252 倒し方と捜索隊
「――ちゃんと減ってるわね、スライム」
洞窟の港を再び出たヤマト達。
そこは龍人達が引き継いだスライムの檻の中。
今も龍人とスライムが戦うその景色。
だが、先ほどまでと異なり、スライムの個体数は確実に少なくなっている。
「御二方!中はどうでした?」
「例のエルフは居ませんでした。それと保護した船乗りたちは…」
するとその姿を見つけて駆け寄って来た龍人部隊の代表者。
彼に中の様子を報告する。
「…そうですか。警戒をより強めなければならないですね」
「それで、そっちは順調みたいね?」
「順調…まぁ進展はしていますね。しかし順調とは言い難いかと」
そして今度は龍人側のお話。
スライムとの戦いで得た情報。
有効打を模索して、たどり着いたスライムの倒し方。
「あのスライムに対しては斬撃が一定の効果を発揮しています。弱点と言えるものではありませんが、明確に通じる現状唯一の攻撃方法ですね」
魔法に対する耐性が高すぎるスライム。
その上で打撃、刺突など純粋物理攻撃にもほとんど良い反応を得られなかったそれらだが、シンプルに斬撃は有効と判断された。
正確には魔法魔力を一切纏わぬ純粋物理の斬撃。
ゆえに剣や龍の爪をもつ龍人達を中心にスライム退治に効率化された再編成が行われた。
「斬撃でも一撃で仕留められた個体はありませんが、平均十度斬れば倒せる相手でしたね」
「十度?そんなに斬らないとダメ?」
「平均十度ですね。個人の剣の腕前次第ではもっと掛かる場合もありました」
あのスライムには斬撃が有効。
だがそれは効くというだけのお話。
剣や龍の爪による斬撃も斬れはするが、一刀両断できるほどヤワな相手ではない。
その上に斬った端から再生してくっつく。
「斬撃でも一撃では倒せない。そして一撃で倒せなければ直ぐに再生される。本当に厄介な相手です…」
斬って、再生され、斬って、再生され、斬って、再生される。
その繰り返しを平均十度。
そこでようやくスライム側の再生が止まって力尽きる。
一撃で倒せずに再生もされるが、その再生には明確な限度がある。
だからこそ斬撃ならば繰り返す事で、いずれスライムは倒せる。
スッキリせずうんざりする倒し方。
「ですが…我々の方の弱体化が想定よりも重い状況ですね」
数さえ重ねればスライムは倒せた。
しかし問題となるのは龍人側の体力。
平常時なら問題無くとも、今はデバフを受けた状態。
膨大な体力は見る影もなく長引く戦いの中で消耗し疲れ切った者も現れだした。
「ゆえに今は斬る者、防ぐ者、休む者で役割分担して回しています」
最初こそ全員参加の乱戦状態だったが、今は体力とのバランスも加味してローテーションを組んでいる。
その為、スライムの減少だけでなく戦う龍人の数も減っているように見えるが、倒されたのではなく自主的な退避と休息。
最短殲滅を諦めて、体力効率を重視した戦い方に移行していた。
「時間は掛かるけど被害は最小限。スライムは着実に減っている。なら私たちが加勢する必要はないわね?」
「はい、このままお任せを。代わりに、報告をお願いできませんか?」
「報告?」
スライムたちは時間は掛かるが龍人が何とか出来る状況。
魔法主体で相性の悪いヤマト達がわざわざ加勢する必要のない現状。
ならばヤマト達がすべきは別の事。
「弱体化の影響でワイバーン達の飛翔能力にも影響が出ています。なのでそちらの方が移動速度は早いかと」
氷の壁の檻の外で待機するワイバーン達。
彼らもデバフの影響を受けており、本来の役目の一つでもある伝令としての飛翔にも少々難が出ている。
飛べないことはないのだが、本来の移動速度は当然発揮できない。
ならデバフの影響は受けておらずに、高速の移動手段を持ち手も空いているヤマト達が代役を務めるのも有効な手。
