42 闘技場のチャンピオン
「――これで依頼完了です。お疲れさまでした」
ヤマトがバルトルの町に戻ってから三日が経った。
ちび女神様は未だ目覚めぬままだ。
ヤマト自身も昨日までは女性陣から「休め!」と言われ、半ば強制的にのんびりタイムを送っていた。
魔人レニィ戦に王都結界の再起動、更に無理矢理な女神降ろし。
いくら治癒やポーションの効果があれど、流石に酷使し過ぎだと怒られてしまった。
ちび女神様が目覚めた時に、使い魔として少しでも万全な状態を示せるようにとも理由付けされてしまった。
なので昨日まではちび女神様の目覚めを待ちながら本を読むことぐらいしか出来なかった。
そして今日、ようやく強制休暇が明けた。
ヤマトは早速買い物を済ませた後、リハビリがてら冒険者ギルドで依頼を受けて来た。
「(お疲れさま)」
側に居るアリアから声が掛けられた。
ヤマトの契約精霊のアリア。
屋敷内では基本的に実体化していたが、今は実体化を解き、他の人々には見えない姿でヤマトの側に居る。
アリアは精霊女王の分体だけあり、王都に住む精霊ウーラとは違い、道具に頼らない自力での人型・実体化が可能らしい。
「(やっと終わった……時間掛かってごめん。聞いていたよりも手こずった)」
「(まぁかなり面倒だったものね)」
バルトルにある冒険者ギルドに集まる依頼、その中で討伐系の依頼は闘技場に集まる腕自慢達の格好の獲物になるため、シンプルな依頼である程に即座に取られていく。
その為ヤマトの受けた依頼は、腕っぷしだけでは討伐できないクセのある少々面倒な余りものだった。
「(確かに忠告されていた通り、面倒な内容なのは確かだったけど……多分それ以上にこの〔新しい杖〕が問題かな)」
ヤマトの使っていた神域宝具セイブンの杖はちび女神様の依代としたため、代わりの杖が必要になった。
セイブンの代わりなら最初にこの世界に降り立った時に使っていた初期杖があったはずなのだが、収納を探ってみると見当たらず、どうやら無くしたようだ。
王都騒乱の前日の夜、ゴーレム実験の際に比較の為に使った覚えはあるので、恐らくそのまましまい忘れたのだろう。
なので置き去りにしてきたローブと共に輝き亭の瓦礫の中だろう。
日々の片づけの大事さを更に実感した。
「(やっぱり厳しい?)」
「(最低限使えない事はない。だけど……前二つとは比べ物にならない程に弱い)」
バルトルの町は闘技場の町。
それが全てではないが、剣士を始めとした闘技場目当ての武人が多く集まるのは事実だ。
そのため必然的にバルトルにある店の品揃えは、そう言った人々を標的にした物に偏る。
魔法使い向けとなれば完全におまけ扱いだ。
この杖も、店の片隅に数本置いてあった中から若干マシなものを選んだに過ぎない。
正直、性能はお察しだ。
今すぐにでも余所の町でもう少しまともな杖を見繕ってきたいのだが、ちび女神様が眠ったままなので町の外にまでは離れたくはない。
《界渡り》の疑似転移は実質片道切符なので、行きで使うと緊急時に即座に帰れなくなるので、使うならば買い物の帰りだ。
行きは自力……魔動自転車があればスタドくらいはすぐなのだが、アレは女神様で無いと起動出来ずに、ただの自転車と化すので今は役に立たない。
なので現状はこの杖に少しでも慣れるしかない。
「(あ、危ないかも)」
「(え?……おっと)」
アリアの忠告でソレに気付いたヤマトは、咄嗟に半歩後ろへと下がる。
次の瞬間、ヤマトの眼前を大きな物体が横切っていった。
そしてそのままギルド内にあるテーブルとイスに突っ込んでいった。
「お前ら!!ギルド内での揉め事はご法度だぞ!!」
どうやら冒険者同士の揉め事から殴り合いに発展し、片方が思いっ切りふっ飛ばされたようだ。
後から聞いた話だと、ただでさえ冒険者には気の強い奴らが多いらしいのに、バルトルはこれも闘技場の影響で更に荒っぽいのが集まりやすい。
