44 借金奴隷と黒い蝶
「(居ないなぁ……)」
「(こっちも見当たらなかったわ。ヤマトの見間違い…ナデシコも見かけたのならそうでもないのかしら)」
ちび女神様ことティアが再び眠ったの確認して、ヤマトとアリアは屋敷の外へ出た。
そして屋敷の周囲で〔黒い蝶〕を探しているのだが見つからない。
「(もうどっか行ったのかな?それならそれで良いとは思うけど)」
「(何かスッキリしていない感じだけど、そこまで気になるの?)」
先程見かけた黒い蝶を思い出すたびに、ヤマトにも具体的には説明できない不安が過る。
この辺りにはもういないのではという考えも大した安心要素にはならなかった。
だが見当たらない以上はどうしようも無かった。
「(……ごめん。もう少し、広い範囲で探させてくれ。それで居ないならスッパリ気持ちを切って――)」
「ふざけんじゃねぇぞ!?」
突然近くから聞こえて来た怒声。
また揉め事なのだろうかと声の聞こえた方角を、建物の陰から少し覗いてみた。
そこには先程冒険者ギルドで揉めていた、分け前に不満を持ちチャンピオンに諫められていた男と、見知らぬ大男が居た。
「三度目だぞ。三度のチャンスを与えたんだぞ!?貸した金の返済を伸ばしに伸ばして……今日が最後だって言ったよな?今日で残りの全額返さねぇなら出るとこ出るって宣言したよな!?お前それに同意したよな?」
「は……はい」
今回怒鳴られているのは、ギルドに居た男の方だった。
「それでこれだ。半分だ。てめぇ俺の事舐めてんのか!?」
「いえ…それは…本当は全額払えるはずだったんです!なのにアイツが欲張るから……」
「お前さっきギルドで揉めってたらしいな?分け前がどうとかで。冒険証を見せてみろ」
「はい……」
委縮している男は冒険証の依頼実績を提示する。
本来はギルドなど正式な場でのみ確認出来る実績だが、最新の一件のみは何処でも確認することが出来る。
「てめぇ……これで分け前増やせって揉めやがったのか!この依頼にこの額…きっちり折半してんじゃねぇか!!特別な活躍でもしたのか?」
「い…いえ……」
「なら妥当な金額じゃねぇかよ!分け前増やせとか良く強気に出れたもんだなてめぇ。しかもこの依頼で借金額を全部返そうと思ったら、分け前の増額どころか報酬全額をふんだくるしかねぇじゃねぇか。そんな無茶が通るわけねぇだろ!!」
あの揉め男、そこまで要求してたようだ。
二人で受けたクエストで報酬全額寄越せとか揉めて当然だろう。
「――もういい。証書もある事だし、然るべきところに出させて貰う。俺らのパーティーの恩人だからと助けてみりゃこんな結末になっちまうとはな」
「待ってください!そんな事したら〔借金奴隷〕にされちまう!!それだけは…三日!あと三日だけ!!今回程ではないですが、そこそこの額を稼げる依頼をいくつか目を付けてたんです!!」
「悪いがもう駄目だ。そもそもお前、中級に上がってから四年だろ?そんだけ活動してるのに、上級はともかく今回のクエストも一人でこなせないって事はすでに成長限界……いや、以前の冴えを考えればとっくに下り坂だろ。そんなやつを借金ちらつかせて依頼に送り出して、その上で死なれでもしたらこっちの評判が下がるんだよ。お前が俺に借金している話はとっくに広まってるからな」
借金男は、既にに冒険者としては落ち目であった。
適度な依頼内容ならともかく、借金男の言動を考えると無茶な依頼を受ける可能性も高い。
「それにもう十分待った。それで返済しきれなかった時点でお前の実力も返済能力も信用できない。大人しく役所に代理徴収の申請を出させてもらう」
「そんな……待って!待ってくれ!!」
縋りつく借金男を払い、大男はこの場を去っていった。
きちんとした借用書などの証明がある場合、契約内容を破られた側は役所に代理徴収の申請が出来る。
財産差し押さえ、それで返済しきれないならば身柄を抑えて強制労働。
つまりは〔借金奴隷〕に落とされる。
奴隷は特殊な魔法契約により雇い主に逆らえない。
一応は衣食住に人権など本当に最低限の権利は保証されるが、借金奴隷に関してはそれらの経費や手数料などは奴隷の労働報酬から引かれる。
更に労働中の怪我や病気などの治療費も、その都度借金に上乗せされる。
ハッキリって割に合わない、低賃金でも真っ当に労働していたほうがまだ手数料が取られない分稼げる。
仕事内容も選べない。
そして申請・承認された返済額に達しない限りは、いつまでも借金奴隷から解放されない。
