262 霊廟の扉
「――流石ブルムンドラ。ブルガーの事になると気合が違う。あのやる気なら任せて大丈夫だろうさ」
その龍体を見送る面々。
同じ龍主候補として縁も深いシュルトリアの人間体は、全力で飛び立ったブルムンドラを見送った。
「さて、じゃあ代わりの番人よろしく!」
「勿論構わないんですけど…むしろ良いんですか?これは龍のお役目、龍人にも任せてない事なのに」
「まぁ微妙。でも君ら女神様関係だし…緊急時だしなんとかなるさ!」
元々ブルムンドラはシュルトリアと共に大事なお役目の最中だった。
龍主に引き継ぎに伴う守り役であり見届け役。
親しき龍人にも任せぬその役目。
だがブルガーの危機に対し、ブルムンドラはその席を離れて飛び立った。
そして代わりにその穴を、ある程度回復したヤマトが担うことになった。
なったのだが…勿論龍主の了承なしの勝手な行動。
当然ヤマトは引き受けるが、それが後でどう判断されるかは別のお話だった。
「ちなみに…これって扉なんですか?」
そんなヤマトは目の前の、大きな壁面を見上げる。
何やら壁画のような文様が刻まれた岩壁。
これを扉と表現すべきか、ただの壁と表現すべきか迷うところ。
少なくとも普通の扉のように取っ手があって物理的に開くような感じではない。
「どうなんだろうね。開いた事もないし、入ったこともないし、ここって結局は龍主とその内定者だけが使える転移装置のようなものだからなぁ」
「聖域と似たようなものか」
肝心の龍サイドも疑問を持つその扉。
とはいえここが龍にとって大事な場所である事実には変わりない。
「ベルゼルオウがここから出てきた時、彼はもう龍主の後継ではなく正真正銘の龍主様だ。この龍界の、世界の龍の頂点に立つ者。ここで起きている何かしらの出来事は最終選定だ」
ここが最後の選定場。
いくつかの行程を経て最後に辿り着く、龍主決定の場。
ここから出てくるベルゼルオウは、後継ではなく龍主そのもの。
ここに踏み込んだ時点で"ただの龍"のベルゼルオウは二度と戻ってこない。
「ま…出てこれればだけど」
「え、それは?」
「稀に認められず、二度と戻ってこなかった後継の記録があるからね。辿り着けば必ず龍主になれる訳じゃない。この先で起きてる何かしらに合格しないとなれないんだ。そして…不合格なら二度と戻ってこれない」
だがその最後の選定は最後の関門でもある。
今何が起きているかは当人にしか分からない。
だがその何かを乗り越えなければ龍主としては認められず、そして不合格になれば二度と戻ってこれない。
龍主としても、普通の龍としても、ダメならそこで終わりの生か死か。
「まぁでも龍主自らが正しく選んだ龍なら何の問題もないと思うけどね。過去にダメだったのはコネとかズルとかで押し通した"正当でない者"ばかりだったみたいだし」
「コネ…って龍にもあるんですか?」
「正確には身内の情かな。龍主と言えども時に情に流されることもある。可愛い孫に請われて渋々…とかやって、結果その孫が帰って来なくなったんだからまぁアホな話だと思うけど。まぁあの爺さん、現龍主ミラジェドラが選んだベルゼルオウなら心配してないけど」
とはいえダメな例はまともな指名を行わなかった場合の様子。
龍主ミラジェドラが大真面目に選んだ後継であればその心配もないだろうと語る。
「まぁこの辺の仕組みや事情は、その子の方が圧倒的に詳しいと思うけどね」
「私自身はそうでもないですよ?勿論必要に応じて取り寄せることは出来ますけど」
勿論この手の話は女神様、その端末の小人ティアの方が詳しい。
いや正確には詳しくなれる。
普段必要でないデータは持ちえないが、必要に応じてインストールすることもできる。
「おっと、向こうはずいぶんと派手に暴れてるみたいだ」
するとその会話の最中に揺れる大地。
震源は遠く、恐らくは外。
ブルムンドラ達の戦いの余波が響く。
「にしても…やっぱりアレだな。ブルムンドラは一人でもこの力を発揮できたなら、ベルゼルオウとの戦い…最初の成龍の儀にも勝てただろうに」
「え、ブルムンドラが、ですか?」
「結果はああだけど、始祖の資質を持つなら秘めた力は世代最強なはずだからね。勿論引き出せない力に意味は無いけど、あの場合…やっぱり鍵はブルガーかな。相棒と一緒の時だけ真の力を発揮できるとか…結局龍主の器ではなかったんだろうな。資質はともかく」
ブルムンドラの持つ真の力。
性格には秘めて隠れた資質の発現。
彼の場合はそれを自由に引き出すことは出来ず、完全にメンタル任せ。
そして彼の心はブルガーと共にいる時が一番強くなる。
だからこそ今ブルガーと共に戦うブルムンドラは、本当の力を発揮できる可能性のある状況。
しかしこれは龍主に求められるものとは別物。
資質はどうあれブルムンドラが龍主候補として龍主に最適だったか…という話題にはノーが下される。
「――ほっほ、結局は適材適所というやつじゃな」
「え…あれ!?龍主様!?」
「ただいまじゃ」
するとその会話を何処から聞いていたのか、いつの間に戻って来ていた龍主ミラジェドラが姿を現した。
目の前の扉とされる壁は何の変化も変調も見せずに、ヤマト達ですら気付かぬ間に帰っていた。
「あ…すいません!お邪魔してます!」
「状況は把握しておる。使い魔殿ならば仕方あるまい。むしろ世話を掛けてしまったな」
「いえ、こちらこそお世話になって…」
「龍主様。儀は終わったのですか?ベルゼルオウは」
「まだ途中じゃ。ワシの役目が終わったから出てきただけでの、本命はまだ継続中、あとは本人次第じゃ」
あくまでも前龍主の役目が終わっただけで、次代の龍主はまだ向こう側。
「さて、ちょうど良い。一緒についてきてはくれぬか?ヤマト殿」
「かまいませんけど、えっと、どちらへ?」
「外じゃ。彼らを見届けにの」
そして龍主はヤマトに同行を求める。
向かう先は外で戦うブルガー達のもと。
「ここは良いのですか?」
「シュルトリアがおる。任せて良いな?」
「もちろん」
めんどくさがりのシュルトリアも、流石に龍主の名にはキッチリと応える。
「では行こう。二人の戦いを見届けさせて貰おう」