他の町のギルドよりも揉め事が起きやすいそうだ。
「(ふっ飛ばされたほうは……気を失ってるだけかな。傷も軽そうだし、駆け寄った職員や身内さんに任せても大丈夫かな。問題は頭に血の上った側かな)」
ヤマトは視線をもう一人の方へ向ける。
ギルド職員がなだめようとしているようだが、特に落ち着きを取り戻しているような様子はない。
流石に無いとは思うのだが、その剣幕は職員に殴りかかってもおかしくない気がする。
「まぁまぁ、そろそろ落ち着きなよ。分け前で揉めてたみたいだけど、暴れたって修理費やらでお金が減るだけだよ」
「あぁ?お前何を……チャ…チャンピオン!?」
どうにも埒が明かない様子だった所へ、一人の男が入り込んできた。
【ロンダート(人族:上級冒険者/大剣士"チャンピオン")】
チャンピオン……なるほど。
どうやらその男は、バルトルの闘技場の優勝者のようだ。
金髪イケメン、初めてバルトルに来た時にタケルが言っていた人気者本人のようだ。
「すっすいません!チャンピオンの手を患わせてしまって……もう落ち着きやした。迷惑かけてスイマセン!」
「……うん。落ち着いたなら良かった。まぁ揉める事そのものは仕方ないのかも知れないけど、あまり周りに迷惑を掛けない様にしなよ?」
「はい!気を付けます!」
さっきまで感情のままに振る舞っていた男が、一瞬で切り替わってしまった。
話しながらずっと頭をペコペコと下げ続けている。
チャンピオンの肩書きゆえか、人格者なのかは分からないが、ちょっと声を掛けただけで大人しくなった。
「――はッ!?この野郎……ふざけんじゃねぇ!!《炎弾》!!!」
ふっ飛ばされ、気を失っていた男が目を覚ました。
そして途端に魔法を放った。
流石に喧嘩の反撃にしてはやり過ぎである。
「(――《水壁》)」「――《二の太刀》」
ギャラリーや建物への被害を防ぐためにヤマトが無詠唱で展開した《防壁》を、展開完了までのほんの僅かな間にチャンピオンはすり抜けていった。
そして背負っていた大剣で《炎弾》を切り伏せ、魔法を放った男の眼前までに迫っていた。
「……え?」
「とりあえず落ち着こうか」
「は…い…」
魔法を放った男は、何が起きたのか分かっていないようだった。
自身の放った魔法が気づかぬ間に消え、そして目の前にはチャンピオン。
男は呆然としながら、動きが完全に止まっていた。
何かをする気配はない。
何かしようとしても、あのチャンピオンが防ぐだろう。
どうやら状況は落ち着いたようなので、ヤマトは防壁を解除する。
「(大剣使いの移動速度じゃないんだよなぁ……もしかして縮地とかいう類なのか?)」
そんな事を考えていると、男を黙らせたチャンピオンが引き返し職員の元へ向かっていく。
「――みんなを守ろうとしてくれてありがとう」
ヤマトの耳に届いた微かな声。
チャンピオンの声のようだが……アリアは全く反応していない。
恐らくだが、周囲の反応から見てヤマトにしか聞こえていない。
別段耳元で囁かれたわけでもないのに、ヤマトにだけ聞こえた声。
そもそもそれ以前に、無詠唱・無挙動・無表情かつ視認しにくい透明な防壁で発動点が見分けられない全域一斉展開したにも関わらず、魔法の主として特定されたことも驚きだった。
「流石チャンピオン!!相変わらずカッコイイわね」
「……全く見えなかった。何をしたんだ?」
「あの一瞬で魔法を叩き切りながら、アイツの眼前まで詰め寄ったんだよ」
「マジか。流石チャンピオン」
遅れながらも状況を認識した周囲がざわめき始めた。
闘技場のチャンピオン、大剣士ロンダート。
図らずもその実力の断片にお目に掛かる事となった。
「(あ、ヤマト。杖にヒビ入ってる)」
闘技場チャンピオンの実力・行動に感心しつつ、ヤマトはこの程度の行使でガタが来ている新しい杖に気付き、頭を抱えそうになった。




