35 魔法殺しと騎士団長
「《氷結牢獄》――からの《多重氷結牢獄》!」
そろそろヤマトの戦闘傾向となりつつありそうな気がする先手必勝。
魔人レニィはヤマトの結界に包まれる。
「――成程、これだけの魔法を扱えるのであれば、確かに弟はひとたまりも無かったでしょう……ですが残念ながら相手が悪かったですね」
閉じ込めたはずの魔人の、一切動揺のない平坦な声が聞こえる。
そしてヤマトの拘束結界は易々と砕かれる。
目に視えるダメージも与えられていない。
「《風斬乱舞》!」
「ふむ、良い風ですね」
避ける仕草もせずにこれも無傷。
防御に阻まれるような手ごたえもない。
「――ナデシコ、飛んでくれ!」
この状況に、ヤマトは決断をした。
自分ではどうしようもない相手。
こういう時のための、緊急手段。
突然の出来事に困惑していたナデシコは、ヤマトの言葉に我に返り動き出す。
そして取り出したのは〔転移結晶〕。
ナデシコは指示通りに転移結晶を起動した。
「この結界の中では……起動している?チッ!」
おそらく相手の張ったこの結界には王都全域のように転移妨害も含まれていただろう。
目標とする敵を閉じ込めるならば当然転移は警戒する。
だが〔転移結晶〕なら妨害の中でも飛べる。
本来発動しないはずの転移が起動している事に気づき、静止に動き出すレニィだが初動の遅れは大きい。
その上で魔人とナデシコたちの線上にヤマトが割り込む。
「邪魔だぁ!」
魔人レニィの武器。
その両手五本指から三本ずつ伸びる長い爪。
それを剣や刀のように斬撃に用いる。
「いっ……このッ!!」
最大強度にしていたはずの障壁を含む防御を、レニィの爪は正面に構えていたヤマトの両腕ごと易々と切り裂いた。
ヤマトが反射的に受け流さなければ、そのまま両腕共に完全に切断されていただろう。
「ヤマトさ―――」
ハッキリ言ってこの傷は痛恨の一撃であったが、時間稼ぎは出来た。
ナデシコ、フィル、レイシャの三人の姿はこの場から消えた。
「――まさかこの結界を抜けうる転移石が存在するとは……それを持つあの女は……いや、お前が持たせたものか?」
「……どう…だろうな」
何とか三人はこの場から逃げることが出来た。
だが、今一番の問題はヤマトのほうにある。
自身の防御を過信していたつもりはない。
むしろ魔人相手にしっかりと守ったつもりだった。
しかしこの相手に対しては紙同然だった。
「(両腕……まともに動かすのは難しいか。マズイな、杖が持てない」
杖は魔法発動の補助媒体だ。
それが無くとも発動自体は出来るが、精度性能は落ちる。
「(ただでさえ効いてないのに……効いてない?防ぐ事も守る事もせずに無傷?幻影幻術なら見破れるがその反応はない。となればもしかして――)」
稀有過ぎるゆえに万が一の知識としてしか教わっていない、あの特性。
「――〔魔法殺し〕?」
「ほう、知っているのですね。でしたらお分かりでしょうが、私は魔法使いの天敵です」
世界に数人の特異体質。
魔法による自身の肉体への干渉を無効にする能力。
魔法は使えず、さらには他者からの治癒や強化といった補助を一切受けられない反面、攻撃魔法により傷つく事も無い。
全ての魔法使いの天敵。
「武器が爪なのは…体の一部だからか」
「そうです。本当は剣の方が扱いやすいのですがそれだとこの特性は適用されないので。使い勝手は悪いですが、防御を魔法頼みとする相手にとっては魔剣聖剣よりも厄介でしょう?」
ヤマトの魔法防御が弱かったわけではない。
ただ単に奴の爪に無効にされていただけだ。
下級だろうと超級だろうと、魔法殺しの肉体に触れれば無に戻される。
「(これは詰んでるかもしれないな)」
結界に閉じ込められ逃げ無し。
〔転移結晶〕はまだ使ったばかりで発動できない。
魔法は効かない。
杖無しの治癒魔法も出来なくはないが、性能がたかが知れている上にそんな猶予を与えてくれるとは思えない。
