37 魔力馬鹿と秘密の場所
「(……ここ何処だろ?明らかに普通の道じゃない気がするんだけど)」
ラントス王子の執務室に向かっていたはずのヤマトだが、《鳥》の案内する道を進むと明らかに雰囲気の違う通路を進んでいた。
《鳥》の案内は続いている以上、迷子という訳ではないだろうが……正直不安が募っていく。
「(女神様、ここって入って大丈夫な所なの?)」
『普通は大丈夫ではないと思いますよ。この先はお城の中で最も重要な施設と言っても良い場所に繋がってますから』
「(……王様とか王族関連?)」
『一応間違ってはいないですけど、この先にあるのは王都の《守護結界》の中枢機関です』
〔王都守護結界〕。
王都全域を覆っていた、規模としては世界最大級の《結界》。
誰かが王都に攻めようと考えた場合に、一番最初にして最難関の障害となる結界の発生装置がこの先にある。
本来なら極一部の者にしか立ち入ることが許されない場所。
「(……この先に進んでもいいんですかね?)」
『大丈夫じゃないですか?《鳥》の案内ですから。それにここに来るまでに既にいくつか防犯装置や魔法がありましたが、全て正常に稼働した上でヤマト君を不審者扱いしなかったんですから、ヤマト君にも通行許可が出ているのではないでしょうか』
国の重要施設に通行許可?
女神様の反応からすると、使い魔だから無条件で通れる場所という訳ではないようだが。
「(何でそんな……)」
『予想はいくつかありますが、答え合わせはすぐに出来そうなのでまずはこのまま進んでお相手とご対面と行きましょう。ほら、光が見えてきました』
視界の先。
窓の類は無く、等間隔に灯りが並ぶだけで若干薄暗い道の先に、一枚の扉と隙間から漏れる光が見えた。
その扉は《鳥》が近づくと自動で開いていく。
そして扉の先に《鳥》は消えていった。
ヤマトもすでにここまで来てしまった以上は大人しく案内に従う事にした。
そのまま扉の先に足を踏み入れた。
「――何だ、これ?」
ヤマトの視界に入ったもの。
そこにあったものに、思わず言葉が漏れてしまった。
王都の、王城の中にあるとは思えない程に広い場所。
ロボットの格納庫とか秘密基地だと言われても納得できそうなぐらい大きな空間。
数人が何か作業をしているようだが、ここからではよく分からない。
――そしてヤマトを驚かせたのは、その中心に置かれた一辺五メートルほどの〔正方形の物体〕と、そこから全方位、この空間の地面・天井・壁に広がり、そして高密度に刻まれた〔魔法陣〕。
ヤマトの知識の中にある儀式用の魔法陣でも、この規模のものは存在しない。
「(……鑑定出来ない?)」
《鑑定眼》で初めて表示されたエラーメッセージ。
中央に置かれた物体、そして広がる魔法陣の情報が読み取れなかった。
『コレは視れませんよ』
《鑑定眼》でも視れないものがある。
例え女神様の使い魔であれど、人の身である以上は知ってはならない事柄が存在する。
世界の仕組みや女神様関連……人が知る必要のない情報。
そう言った物や事象に対しては、この眼であっても通用しない。
どうやら目の前にあるものがソレらしい。
「(……悪いものではないんですね?)」
『はい。基本的には守りのための装置、《守護結界》を管理するためのものです』
基本……という事は別の用途があるのだろうか?
