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異世界で女神様の使い魔になりました。   作者: 東 純司
龍界決闘/―――
274/275

266 幻影



 「――この姿の方がよかろう」


 見慣れた姿になる龍主ミラジェドラ。

 龍の巨体から老人の姿へ。

 その身に残った僅かな魔力で楽な姿に変身する。

 

 「すまぬが紙とペンをもらえないかの?」 

 「あ、はいどうぞ」

 「……」

 「…ん?」


 すると龍主はヤマトから書き物一式を受け取り、そのまま黙って何かを書きだした。

 確かに龍の姿よりも人の姿の方が適した作業。

 

 (違和感が…気のせいか?)

 

 そのミラジェドラの行動に、何やら違和感を感じるヤマト。

 書き物を始めたことは気にならない。

 だがその所作や言動に、何処からしくなさを感じ取る。

 

 「龍主様、一体何を?」

 「必要なことを」


 そしてその行動の理由をブルガーが問うと、これもいつもの口数よりも少なく最低限の言葉だけが返って来る。

 ヤマトだけでなくブルガーも訝しげに見守りだす中で、淡々と文字を書き連ねる。


 「…これは、まさかさっきの決闘?」


 そこに記されていく文字列を覗き見れば、すぐに内容は理解出来た。

 それは先ほどの決闘の考察。

 自身の敗因、その決め手となった相手の一撃の手を受けた身としての分析。

 理路整然と読みやすく整えられた文章ではなく、とにかく思い浮かんだ言葉をその場で考え無しに出力していくような雑さで書き記されていく。

 

 「もしかして…これはもう…」

 「くっ…」


 そしてヤマトとブルガーは気付いてしまった。

 今この姿の、龍主の真実に。


 ――決闘による一撃決着。

 敗北した龍主の致命的な傷。

 死は免れぬその身は本当に、本当に辛うじてだが生き延びたに過ぎない。

 普通ならば何も出来ずに終わりを待つだけの身。

 しかしそこは龍主の強靭さ、当人曰く龍主継承に伴うちょっとした特典。

 これにより微かに残る力で《最後の幻惑》を行使しているのだ。


 (今見えてるこの姿は《幻惑》の魔法…いや実体を持つ《幻影》か。でもその精度を上げる力はもう…)


 以前、龍主との初対面時に、あの場を取り繕っていた幻惑をヤマトは見破れなかった。

 それほど高度な幻を作っていたミラジェドラの魔法。

 しかし今この場にあるのは本当に最低限の行いしか出来ない、シンプルなゴーレムのような《幻影》。

 幻が実体を持つというだけでも随分と凄い魔法の腕前であるが、もはやそれを見破れぬほどに高める事は出来ず、本人らしく振る舞う事すらできない簡素なもの。

 起き上がった最初こそ確かにらしさを兼ね備えていたが、今はもうそんな余力もなくやるべき事にだけ尽力せねばならない状況。

 もはやそれだけ限界を迎えているということなのだろう。


 (遺言、だな。最後の力で、幻に頼ってでも何かを残そうとする龍主ミラジェドラの最後の言葉…行動)


 そんな辛うじての幻を使い、ミラジェドラは遺言を残そうとしている。

 誰かへの想いを告げる言葉ではなく、あくまでも先の分析の文字列。

 しかしそれも全ては同胞の未来の為に。

 

 (龍主を一撃で殺せる何か、それこそ《龍殺しの魔法》とでも呼べる技。龍たちにとって致命的な一撃必殺。龍主は最後の時間を使ってやっぱり仲間を守ろうとしているのか…)


 それらは《龍殺し》、龍主すら殺せる力を記したもの。

 それは当然龍たちにとって絶望たりえる力。

 しかしこの手紙はその厄災への対策(・・)を目的としたもの。

 残した情報を糧にして〔龍殺し対策〕を確立させろという最後のメッセージ。

 絶望を記しているのではなく、絶望を克服する為の材料を龍主は記していく。

 同族を守る為に、その身に残された最後の…本当に僅かな時間を使い切る。


 「ブルガー。書き終えたコレは写しを作り必要だと思う者たちに渡すのじゃ。ひとまずは長と賢者殿…そして墓守は必須かの」

 「…はい。わかりました」


 その限られた力で伝えられる指示。

 今も書き続けられるその紙は、書き終えた後にブルガーに預けられ、その情報はまず確実にこの三者に渡される。

 龍人の長、つまりはブルガーの父親。

 勇者パーティーの賢者シフル、ブルガーの上司でもある身知ったエルフ。

 そして墓守、この龍界で最も龍の死に精通している龍人。

 

