261 足掻きと相棒
――ブルガーは龍人としては落ちこぼれ。
流石に子供に負けることはないが、同世代相手ならば誰にも力で勝つ事は出来ない、龍人の中でも非力な人物。
だがそれはあくまでも同族である龍人と比較すればの話。
鍛え方で幾らでも覆せる話ではあるが、基礎的な肉体強度は人族や、まして非力とも言われるエルフに比べてブルガーの方が上になるのは自然の流れではあった。
「なんだが…人辞めてぶっ壊れたヤツには通用しない理屈だな。ぐぁ…」
そんなブルガーは追いつめられる。
身に付けた特技である《召喚魔法》を実質的に封じられ、肉弾勝負を挑まざる得ない状況に陥った彼は、元エルフの魔人シラハに力で追いつめられていた。
「感情任せのバーサーカー。そんなにナイトメアの見せた夢が気に入らなかったか?でもそのままじゃ俺に勝ってもボロボロになるぞ?」
ナイトメアによる精神攻撃を受けて暴れまくるシラハ。
戦況は相手の一方的優勢にも関わらず、彼の体にはダメージが積み重なる。
おそらく制限を無視した連続的な魔法破壊的デバフの乱用。
更には力任せの闇雲な攻撃。
ついた傷の殆どは自傷自滅のダメージ。
ブルガーを追い詰めた反面で、自身も苦しめる無茶な戦い方。
ナイトメアは確かにその目論見を達して、相手から完全に冷静さを失わせてバーサーカーに貶めていた。
「それで龍の逆鱗に触れたら意味ないんだけどな。結局このまま俺は負けて死ぬ…で納得できるようなら、とっくの昔にもっと大事なものを諦めてるんだけどな!!!」
このまま行けば負けは確定。
そして戦場での負けは死と直結する。
こと死に対して足掻き続けた実績のあるブルガーは自身の死も早々受け入れる訳には行かなかった。
「すぅ…はぁあ!!」
「ぐうううう!?」
獣のような唸りを上げるシラハに対して仕掛けるのは近接格闘。
ただしそれは攻めよりも守り重視。
相手の馬鹿力に正面から向き合うことをせず、受け流しやカウンターに徹する技。
怒る相手に冷静に、静かに最小の力で大を成す。
「王子直伝の格闘術だ。本職には天地の落差だが、バーサーカーには中々面倒だろ!」
繰り出すこぶしは仲間の王子直伝。
拳馬鹿とも呼ばれる彼はパーティーメンバー全員にこっそり拳の基礎を仕込んでいた。
中でも『龍人相手は教え甲斐がある!』と更に一歩踏み込んで押し受け、いや指導された技や立ち回りの思考。
人よりも力が上の龍人に、あえて非力で立ち向かう者たちの技を仕込んでいた。
それらの技は勿論本職には劣るが、今の冷静さを欠くシラハには存分に効果的だった。
「けど決定打には程遠いと。生身なのに騎士以上の硬さとかアホだろ!でも…!」
「ぐぁ!?」
だがその返しの拳も、異常に頑丈な体には微々たるダメージしか与えられない。
ゆえに狙いを澄ませる。
頑丈な鎧を纏った騎士、特に聖騎士レインハルトと、拳馬鹿のラウルの模擬戦を思い出す。
硬い防御力を持つ相手にはそれ以上の力で叩くか、わずかな弱い部分を見定め狙い穿つ。
目や鼻や口、各関節部に男性なら股間も構造上防御力は低いはず。
「鎧と違ってどれも分かりやすく露出してるからな。ちゃんと守らないと嫌がらせされまくるぞ?」
冷静さを欠いて単調なシラハの動きは、本来なら圧倒的に相手が有利な今の状況でもブルガーの小手先で振り回し揺さぶれる。
(効果微小でも重ね続けろ!根競べで負けるつもりはない。重ねて重ねて、絶対に諦めるか!!)
その拳は大したダメージにはならないが、決してゼロではない。
諦め、止まれば確実に負け、そして死ぬ、だから動く。
とにかくやれることを繰り返し、劣勢の中で決定的な終わりを先延ばしにし続ける。
「しま…それはやば!?ぐぁ!!?」
だがしばらくして事は悪い方に転がる。
粘り続けたブルガーが捌き損ねた敵の一撃を受けてしまった。
元より綱渡りのような状況、にわか仕込みの振る舞いも終わりの時が来てしまう。
「がは…くそ、今ので体が…」
相手は冷静を欠いたとは言えバーサーカーの名にふさわしい馬鹿力を発揮している。
ゆえにこそ相手からの決定的なその一撃で、一瞬で守りも攻めも同時に失って膝をつく。
「くそ…だけど、まぁいい。どうやら間に合ったみたいだからな」
「――グォオオオオオオ!!!」
もはやトドメを待つだけの、負けるだけの状況に陥ったブルガー。
元より特技を封じられた時点で分の悪い勝負。
実質的な延命遅延の時間は終わりを迎えてしまった。
だがそれらは決して無駄ではなく、待ち望んだ転機が訪れる。
「突っ込めブルムンドラ!!!」
「グォオオオオ!!!」
姿を現したのは一頭の龍。
ブルガーにとって最も馴染みある、相棒とも言えるブルムンドラ。
来るという保証は何もなかったが、来るだろうと信じて待ち望んだその時。
龍主の守りに着いていた彼が狭き道を全力で飛び、敵目掛けて突撃してきた。
「があ――!?」
何とか防ごうとするシラハだったが、その巨体の加速から生まれる衝撃全てを抑えることは出来ずに、激突の勢いでそのまま外にまで弾き飛ばされて行ったのだった。
「グルァ!!」
「良く間に合った…助かった。でもまだ終わってない。アイツを追うぞ!」
「ガグゥッ!!!」
一時的に敵を撃退した。
だが倒した訳ではない。
ブルムンドラの合流で天秤をまた揺らしたこの戦況。
相手が冷静さを欠いている今、ブルムンドラが有効な今、仕切り直しではなく戦闘の継続を選んだブルガーはその痛む体を無理矢理押して、ブルムンドラの背に乗った。
「行くぞ!!ブルムンドラ!!」
「グラァアア!!!」
そして龍騎となり二人は外へと飛び出す。
戦いの第二ラウンド。
頼れる相棒との共闘の時間が始まる。




