため、もうしばらくは結界の檻の中な事ですが……結界保ちますかね?」
三匹が本気になれば、結界などどれだけ保つか分からない。
あの化け物共が解き放たれれば、どれだけ被害が出るか分からない。
元々殺すつもりの世界ではあるが、下手に藪を突きすぎれば蛇どころでない者が現れてしまう。
「――そうか、もし結界から解き放たれ好き勝手に食い殺し始めればアレが出てくる可能性が……それはマズイ!ここに来てアレが目覚めては予定が破たんする。――となればあの化け物共は早めに処分せねば……お、これはこれはちょうど良い」
男の表情に笑顔が戻る。
「勇者が一階に到達しましたね。このままいけば出口に……そしてあの化け物と出会う。勇者ならばあの化け物は放って置けませんよね?厄介者同士潰しあって共倒れしてくれればいう事はないのですが、どちらかは生きると言うのであれば今回だけは勇者を応援しましょう!」
勇者は確かに脅威ではあるが、化け物が呼び起こしてしまう可能性のあるアレに比べれば億倍マシだ。
「ですが念のための備えはしておきましょう。せっかくなら両方を…生き残ったほうを処分できるように控えさせておきましょう。〔サルタン〕!」
「――お呼びでしょうか?」
部屋に最近手駒にした、魔王軍幹部の一人を呼びつけた。
「指示は追って出しますが、まずはロドムダーナ近くまで向かいなさい」
「魔王様はよろしいので?」
「構わない。こっちで適当に誤魔化して置く」
魔王軍幹部を独断で動かしたとなれば色々言われるだろうが、〔日頃の行い〕のおかげでいくらでも誤魔化しや融通は利かせられるだろう。
そしてサルタンが忠誠を誓うのは、すでに魔王ではなくこの男なのだ。
「ですから行きなさい」
「分かりました。では失礼します」
サルタンと呼ばれた男は出ていった。
「――〔二罪:憤怒〕の力と〔種〕は上手く噛み合ったようですね。いっそ化け物も勇者も両方相手をさせましょうか?……いえ欲張ってはいけませんね。お気に入りの〔黒い蝶〕を一羽失ったのです。彼にはその分まで働いて貰いたいですし、安全策で行きましょう」
ロドムダーナに集る者たち。
誰が生き残るかによって、世界の行く先は大きく変わる。
新作の投稿を開始しました。
めがぽか転生 ~女神のポカに振り回される俺たちの異世界人生~
https://ncode.syosetu.com/n7641fg/
「使い魔」もこれまで通りに続いて行きます。
どうぞよろしくお願いします。




