49 決着
ヤマト達を閉じ込めていた《結界》が解除された。
ヤマトから感じられる魔力の高まりから危機感を感じたようで、自身の逃走の為か、もしくは結界がなければヤマトは決め手を使えないと考えたのだろう。
安易ではあるだろうが、確かにヤマトの使おうとしている魔法は結界無しではどこまで巻き込んでしまうか分からない。
《結界》はヤマト達を閉じ込める檻であると同時に、外への被害を遮断する意味もこの場では持っていた。
だからこそ《結界》の解除はヤマトにとっては痛手になる……はずだった。
「(アリア頼んだ!)」
「(はいはいもう出来てるわよ)」
ドドメキの《結界》は消えた。
だがヤマト達は、以前として《結界》に閉じ込められている。
いや、あえて檻の中に居ると言った方がいいだろうか。
「あの、俺聞いてないんだけど?」
「そりゃ言ってないし」
ドドメキの結界により物理的な干渉や会話を遮断されては居たが、精霊契約によるヤマトとアリアの繋がりまでは遮断できなかった。
思念会話は出来ずとも、相手の感情・意志・健康状態や魔力の高まりなどは読み取れた。
その繋がりを通して、念のために準備して貰っていた備えが役に立った。
そして結界の性質が変わった事で、会話を交わすことも出来るようになった。
「(もう……伝えるならもう少しハッキリとしたイメージを伝えてよね。言葉でない分曖昧になるんだから、どういう形で展開すれば良いのかもあやふやだったし)」
ヤマトの決め手を行使する上で、展開されていたドドメキの《結界》の消失が一番危険だった。
囲いが無ければ外にどれだけ被害が出るかも分からない程の威力を準備しているからだ。
だからこそ繋がりからイメージを伝え、「もしも」に備えてもらった。
予想通りに結界が消失すれば、新たな《結界》として町を守りドドメキを逃がさないための檻として。
予想が外れドドメキが《結界》を維持し続けたなら、《二重の結界》としてより強固な守りとして。
どちらであろうと無駄にはならない備えとして求めていた。
「(あ、この結界、フィルと一緒に屋敷の守護結界を転用して作ってるから強度や耐久は申し分ないけど、仕様外の使い方だからそこまで長くは保たないと思う)」
「(もう準備が出来るから大丈夫。とにかく頑張って終わるまで保たせて)」
「(りょーかい。待ってるからちゃんと帰って来なさいよ?)」
そう言ってアリアからの言葉は途絶えた。
自身の結界維持に本腰を入れているのだろう。
だがその軽そうな言葉とは裏腹に感情は伝わってくる。
だいぶ心配を掛けていたようだ。
「(……そろそろだな)」
後はヤマトが全力を出し切るだけだ。
「――準備が出来た!下がって最大防御を頼む」
「分かった。――赤き力……《真紅の盾》!!」
神域宝具の鎧によって具現化された《真紅の盾》。
義賊は大剣を背の鞘に戻し、ヤマトを庇うように大盾を構える。
「……この盾なら大丈夫そうだな。それじゃあ――《獄炎弾》」
ドドメキとヤマト&義賊のちょうど中間地点に、小さな太陽のような炎の塊が出現した。
スタドの時の超級相当の魔法をパク……もとい利用させてもらった。
実際はスタドに現れたソレよりも、威力を抑え二回りほど小さい。
確かに参考にはしたが、アレをそのまま再現すればこちらが受け止めきれない。
その太陽は、真っ直ぐドドメキに向かい、触手を始めとした全ての迎撃を燃やし尽くし……そして本命に着弾する。
「――キ…ェ…」
ドドメキはそのまま完全に消滅した。
流石にここまでくれば再生も復活の余地もなく、文字通り跡形も無く消え去っただろう。
「(終わったようだけど……おかしい。本当ならドドメキに接触した瞬間に解けて、こっちにも熱波や閃光が飛んでくるはずなのに。そこから守るための《盾》と《結界》だったのに)」
