38 再起動する王都の《守護結界》
「――これですか?」
「そうだ。そこに魔力を込めてくれればいい」
結界装置の魔力供給用の端末である正方形の周囲に等間隔で配置された水晶に、ヤマトは軽く触れる。
さっきまでは何も無かった所に、ラントス王子の操作でポッと出て来た。
今はまだオンになっていないため何の反応ない。
ヤマトは結界装置への魔力供給を引き受けた。
王都の守護、町や人を守るためのものとなれば特に断る理由もなかった。
報酬も出ると言うのであればなおの事である。
「(ただ正直、こんな簡単に昨日今日出会った相手を重要施設に招き入れて、尚且つ雇っていいのかって感じはありますけど。ここ警備大丈夫なんですか?)」
『あ、冗談でも変な事はしようとしないでくださいね。ここには防犯用に即死系のトラップもありますから』
するつもりはない。
だが物騒だ……重要施設の防犯となれば当然かもしれないが。
「ヤマト殿は一応は病み上がりだ。無理のない範囲で構わぬからな」
「大丈夫です。安全第一は弁えてますので」
魔力を込めながら様子を見つつ慎重に行こう。
物が物だけにやらかす訳には行かない。
トラブルは勿論、壊しでもすれば女神様の使い魔だろうと逮捕コースだ。
正直自分の体調よりもそっちが心配だったりする。
「……ちなみに、私の魔力量の話は何処から聞いたんですか?」
「これに関してはヤマト殿の治療にあたり色々と検査をした際にな……これも勝手をして済まぬが、魔力枯渇の症状も見受けられたので念のために測定をと言われてな」
「あーそういう事なら大丈夫です」
治療して貰った身なのでこれも仕方はない。
「それにしても〔魔力測定器〕なるものが実在していたんですね。ちなみに聞きたいんですが、俺の数値ってどうなってました?」
「……上は〔測定不能〕だった」
お互いにリアクションに困るところだ。
明らかに想定外の出来事だったのだろう。
王子の表情が真顔になったので、踏み込まないほうが良さそうだ。
「――良し。ヤマト殿、いつでも始めてもらって構わない」
「了解です」
ヤマトは改めて左手で水晶端末に触れる。
右手にはセイブンの杖。
魔力を込めるだけなら杖が無くとも問題はないのだが、扱う魔力総量を考えて念のため杖も使い、きちんと制御する。
やる事は単純だが、万が一はあってはならない。
そうして触れた水晶は、先ほどと違い少し暖かい気がする。
「それじゃあ始めます」
徐々に徐々にと魔力を込めていく。
ちゃんと加減を理解しながら、ゆっくり量を増やす。
「うむ、この調子で頼む。ところでヤマト殿は大丈夫なのか?既に結構な量を込めているが……」
「あ、まだ大丈夫です」
「そうか。流石と言うべきか……」
王子が若干呆れている気がするが、正直今更なので気にしない。
この様子なら問題なく起動に必要な分を満タンまで満たせそうだ。
「ふむ……これならば本当にヤマト殿一人で満たしてしまうな。それならば――全員聞け!魔力が確保でき次第、すぐに結界を起動させる。いつでも起動できるように準備に取り掛かれ!!」
技術者達が動き出す。
起動予定が前倒しになっても、一切慌てる事無くテキパキと作業に掛かれるのは流石のプロだ。
王城で働く人材は伊達ではない。
「満タンまで残り二割。まだ行けるか?」
「大丈夫です」
「ならそのまま最後まで頼む」
このペースだとヤマトの魔力の七割くらいの消費で済みそうだ。
何やらヤマトの体感では、以前よりも魔力量の最大値が少し増えているような気がするが、これも今更なので気にしないようにしたい。
にしてもまだ増えるのか……。
「満タンだ。ヤマト殿、ご苦労だった」
王子から終了の指示が出たので、ヤマトは魔力を止め、水晶から手を離す。
少し疲れたが、特に問題はなさそうだ。
「――準備は整ったな。すまないがヤマト殿は少し下がっていてくれ」
