50 四つの鍵
――ごめんね、お兄ちゃん。
真っ白な世界。
ヤマトの目の前には小さな男の子が居る。
見知らぬ男の子。
ヤマトに対して何か謝っているようだが、ヤマトは声が出せなかった。
――ごめんね、お兄ちゃん。ぼくのせいで、あの人がお兄ちゃんたちを見つけちゃった。
あの人?
一体誰の事だろうか。
――気を付けてね、お兄ちゃん。次は勇者のお兄ちゃんが大変みたい。
勇者…タケルか?
音信不通になっている勇者一行。
向こうにも何かが起きて……?
――ごめんね、お兄ちゃん……もう時間みたい。僕が迷惑を掛けちゃったおじさんにも、ちゃんと謝りに行かなきゃ。
男の子は何処かへ向けて歩き出す。
――そうだ!忘れてた……ありがとうお兄ちゃん!お兄ちゃんのおかげでやっと終われたんだ!それじゃあ頑張ってね、お兄ちゃん!
そして男の子は居なくなった。
「…………」
「おはようございますヤマト君。流石に今回は余裕がないみたいですね」
目覚め一番にいつものネタを言葉にしようとしたヤマトであったが、咄嗟に声が出てこなかった。
屋敷のベットに横たわるヤマト。
痛みは無いが、気怠さが体に残っている。
「ゆっくり深呼吸してください。急がなければ普通に喋れるはずです」
「……おはようございます、ティア様」
「おはようございます。ですが今の私は普通にティアで構いませんよ。人前で様付けは変に視線を集めやすいですから。この小さな体ですとなおの事です」
「分かりました……えっと、ティア」
「はい」
ヤマトの眠るベットの側で控えていたのは、ティアのみであった。
「……あの後は、みんなはどうなりました?」
「アリアさんはヤマト君の中で眠っています。普通に眠っているだけで、力もほとんど回復してますので心配は要らないですよ。フィルは今回の騒動の後始末で朝から出回ってます。ナデシコさんはレイシャさんと一緒に朝食の準備をしています」
ひとまず身内に問題は起きてなさそうなので良かった。
「それと町は無事ですよ。現場はかなりひどい有様になってますが、犠牲者は同化された方のみで、危険度の割にかなり軽いです」
同化された男は助けられなかったが、他の犠牲者は出ていない。
満点ではないが、十分及第点は越えているだろう。
満点ではないが。
「義賊は?」
「ヤマト君をアリアさんに預けた後、すぐに居なくなったそうです。追跡も巻かれたそうです」
最後の方の記憶が曖昧になっているのだが、無事だったなら良かった。
義賊ゆえに捕まえた方が良かったのではとも思うが、今回は大人しく見逃すことにしよう。
そもそもまともに追えそうにない。
正体も……まぁ身内以外には信じて貰え無さそうだからいいや。
「とりあえず今回の騒動は、固有種の危険な魔物が暴れまわった結果として処理して回ってます。フィルが大忙しなので、後で会った時に労ってあげてください。ちなみに屋敷の結界装置は壊れました」
フィルには感謝の土下座を披露して、修理代の一部を支払わせて貰おう。
いっそ備えの金貨を全て渡すのもいいかも知れない。
受け取ってくれるかどうかは別であるのだが。
「――そう言えば……この指輪……は……」
「眠いのでしたら寝てください。体の傷は癒えていますが、まだ本調子ではないのです。話も後の事も任せて、今はゆっくり休んでください」
「……分かりました。それじゃあ…おやす…み…」
ヤマトは再び眠りについた。
「――まずは自分の心配をして欲しいのですけどね」
『自分の体については聞いてきませんでしたね。自分が一番酷い状況なのに』
この部屋に人の姿はティアとヤマトしか居ない。
だがティアの傍らには、〔青い光の玉〕が浮いていた。
声はそこから聞こえている。
「治癒の上で三日眠り続けて、傷ついた肉体はほとんど回復しています。ですが酷使した〔魔力回路〕はまだまだ回復の途中……魔法はおろか魔力操作もまともには出来ないはずです」
血管のような魔力の通り道である〔魔力回路〕が、今回の無茶で相当傷ついてしまった。
使い魔としての回復力があれど、肉体の傷のように順調には回復しない。