気にはなるが聞いても教えて貰えるものでもないだろうし、あまり踏み込んで地雷を踏むのも嫌なので気にしない様にしておこう。
その情報が必要になれば女神様の方から勝手に教えてくれるだろう。
「誰だ!?」
この広い空間に響き渡る声。
どうやらヤマトに対して問うているようだ。
そして一人の男が近づいてくる。
「お前はあの時の――」
見覚えのある相手。
確か……
「ラントス王子と一緒だった騎士?」
ヤマトがナデシコとフィルを助けに城に侵入した際に出会ったラントス王子。
その守護騎士の一人だった。
そして近づいて来る人物がもう一人。
「どうしたロラン。誰か……ヤマト殿か?どうやってここに…あぁ案内が居たのか」
ヤマトをここまで導いてきた《鳥》は、ラントス王子の差し出した指先に止まり、そのまま消えていった。
役目を終えたというところだろうか。
「おはようヤマト殿。随分と早い目覚めだったな。あの怪我の状態ではもう数日は眠ったままだと思っていたのだが……その辺りは流石〔女神様の眷属〕と言ったところだろうか?」
「……えっと、それは何処でお聞きに?」
ヤマトが女神様の使い魔である事は話してはいないはずなのだが。
勇者の知り合いやナデシコの保護者代理的な話は出てた気がするが、使い魔として名乗った覚えはない。
うっかり口を滑らせてはいないはずだ。
「あぁすまない。知られたくない事柄であったか。状況が状況だったので巫女に連絡を取った際に聞き出したのだが……」
出処はフィルか。
相手が王子なら仕方ないのかも知れないが、一応後で文句を言っておこう。
秘密と言いつつこうやって徐々に広まっていくパターンにはなってほしくない。
「あーまぁ秘密にしておきたい事ではありますけど、今回は状況が状況でしたから誰であろうと調べる必要があったでしょうし、余所で言いふらさなければ大丈夫です」
「そうか、理解して貰えてありがたい。それと巫女殿から無理に聞き出したのは私ゆえ、あまり彼女を攻めないでくれると助かる。――この事は決して公言しないと約束しよう。他に知ったのはリトラと騎士二名、あの時あの場に居合わせた者だけだ。向こうで作業している者たちには私の持つ魔法具のおかげで聞こえていないはずだ。安心して欲しい」
機密に触れる機会の多い王族なら、盗み聞きされない為の道具を持っててもおかしくはない。
むしろそれ無しで眷属の話を持ち出して来たのなら無能もいい所だっただろう。
「ロラン、他言無用だ。理解したな?――ここに居ない者にも今すぐ伝えて来い」
「了解しました」
そのまますぐさま守護騎士ロランは走り去っていった。
「(このくらいなら伝信でも……あぁなるほど。《界渡り》の反応が無いって事はここも転移や連絡が阻害されているのか)」
『ここの場合はセキュリティの都合ですけれどね』
少なくとも昨日のように、誰かが悪い事を企んで展開した妨害ではないなら問題はない。
まぁだからと言って、護衛対象を一人にしていいのかとは思うが。
……もしかして人払いだろうか?
「――さて、本当なら少し話を聞いてからと思ったのだが……真っ直ぐここに来てしまったのなら先に本題を済ませてしまおう」
ヤマトが王子に呼ばれた理由。
早速本題の話になるようだ。
「ここにある装置や術式は全て、王都を覆っていた《守護結界》を稼働させるためのものだ。物が物だけに皆休まず急ぎで修復作業を行い、つい先ほど直ったばかりのものだ」
一日足らずで修復。
規模を考えれば相当に無理をしたのだろう。
だが王都の守りを考えれば、一分一秒でも早く再稼働させたいのは当然だろう。
「それで出来るだけ早く稼働させたいのだが、破損個所の修復に想定以上に多くの備蓄魔力を消費してしまってな。継続して稼働させ続けるための魔力は残った備蓄から順次引っ張り出せば当面は何とかなり、その間に色々と手も打てるのだが……起動時に必要になる膨大な魔力の確保にまだ数日掛かる予定なのだ」
膨大な魔力…魔力量の話。
「残った備蓄魔力を起動に回す手もあるが、それでは起動は出来ても維持するための魔力が足らなくなる。それで起動のために必要な魔力をかき集めるために、これも急ぎで人材や魔石など各方面からき集めるように手配しているのだが……先の騒動のせいで手も足りない。なので――」
「(あー、大体分かった)」
ヤマトは話の内容を概ね察した。
つまりは……。
「――ヤマト殿のお力をお借りしたい。正確にはヤマト殿の魔力を提供して貰いたい。その膨大な魔力で、この《守護結界》を起動させる手伝いをして欲しい」
要するに、どうやら〔魔力馬鹿〕の出番のようだ。