言われた通りにヤマトはその場から少し下がる。
さっきまで触れていた水晶は消失した。
そして王子は、中心の正方形そのものに近づいていく。
すると正方形の一面に大穴が開き、その中に納まっていた大きな結晶体が見えるようになった。
恐らくはあれがこの結界装置の核になる部分なのだろう。
〔古代龍の魔石〕すら上回る存在感を感じる。
これだけのものが核として組み込まれているのなら、この規模の魔法陣の稼働や王都を覆う程の結界の展開が可能なのも頷ける。
「――■■■■、《■■■■■■》■、■■■■〔■■■■・■■■■■■■■〕」
王子が何か話しているが、王子の言葉をヤマトは聞き取れなかった。
否、聞こえていたはずなのに理解が出来なかった。
隠匿か、未知の言語かは分からないが、恐らくはこれがこの装置の〔鍵〕になるのだろう。
「■■■■、■■■■■■■■■■■■■!」
結晶体が黄色い光を放ち始めた。
すると開いていた正方形は再び閉じ、先程までと同じ状態に戻った。
かと思えば今度は正方形全体が輝き始めた。
そして正方形に繋がる魔法陣、その線一本一本に魔力が通っていき、全ての魔法陣が光り出す。
ヤマトの視界にはイルミネーションの如き光景が映し出される。
「うむ。問題ないな。数分後には《守護結界》が再び展開される。これで――」
結界の展開は上手くいった。
これで王都の守護は復活する。
「……今のは?」
――しかし、そこで異変は起きた。
結界ではなく、女神と使い魔の身に。
「(な……これは…一体?)」
突如ヤマトを襲った強烈な寒気。
そして首輪から伝わるのは痛み。
「(……女神様?)」
女神様から返事はない。
使い魔として繋がっている気配は感じているが、それが普段よりも圧倒的に細く薄くなっている。
その微かな感覚を通して、女神様に異変が起きた事を理解した。
「ヤマト殿!?」
ラントス王子の慌てる声。
気付かぬうちにヤマトはその場に座り込んでいた。
寒気と痛み、そして脱力感。
「(力が……入らない……でも)」
今、倒れる訳には行かない。
女神様の声は聞こえない。
だが、首輪から伝わる微かな何か。
ヤマトにはそれが、助けを求める声に思えた。
「今、俺が出来る事。出来るかもしれない事。良い案は浮かばないけど、それなら……!」
ヤマトは無理矢理足に力を入れ、強引に立ち上がる。
そしてセイブンの杖を両手で握り、掲げ上げる。
女神様が関われない状態で〔それ〕が出来るかは分からない。
やり方を教わった事もない。
だが〔それ〕は、一度ヤマトを通して実行されている。
「(成功するかは分からないが、他に何も出来ることがないなら試してやる。――あの時の感覚を思い出せ!)」
ヤマトは残った魔力のほとんどを杖に込めていく。
後を考える余裕などない。
ただ、意識を失う訳には行かない為、活動に必要な最低限だけ残す。
それだけ残ればいい。
「(あの時を、あの姿を!あの時の空気や感覚も全て……!!)」
セイブンの杖が光を放ちだした。
今回は虹色。
ヤマトの持つ属性の光。
しかしその色は次第に交わり、真っ白な光へと変化した。
ヤマトの持ちえない聖属性の白へと。
あの時と同じ色へ。
「いける!!」
自身に残る僅かな繋がり、狭まった道を無理矢理こじ開けた。
その途端にさらに強まる寒気と痛みの感覚。
脳裏に浮かぶのは必死に抗う女神様の姿。
ヤマトは共有してしまっている感覚を抑え込み、そして実行した。
「――降りて来てくれッ!女神様!!」
18/12/26
先日、初の短編投稿作品として「クリスマスを一人で迎えた男に舞い降りた女神チャンス」を投稿しました。
お読みいただけますと嬉しいです。
「クリスマスを一人で迎えた男に舞い降りた女神チャンス」
https://ncode.syosetu.com/n0521ff/