ひとまず魔法を使えるようになるまで、まだ数日程掛かるだろう。
全快ともなれば更に先だ。
「まぁ治るまでは大人しくして貰いましょう。――それで、アリアさんの方はもう大丈夫なんですか?」
『はい。〔分核〕への力の割り当て量も多少増やしましたから、前よりは抵抗力が増しているはずです。実際にあの実体変化への干渉を防げるかどうかは解りませんけど』
光の玉の正体は、アリアとヤマトを通して具現化した精霊女王の端末だった。
分体と違い、あくまでも通信機のような役割しか持たない。
『――結局〔黒い蝶〕や《毒》については素材以外はほとんど何も分からないままなのですよね?』
「残念ながら。アリアさんの考え通り、〔黒い蝶〕も《毒》も濃縮された〔負の感情〕が素材になっているのは確かですが、そもそも〔黒い蝶〕のような形に加工する事が出来るのは女神も初めて知りました。《毒》の方も……自然現象として稀に起こる〔呪い〕としては確かに存在はしていますが、人の手には扱い切れるものではありませんし、そもそも女神を蝕むほど強力なものともなれば、一体どうやって?という疑問しか浮かびません」
素材となった〔負の感情〕。
これはどの世界であろうとも、日常的に発生しているものである。
生命体の持つ感情から発し、濃度がより濃くなると〔呪い〕という形を持ってしまうようなあくまでも自然現象。
厄介な物ではあるが、だがそれまでのものであったはずだ。
今回のように、女神を蝕む《毒》にまで至る事も、〔黒い蝶〕のような加工が可能なものでもなかったはずだ。
ましてや何者かの思惑で自由に扱えるものでもない。
「当然しっかりと調べるべき事ではあるのですが、調べるにしても女神がこんな状態ですから後回しにせざるを得ません。まずは女神を……そして世界を救わなければなりません」
ティアが目覚め、眠っていたヤマト以外に伝えられた事実。
女神の状態と世界の危機。
女神の本体は、未だに《毒》に蝕まれている。
分体を切り離したことで、緊急処置として《毒》の侵食を遅延させるために眠りについた。
所謂冷凍睡眠のようなものではあるが、あくまでも遅延させるだけで、ゆっくりではあるが今も事態は終わりに近づいている。
『……女神様が死ぬと世界も終わる。何故そんな仕組みになっているんですか?』
「元々は管理者が好き勝手し過ぎない様にするための抑止力でした。大昔には、世界を文字通り玩具扱いして好き勝手に弄って遊んで、管理しつつも見守るべき世界をいくつも壊してしまった神も居たそうですから」
その神はもう居ない。
世界を作り出した〔創造神〕と〔創世神〕によって消滅させられた。
この仕組みは、第二の馬鹿を生み出さないための安全装置でもあった。
だが今はその仕組みが仇になっている。
経過として止む負えない世界崩壊の際には解除してもらえる仕組みはあるが、今はその申請を出す事も出来ない。
『神様方も色々と苦労しているんですね。――そして女神様を…世界を救うために必要になるのが〔四つの鍵〕。それを集めるのが当面の目標なのですね?』
「当面というよりは、最優先の事案ですね。放っておくと世界が終わっちゃいますし」
女神を救う四つの鍵。
一つ目は【聖域】
二つ目は【聖剣 ツヴァイ】
三つ目は【巫女の力】
四つ目は【神薬 エリクサー】
そしてこのうちの一つ、〔聖剣〕を持つ〔勇者〕に危機が迫っている。
「勇者とは今だ連絡は取れず、フィルから伝えられるダンジョン都市の現状も芳しくはない。出来れば使い魔は勇者の戦いに関わらせたくはなかったのですが、そうも言ってられなくなってしまいましたね……」
眠るヤマトの頭をそっと撫でるティア。
ヤマトに与えられる使い魔としての次のお仕事。
女神を、世界を救う為に、まずは〔勇者〕を救わなくてはならない。
『まぁ今はまだ回復に専念して貰わないとなりませんけどね』
「ええ勿論。なのでお仕事の事はまだ秘密です」
話を聞けば無理矢理にでも動き出そうとする。
ヤマトは必要となればいくらでも無茶をする。
もはや周囲の共通認識となっていた。