 「ヤマト。あの亡骸はひとまず其方が預かって欲しい」

 「え?あぁ、分かりました。ちょっと行ってきます」


 するとヤマトにも届く指示。

 それは例の魔人シラハ。

 既に亡き人となったその亡骸の回収。

 この場でそれができるのは確かに《女神製の次元収納》持ちのヤマトだけ。


 (気分良い行いじゃないけど…よっと。ん…入るか、やっぱり死んでるんだな)


 根本的に次元収納も魔法袋も生物は入れられない。

 ゆえにこそここに入るという事は、それがアイテム扱いの死体であるという証明。

 勿論《鑑定眼》でそれは把握済みだが、ダメ押しの証拠となりえる。


 「え…うぉ!?」

 「ヤマト?!」


 だがその亡骸の収納中に、思わぬトラブルが発生する。

 収納に取り込み中のシラハの体から何かが大きな音を発しながら弾かれた。


 「大丈夫です!今のは…空間反発か?」


 その原因は収納の仕様上の問題。

 次元収納や魔法袋に付与される《異空間系の魔法》にはいくつかの制約が存在する。

 それらの内のいくつかは通常と異なる女神製の次元収納、つまりヤマトの次元収納なら無視できたりもするのだが…女神製でも無視できない絶対の仕様が存在し、それが〔空間同士の反発〕。


 《次元収納》の空間に、別の空間が付与された〔魔法袋〕は収納できない。

 それぞれが内包する空間同士が反発するという仕様ゆえの基本ルール。


 「魔法袋じゃない…これはあの箱か」


 そんなルールによって弾かれた品物。

 拾ってみればそれは例の〔魔法の箱〕。

 魔人シラハが使用していた魔法を納めたアイテム箱。

 恐らくこの仕組みを成立させる為に何かしらの空間系の魔法が付与されているのだろう。

 それが次元収納を反発し、音と衝撃を生み出した。


 「…これで全部外したかな?よっと…うん入ったな」


 一先ずシラハの亡骸を見分し、全ての箱を回収した。

 その上で改めて収納に収めようとしてみれば…今度は問題なく全身が収まった。


 「戻りました。それで…これなんですが、そちらで預かって貰えませんか?」

 「俺か?分かった」


 そうして片づけを終えたヤマトは、ブルガーに魔法の箱を預ける事にした。

 これに空間魔法が使われているのなら何かの拍子に次元収納と干渉しかねない。

 手持ちの擬装用の魔法袋一袋程度なら慣れているが、そこそこの大きさの箱を何個も身に付けては邪魔で仕方ない。

 

 「…これに魔法がか。許しが出るなら賢者様に渡すのも良いな。なんの魔法が入っているかが分からないのは不安だが」


 それらの魔法の箱は人族陣営にはオーバーテクノロジー。

 技術検証はもちろん、魔王対策としても十分すぎるほどに有用な研究対象、必須となる項目だろう。

 ただしそれを見越して罠を仕込んである可能性もあるので扱いは慎重になるべきではある。


 「ふむ…できた。ブルガーよ、託したぞ」

 「はい…お預かりします」


 そうしていよいよ書くべきことを書き終えた龍主の幻影。

 ブルガーに目いっぱい文字が敷き詰められた紙束を託す。


 「すまぬがもう一仕事頼みたい。何せ未だ騒動は終わっておらぬ。同胞達は今なおスライムと向き合っているのじゃから」


 これでひと段落…とは行かない。 

 魔人の脅威は落ち着きはしたが、まだ例のスライムが残っている。

 順当に行けば全滅させていてもおかしくない頃合いの龍連合。

 しかしこの龍界に広がるピリピリとした空気が、結界の正常化によってよりハッキリと判別できるようになった緊張感が未だに拭えていない状況ならば、恐らく終結には至っていないのだろう。

 ゆえにヤマトもブルガーもブルムンドラも、まだ休むべき時ではない。


 「行くのじゃ。同胞達を頼むのう」

 「はい!!」「グルゥ!!」


 そして龍主の言葉を合図に動き出す。

 ブルガーとヤマトはブルムンドラの背に飛び乗り、すぐさま龍は飛翔する。

 龍主ミラジェドラとの最後の時。

 その余力はもはや存在せず、まもなく幻影も消え去るだろう。

 だがその見送りも許されず、やるべきことをやれと告げられた一同はそのまま想いを交わすことなく分かれて行った。

 いや、この行動こそが想いの体現なのだろう。


 「…ふむ、これならブルムンドラも大丈夫そうじゃな。これで――」


 そんな三者を見送った幻影は、誰にも見られることなく霧散する。

 そしてその場には息絶えた龍の亡骸が寂しく残されたのだった。


  

 

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