249 船の行き先
「――船長!見えてきました!」
「あれか…本当に最低限度ってところだが、まぁ何とかなるか」
ラッシードラゴン号は海に出た。
遭難船の保護の後に起きた騒動、スライムやらエルフやらの騒ぎからの逃避・安全確保。
そして何より大事な船を守り抜く為に彼らは港を緊急出航し、もしもの時にと用意されている臨時の船着き場へと向かった。
「――固定しました!」
「よし、すぐに船の総点検だ」
そして辿り着いて早々、休憩もなくすぐに船の状態を確かめる。
これが平時であれば一休みが先だろう。
しかし今は騒動の最中。
彼らの仕事道具である船を、常に万全の状態に保っていつどんな役割が割り振られても対応できるように構えておくのは当然。
「船乗りたちよ!みな無事か!」
するとそんな彼らの下に、一人の龍人が舞い降りる。
船を出してこちらに向かったという報告を聞いてここへやって来るように命じられた連絡役。
「船長のドレイクだ。怪我人は居るが全員無事だ」
「怪我人?無事に海に逃れたと聞いていたが、大丈夫なのか?」
「慌ててドジっただけのアホだ。大した怪我でもないから気にしないでくれ。こっちでやるべきことはやった」
「そうか。なら良いが」
ちょっとしたドジは居たものの、船乗りたちは特に何事もなく避難先にたどり着いた。
「それで、あっちはどうなってる?船を出してからの情報が何もないんでね」
「あぁそうか、港は精霊の力で氷漬け。今は我ら龍人がその港を包囲している」
「スライムに、あのエルフの男はまだ港の中なのか?」
「そのようだ。生命の気配も確かに港の中に存在する」
「こう、素人考えなんだが、港ごとドカンと殲滅は出来ないのか?」
そんな船旅の最中の情報が欠落している船長は、龍人に状況を尋ねた。
そして同時に、一番簡単な解決法を口にする。
「出来なくはないが、あの港はダメになるな」
「船乗りがこういうのもどうかと思うが、誰も居ない港一つで事が収まるなら安いとは思うがな。アレに対しては」
港ごと中の敵を殲滅。
龍や龍人ならば案外簡単に行える火力任せの殲滅。
船乗りにとって大事な港を台無しにする手ではあるが、それを踏まえての船長の言葉。
「…船乗りというのは港を神聖視しているものだと思ったが」
「してるさ。我らが帰る場所だ。俺らの中に港をないがしろにするやつは誰も居ない。だが…それを踏まえても、人死にの犠牲が出ないのであれば…と考えるぐらいには、アレはヤバイやつだと…俺の船乗りとしての直感が知らせてるんだ」
故郷の港だろうと、人様の港だろうと、船乗りにとっては大事な場所なのに変わりはない。
だがそれを犠牲にしてでも、あのスライムは早めに片付けたほうがいい。
僅かな間の出来事だったが、そういう直感を船長は感じている。
「…直接それを見た人間の言葉だ。報告ついでに伝えはするが…港は我々にとっても唯一、外に向けて開いた外交窓だ。おいそれとは捨てられないだろうな。そう思わないヤツも居るだろうが」
どこか複雑そうな表情を見せる龍人。
龍人の間でも港に対する認識は少し複雑なようだ。
「船長!これを…」
「これは…剣か?」
するとそんな二人の下に、船員が鞘に納められた剣を持ってきた。
「誰の剣だ?荷物の降ろし忘れでもあったのか?」
「それが…あのボロ船に積んであったやつみたいです」
その剣は例の遭難船の積み荷の一つらしい。
スライム関連のゴタゴタの際に船員の一人が見つけたもので、そのまま避難の際に持ち出してしまったらしい。
「見せてくれ…これは、銘入り…エルフの文字か。私では読み切れないが…」
それなりの業物に見えるその剣、エルフの文字で刻まれた銘。
これがあの船から出てきたのなら、持ち主の想像は難しくない。
「これは、そちらで預かってもらったほうがよさそうだな」
「あぁ、預かろう」
そして剣は龍人に預けられる。
念のため、他にも何か情報を持っていないかと船員達にも確認したが、他に有力な情報はなし。
「では、私は報告に戻る。ここにあるモノは自由に使って貰って構わない。多くはないが向こうには非常食も置いてある。そのうち駐在役も来るだろうから後のことはそっちと話してくれ」
「ありがとう、助かります」
やって来た龍人の役目は安否確認。
この場で彼らの面倒を見る役目は、また後にやって来る者たちのもの。
予期せぬ出物も預かった龍人は、一度仲間のもとへと帰らねばならない。
「――今日は空気が重いな」
そうして空を飛んで移動する龍人。
龍の力を身に宿す彼らだが、その発現の仕方は様々。
その中で特に龍の翼に、強く発現した者たちは自力で空を飛ぶことも出来る。
空飛ぶ龍人たちはその利便性から、連絡役や移動を多くする役割を与えることも多い。
そして…臨時の港から剣を持って空飛ぶ彼もそんな役割を持ち、この有事にもあっちへこっちへと飛び回っている。
しかしその空飛ぶ翼が、その身で感じる空の空気が、時間が経つ毎に重く感じるようになる。
「こういう時は大抵面倒な…いや、余計なことを考えずに、俺は仕事に…ん?」
だがその嫌な予感はすぐさま明確な形で現れることになる。
肌で感じるあからさまな異変。
生まれてからずっと自分たちを包んでくれていた〔優しい何か〕が途絶えた。
「まさか…龍主様の結界に何かが…ぐッ?!体が…うぉおおおお!!?」
更にその直後、慣れ親しんだ空が変質する。
龍譲りの強靭な翼は途端に重くなる。
同時に空飛ぶ力も急激に衰えてゆき、そのまま落ちていく自らの体。
「この!…く…んぁああ!?」
空からの落下、何とか鈍い翼を動かし、その速度を無理やりに緩める。
おかげで何とか惨事は免れたが、落下による地面との激突そのものは避けられなかった。
「くはぁ…何が…体が重く…くッ」
決して少なくないダメージ。
落下高度の割に減速に成功したおかげで軽くはなっている。
だが…頑丈な龍人の体にしては予想よりも痛みが強い。
「これは…まさか!?」
事前情報があるゆえにすぐさま思いつく可能性。
だが今いるこの場所は予想圏外。
「すぐに皆の下へ…!」
予想外の出来事だが、今はとにかく仲間との合流が先決。
ここで無様に転がっては居られない。
痛む体を起こして、預かった剣も抱えたままここからは徒歩で目的地に向かう。
「――なんだ、これは…」
しかしそこで彼が目にしたのは、同胞たちのあり得ない姿。
敗北し、蹂躙される龍人たちの姿がそこにあった。