獄炎は未だ太陽のような形を維持している。
――だがすぐに、予期していない異変が起きた。
獄炎の太陽が、真っ黒に染まっていく。
「――そのまま最大を維持しろ!――接続、《魔力供給》!!」
直後に、崩壊した黒い獄炎が周囲に襲い掛かる。
「(あの野郎ッ!何て置き土産を――)」
自らの死を悟ったドドメキは、せめてヤマト達を道連れとするために自らの持つ魔力を全て《獄炎弾》に《同化》した。
その結果が、更なる〔燃料〕を供給され、ヤマトの手からも離れ暴走する〔黒い獄炎〕だった。
投下された燃料のせいで、ヤマトが放った時よりもむしろ威力が高くなっていた。
これではこの《盾》や《結界》でもどこまで持つか分からない。
「この魔力……お前!これは……」
「気にするな!耐えられなきゃ死ぬんだ」
その為、ヤマトは更なる無茶を重ねざる負えなかった。
ヤマトは義賊の持つ《真紅の盾》と、この場に展開している《結界》に自らの〔魔力回路〕を強引に接続し、自身の魔力を直接流し込んでいく事で強引に性能を強化した。
こうでもしなれば盾も結界も耐えきれない。
「……おい!こっちにも負担を分けろ!本当に死ぬぞ!!」
「だいじょう……ぶだ!!お前はお前で集中しろ!大元が消えたら意味ないんだ!!」
魔法と魔法の合体・融合でも、通常の《強化》魔法とも違う。
他者の魔法に直接内側から干渉し、自身の魔力を流し込み根本を強化する。
当然受ける側・与える側の両者に相当な負担が掛かる。
常人であれば魔法を維持できない程にだ。
なのでヤマトは、負担を全て一人で抱え込んだ。
杖無しの命懸けの魔力制御により更に向上してしまった制御能力ゆえに、そんな思い付きの小細工も出来るようになってしまった。
「(……炎が収まるまで保たせないと…そろそろ意識も危ういけど)」
視界が歪む。
口の中は血の味がする。
負荷に負荷を重ね過ぎて、そろそろ致命的になりそうだ。
「(義賊が何か言ってるけど聞こえない……耳が遠くなってきてるか。早く終わってくれないかな)」
五感の感覚が遠のく事で、ヤマトにはゆっくりとした時間に感じるようになった。
いつまでも続く時間の中で、思考は余所へと流れだした。
走馬灯のような記憶の流れ。
そしてふと、ある物を思い出す。
「(そういえば、結局シフルさんのくれた〔指輪〕って何の意味があったんだろう?餞別って言ってたけど――)」
その時、ヤマトの視界に再び光が差し込んだ。
「――え?」
場は未だ窮地のまま。
だがそんな場に、ヤマトだけが気付いた明らかな変化があった。
「(〔指輪〕?)」
ヤマトの力の入らない右手中指に〔指輪〕がはまっていた。
取り出した覚えも余裕もないが、それは確かにシフルさんから餞別として貰っていた指輪だ。
その指輪を、自分の意志とは関係なく《鑑定眼》が自動で正体を読み解く。
【心意の指輪】。
視えたのは名前だけ。
詳細は一切分からないが、ヤマトは何故かそれが何であるかを理解できた。
『あの人と同じ……相変わらず無茶ばかりする』
指輪から声……というよりも、込められた意志を感じ取れた。
誰かは分からないが、呆れながらも優しい想い。
『それはお守り。無茶も程々にしないとロクな事にならないわよ?』
その言葉を残して、その想いは消えていった。
当然指輪は残ったままだ。
「――使わせてもらいます」
ヤマトはその〔魔法発動補助媒体〕である〔指輪〕を用いて、暴走暴発の余地の一切ない、完璧に制御された魔法を行使する。
周囲を、そして獄炎を光が包み込む。
その光と共に、事態は終息していく。
「今のは……おい!大丈夫か!?」
ヤマトと義賊は生き延びた。
そしてヤマトはその義賊の言葉を最後に……いつものように力尽き、気を失った。




