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258 炎虎雷虎




 「――悪いがこの先は関係者以外立ち入り禁止だ。そこで止まって引き返せ」


 進み来る不審者に一応のお決まり文句を告げるブルガー。

 だが相手は当然のように、こちらの言葉に従う事は無し。


 「…これが噂のデバフか」


 そしてブルガーに掛かる例のデバフ。

 体の力が弱体化する感覚を全身で感じ取る。


 「まさか故郷で魔人と対峙することになるとは思わなかったよ。しかも相手は恩人の弟…やりづらいが、手加減は出来ない。行け!!」


 対峙するのは魔王勢力の魔人。

 それも厄介な能力を持ち、同時に同じパーティーの恩人の身内という立場。

 色々複雑な心情ではあるが、だからと言って手を抜く理由はない。

 ブルガーは二頭のウルフの()をけしかける。


 「すぅ…はぁあ!!」

 「グワァンッ!?」


 だがその二頭は大剣(・・)によって一撃で両断される。

 斬られて絶命したウルフたちは、そのまま塵になって消える。


 「これは…影の召喚か」


 そんな不自然な消え方をした獣の正体を見抜く魔人シラハ。

 《召喚》の魔法にはいくつか種類が存在し、この二頭は一種の《影召喚》によるもの。

 実体ではなく影を召喚する、分身分体の召喚使役。

 当然本体の劣化版ではあるが、倒されても術者と召喚対象の魔力が多少消費される程度で本体にダメージは及ばない安全な魔法。

 主に雑魚狩りや斥候役、連絡係として使われる事の多い簡易召喚。

 劣化版である以上は、強敵相手の戦闘力はあまり大したものにはならないが使い勝手は良い方式。


 「…なるほど。影にはデバフは効かないみたいだな」

 

 そしてその初撃で明かされたデバフの仕様の一つ。

 それは影にはデバフが適用されないという事。

 生身であるブルガーには勿論デバフによるマイナスは反映される。

 しかし彼が影として召喚した者たちは本体でないゆえかデバフの影響もなく本来の力を発揮した。

 そもそもがあくまでも影としての劣化版の力であり元々強敵相手には及ばないが、それでもデバフを受けないというのは朗報。

 更に影は維持コストの面でも優秀。

 数多く長時間の召喚にはうってつけ。

 ただしその影召喚は通常の召喚よりも技術を必要とする為、完全に上級者向けの応用法。

 各方面の一流揃いの勇者パーティーに属するブルガーは何も龍人だからという理由で採用されているわけではない。


 「それなら数で押してみる」

 「コイツら、いつのまに…!?」


 すると大量の、様々な容姿を持つ数十の獣がシラハ目掛けて駆けて行く。

 それは全てブルガーが召喚した影の召喚獣。

 劣化版とはいえデバフを受ける本体よりは力を発揮できると判断し、影主体の戦闘を選択する。

 そして召喚・指示役のブルガーはせっせと下がってゆく。


 「…この辺りが境界線(・・・)か」

 

 後退してデバフの圏外(・・)に辿り着く。

 この場所は見通しの良い一本道。

 距離をとっても相手を見失う事無く、戦いを継続できる場所。

 ならば無理に距離を近づける必要もない。

 そもそも"召喚士"の役割は『軍団を統率する指揮官』のようなものであり、立ち位置は後衛なのだからこれが本来の距離感とも言える。


 「あの大剣、やっぱり叔父さんの…」


 そして気付くのは敵が振るう大剣の正体。

 それはブルガーの叔父であるバリトーの愛剣。

 普段は使わない、大事の時にだけ手にする本気の剣。

 

 「それを持ちだした上で奪われたのか…」


 それを知るからこそ最悪の事態も過るブルガー。

 だがそこで動揺を表に出したり、私怨に力を籠めることはない。


 「そもそも…アイツに大剣は合ってないな。心得はありそうだけど、本命はもっと別の武器っぽいからところどころ振り回されてる。それでも素の力差で攻めきれないが」


 そんな他人の大剣を武器として振るうシラハだが、その扱いは使えているだけ。

 そのズレに付け入る隙はありそうだが、如何せん根本的な差がぬぐい切れない。


 「なら影以外も…炎虎!雷虎!」


 ブルガーはその差を埋める為に、影ではない実体の召喚を行使する。

 デバフの影響を受ける事にはなるが、それを押しても強力な魔獣。

 龍界を出て、賢者たちと出会ってから縁を結んだ契約獣。

 炎を纏いし虎【炎虎】。

 雷を纏いし虎【雷虎】。

 この二体を主力とし、影と組み合わせ戦う。


 「うぉッ!?珍しいものを呼びやがって!?」

 

 その存在はエルフ視点でも珍しいモノのようで、増援の追加よりも真っ先に珍しさに驚かれる。

 エルフは勿論龍人にも、いや世界を見ても珍しい存在。

 希少ながら知名度は高いグリフォンとは違い、希少でマイナーな生物。

 しかし勿論珍しさ重視の選抜という訳ではない。

 準聖獣格となる二頭は、パワーだけならグリフォンにも勝るとも劣らない。


 「ぐ…あっつ!?いった!?」


 その上で纏うのは炎と雷。

 相手の武器は大剣、近接武器。

 虎たちに近づこうとするば纏うそれぞれの属性に触れる事となり、それだけでジワジワと嫌がらせになる。


 「グォオオオオオ!!」

 「ガォオオオオオ!!」

 「くおぉ!?」


 勿論それらは纏うだけにあらず。

 自由に炎を、雷を操る虎たちは攻撃にも応用する。

 デバフで劣化しているとはいえ元の威力は凄まじいモノゆえ、咆哮と共に放たれる炎と雷も相応の威力を保っていた。


 「…大きすぎるが、頑丈で良い剣だな」


 だがそれらは全て頑丈な大剣に阻まれる。

 本来の武器ではない、扱い難い他者の剣。

 しかし使い手が変わってもその頑丈さは変わらない。

 

 「めんどうなモノを持たれたな…」


 本来の使い手にとっては攻防優れた大剣。

 その防御の面がこちらの決定打を阻む。


 「なら…叔父さん!悪い!!」


 ブルガーは炎虎雷虎に魔力を注ぐ。

 召喚者と召喚獣には視えない繋がりが存在する。

 精霊と精霊術師のように、デバフにも影響を受けない内なる経路。

 それを通して召喚獣に魔力を分けることで、一時的な《強化》を行う事が出来る。


 「その剣、壊せ(・・)!!」

 「「グガォオオオオ!!!」」


 盾のように扱われる頑丈な大剣。

 身内の大事な相棒。

 だが今は敵に利するそれを、ブルガーは躊躇なく砕く判断をしたのであった。 

  

 

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