それがこの世界で常識となっている借金奴隷だ。
常識だからこそ、まともな人間は不用意に借金はしない。
しなければならない状況に陥ったなら、何としても返済期限は厳守する。
もしくは自身の意志で契約内容を判断・決定出来る任意の〔契約奴隷〕になる選択もある。
最初から返せる目途のない借金が必要な場合などに、最低よりも一段上の待遇である〔契約奴隷〕になる事が多い。
借金奴隷は、自身の返済能力を過大評価している奴や状況を楽観視してる奴らの末路である事が大半だ。
「(不測の事態で返済が滞ってなる事もあるだろうけど、あの男はそういう方面ではないみたいだし流石に自業自得かな?)」
「(――昔聞いた話だと、勇者とか女神様の眷属……つまり向こうの世界から来た人たちって奴隷制度とか嫌うって聞いた気がするけど、ヤマトは平気なの?)」
「(いや、個人的な感情で言えば嫌いだよ?けど世界が違えば常識も必要な制度も違うわけだし、それにこの世界の奴隷制度は物語で読んだことがあるものに比べてだいぶまともな部類だからまぁ……あと目の前のあいつに関しては全く同情できない)」
話が全て本当なら、知り合いに金を借り、返済期日を三度破った上に身勝手な理由で揉め事まで起こす馬鹿だ。
同情しろって方が難しい。
「(その場にうずくまって動かないわね。連れて行かなくていいのかしら?)」
「(被害者であろうと、流石に強制連行の権利は無かったはず。まぁやろうと思えば無理に連れていくのは出来るんだろうけど、下手に強いると逆上する可能性もあるから大人しく役所や兵士に任せたほうが良いんだと思う。まぁ今なら逃げれるだろうけど、そうすれば正真正銘の犯罪者。最低限の人権に身分証も失い手配されまともな仕事には着けず、盗賊コースが最も多いパターンらしい)」
もちろん逃走者の中には知らぬ顔で町中で真っ当な仕事に付いているようなやつも居るかもしれない。
だがそういう運の良さや立ち回りが出来るような器用な奴に、目の前の男は見えない。
逃走しても末路はどう足掻いてもバットエンドだろう。
ならまだ借金奴隷として、解放の望みがある分だけマシだ。
本人がどう思うかは別であるが。
「(――ヤマト、あれって)」
地べたで絶望に打ちひしがれている男の背中に、一羽の〔黒い蝶〕が止まっていた。
そして男が座り込んだまま辺りをキョロキョロと見渡す。
そして何かを小声で話し出した。
「(会話?俺ら以上に近い位置に人の気配はない……一体誰と?)」
内容は聞き取れない。
だが男の表情が段々と晴れていくのを見ると、借金男にとっては嬉しい内容なのだろう。
「――いいぞ!やってくれ!!」
途端に借金男が立ち上がり、両手を上げて叫ぶ。
すると、背中に泊まっていた黒い蝶の羽根の模様が光り出した。
「(ヤマト……あの模様、〔魔法陣〕よ!)」
黒い蝶の羽根。
そこに羽根と同色の為見えなくなっていた模様が光り出し、ハッキリと浮き彫りとなる。
アリアはその光る羽根の模様を〔魔法陣〕だと言った。
王都守護結界にも組み込まれていた、魔力を通すだけで特定の魔法を発動できるようにする魔法の回路。
「――【《同化》】?まずい!!《風弾》!」
ヤマトは借金男の背中目掛けて魔法を放つ。
狙いは当然黒い蝶。
いつもは一瞬で解析できる《鑑定眼》が、その処理に数十秒掛かった。
そして視えたのが【《同化》】。
この世界における〔禁魔〕。
禁忌とされる魔法の一つだ。
「(弾かれてます!《水の刃》!!)」
アリアも追撃を掛ける。
借金男の安全を気にする余裕はない。
殺しさえしなければ《治癒》で何とかなる。
今は【《同化》】を防がなければならない。
男と蝶の接点から、既に真っ黒な変色が全身に広がっていく。
「通らない!?《障壁》じゃない……〔魔力の壁〕!?」
放出され、男の周囲を竜巻のように渦巻いている魔力に、攻撃魔法が阻まれる。
風と、威圧による圧迫感が増していく。
視界も巻き上げられた砂により塞がれていく。
「(間に合わない!)」
「一旦下がって距離を取る!防御は怠るなよ!!」
如何に常人には見えない非実体状態の精霊であれど、一定以上の魔力攻撃で在れば傷を負ってしまう。
相手に視えない分、行動予測を無視したまぐれ当たりだって起こり得る。
戦闘になれば非実体の状態でこそより警戒が必要だろう。
「(――来るわよ)」
魔力の渦が収まっていく。
そして視界も晴れていく。
その先に居たのは、全身真っ黒で凹凸も顔も無い〔人型〕だった。