「どうかこちらの報告書を集落の方へ」
「…わかりました。その上でエルフ捜索についても話をしてきます」
「お願いします」
そうしてヤマト達は現場指揮の報告書類を預かり一度その場を離れることになった。
アリアが離れると氷の張り直しは出来なくなるが、そもそも食われないように龍人達も立ち回っているので問題はないだろう。
「さて…じゃあ出発!」
そして早速ヤマトはいつもの自転車を取り出し、龍界の大地を再び爆走する。
空飛び移動するワイバーンとは、負けずとも劣らぬその速度。
だがワイバーンが弱っている今、最も早い移動手段であるのは確かな事。
馬車を引く必要もない単独走行。
あっという間に龍人達の集落へと帰還した。
「――こっちも騒ぎになってるわね」
「やっぱデバフは全域に…か」
戻って早々に見えるのは、やはり龍人達の騒ぐ声。
結界から発せられる龍へのデバフ。
その影響は非戦闘員が住まう集落にも露になる。
更に言えばここには、元々体が弱っていた病人や老人達も居る。
彼らの中にはデバフの影響により更に体を弱らせ、危険な状況に陥っている者もいるようだ。
「コハク!これを抱えて向こうへ」
「はい!」
「ヒスイさん、この紙に書かれた素材を取りに行ってくれる?」
「分かりました!」
「水汲んで来ました!」
「ありがとうタリサ」
そして駆け回る龍人達の中に、そよ風団の三人も含まれていた。
どうやら龍人のお手伝いの最中。
「すいません!族長さんはどちらに?港の部隊から伝令預かってきました!」
「族長は役場だ!」
「ありがとうございます!…タリサ!」
「あ、ヤマトさん!アリアさん!」
「王女様たちはどこに居る?」
「族長さんのところです!」
「二人とも同じ場所か。別行動の必要はなさそうね」
「あぁ、すぐ行こう」
そんな喧騒を尻目に、ヤマト達は配達を優先する。
アリアには王女様たちの方への報告を任せようと思ったが、両者共に同じ場所に居るのなら都合が良い。
「――御用件を」
「港に向かった龍人達からコレを預かってきました」
「お待ちを――どうぞお入りください」
「失礼します」
そして辿り着いた建物、その中の会議室のような場所の前にやって来た。
しかしそこは門番に守られ閉ざされた扉の先。
門番の龍人に用件を伝え、中からの返事を待ってから部屋に踏み込む。
「――常識外のスライム、行方知れずの特異エルフ。港の様子に元海賊に…結界の異変だけでも大騒ぎなのに…頭は痛いが嘆いている暇はない。港の方にはこの手配を…それとエルフの捜索隊の編成も必要になるか。充分な人数は難しいかもしれぬが…今の状況では時間も掛かる…お二人とも、もし良ければ先行してエルフ捜索に出向いては貰えないか?」
「勿論お受けします」
部屋の中で対面したのは龍人の族長とその側近達、そして王女リトラーシャとその側近達。
この部屋が実質的な対策本部として機能して王女様たちも協力する。
その中にはスライムが港から溢れる前に帰還していたエルマの姿もあった。
そんな対策室の中で族長に、ヤマト達は先んじてのエルフ捜索を請われた。
「お二人には山側のこの辺りを…バリトー!お二人に同行を」
「任された!」
すると地図で指定された捜索区画。
そしてブルガーの叔父であるバリトーの同行も指示された。
ヤマト達だけの方が身軽ではあるが龍界の勝手はやはり龍人こそ知るもの。
一人程度なら問題もないので、彼の同行を受け入れる。
そうして…ヤマト、アリア、バリトーの三人による先遣隊は本隊よりも一足先にのエルフ捜索を始めた。
彼らがまず向かうのは山側、例の龍の墓場のある方角。
「――よっと、ここが龍の墓場か。気持ち悪い空気だな」
そして…そこにこそ姿を現したエルフのシラハ。
彼が目指した場所の一つは、この墓場であった。