その上でただ悪戯に相手の神経を逆なでする可能性が高い。
「(女神様、何か手はある?)」
『…………』
女神様は無言。
すなわち本当に手詰まりか、この場でのアドバイスが女神様自身の干渉制限の何かしらに引っ掛かる可能性があるか。
あくまで後者である事を祈る。
今はとにかく思考を巡ら――
「答えよ。巫女を何処へやった?」
「――ぐッ!…あぁ…!」
ヤマトは爪で腹を刺された。
しかもそこから抜こうとしない。
「(治癒も防御も使えない)」
強化や障壁、治癒といった肉体全体に作用するタイプの魔法がかき消された。
恐らく刺さりっぱなしの奴の爪に触れるのだろう。
これでは腹部は治癒どころか血止めすらできない。
腹部周辺を避けた穴あきの障壁は展開できそうではあるが、それでは正直意味がない。
治癒はそもそも体全体に作用しなければ効果が出ないためどうしようもない。
「(マズイ……意識が……)」
傷が大きすぎる。
血が流れ、思考能力は低下し、意識も朦朧として来た。
頭を働かせなければならない状況でこれは正直詰みにも等しい。
「何処へやったか答えたならばこの状況から解放しましょうかね。手当が早ければ助かるかもしれんよ?そもそも魔法使いなら応急処置ぐらいは魔法で出来ますか。私が居なければの話ですが」
ある種でお決まりの交換条件。
見逃してやるから情報を寄越せ。
「僅かな生存の可能性と、確実な死を天秤に掛ける必要はないと思いますけどね」
いわゆるテンプレ。
「……そうですね」
「ええ、そうですよ」
素直に答えればヤマトは助かるかも知れない。
「そうだ…な……それじゃあ……」
ならヤマトの答えは決まっている。
「――誰が教えるか……!」
力を振り絞り、ただの魔力の塊を乱暴に地面にたたき込んだ。
杖が無いため、加減も調整も一切無しだ。
足元の地面が吹き飛ぶ。
ただ吹き飛ぶだけの地面に、魔法殺しは働かない。
漫画とかでもよくある〔魔法メタ〕の単純な対応策だ。
もちろんこんなものでは大したダメージは与えられないが、刺しっぱなしになっていた爪からは逃れられた。
「うぐッ……《杖よ来い》《治癒》」
受け身を取り損ねたヤマトは地面に転がりながらセイブンの杖を引き寄せる。
杖を握れはしないが触れてさえいれば何とか出来る。
怪我を大きく治しきる事は出来なかったが、少なくとも応急処置にはなった。
――そしてその時、この場に貼られた結界が崩壊していく。
結界のせいで若干薄暗かった空間は消え、太陽の光に照らされる。
そうして現れたのは……立派な鎧と、太陽の光で輝く綺麗な剣を持つ一人の男。
「ようやく壊れたか。それにしても相変わらず部下のお守りが無いと弱い者いじめすらできねぇのか?魔法殺し。"なんちゃらの左腕"の二つ名が泣いてるんじゃねえか?」
「お前はグラ―――」
「遅ぇよ!」
ヤマトの目の前でレニィは一刀両断された。
ヤマトを絶対絶命に追いやった相手が、ただの一撃で死んだ。
「いつもみたいに弟が来なかったな。まぁいい、ようやく仕留めたぜ臆病者。だが結界の方は逃げられたか。……捕まってたのは坊主一人か。治癒師は何をしてる!ここに重傷者がいるぞ!とっとと治療しやがれ!!」
【グラム・ロード(人族:騎士団長/騎士"太陽の騎士")】
「(あぁ……剣か)」
強化魔法を受け付けない。
自身で魔法を発動する事もできない。
それは魔人であろうとも、肉体強度は生物の範疇に留まっていると言う事だ。
つまりは物理攻撃に対する防御力はさほど高くない。
もちろん魔人ゆえに人よりもかなり頑丈ではあろうが、騎士団長ほどの剣の腕があればそれこそ一刀両断は容易いだろう。
「(……助かった……みたい…だな――)」
ヤマトはそのまま気を失った。
12/18 20:20
キャラ名に誤字があったので修正しました。




