246 メルトの苦闘
(――デバフ、弱体化。ダンジョンで受けたことはありますが、あれは絶対にこれほどには…まさかデバフ一つでここまで弱くされるなんて…くッ)
たったこの程度のダメージで悲鳴を上げる【メルト】の体。
不審者の尋問の指揮を取っていた彼女は正にその不審者、エルフ族のシラハと対峙していた。
(重い、遅い、弱い…体が思い通りに動いてくれない)
シラハの放つ謎の力。
それが対峙する者を弱くする《デバフ》によるものだとは既に判明している。
しかしそれが分かったところで、普段の自分の感覚とのズレによる圧倒的な違和感は早々には拭いきれない。
「が…く――」
「ヤマトさん!?」
そして苦しみながらも動くメルトだが、彼女の前に映るのは一つの敗北。
自らが奪われた短刀で、味方であるヤマトが刺され倒れる。
(起きない…やっぱりデバフのせいで)
彼の、ヤマトの体の本来の頑丈さからすればその光景はあり得ない。
人並み以上に頑丈で普通ならば致命傷でも耐える頑丈な体を持つはず人物。
役割の特別さゆえの特別に丈夫な体。
本当ならば胸を短刀で刺された程度では重傷だとしても気まで失うはずはない。
そう思いつつも、しかし実際に目の前でヤマトは倒れた。
デバフで弱くなった体が受けた傷、ならばあれは常識通りに致命になりかねない傷のはず。
「くぅ――はぁあ!!」
「おっと。ち、また得物を無くしたな、面倒な」
メルト自身も普段よりも痛みの強い体を強引に動かしシラハに飛び掛かる。
握っていた短刀をヤマトの体に刺したまま、引き抜く余裕なく柄から手を放し離れたシラハは、愚痴を口にしながら再び徒手空拳でメルトの攻撃を捌いていく。
「それッ!」
「ぐふぉ!?」
だが競り合いも長くはもたない。
〔弱くなってる前提〕で動きを組み立てても直ぐに歪みは生まれる。
敵はその隙を見逃してくれるような相手ではなく、しっかりと一撃一撃叩き込まれていく。
(痛い…この程度で揺らぐなんて…)
普段ならば喰らっても当たり障りのない一撃。
それすらも動きを鈍らせどんどん追い詰められて、再び壁に叩きつけられ座り込む。
「はぁぁぁあああ!!!」
「煩い龍モドキ!!」
「ぐ…ガハ――」
そして劣勢のメルトを庇う為に立ち上がった龍人も倒され気を失う。
今この場で意識を保つのは、メルトとシラハだけになる。
本来この場に同席していた船長は騒ぎが始まった瞬間に三人が庇った事で、あらかじめの指示通りに上手く逃げてくれた。
非戦闘員を巻き込まずに済む。
それだけが現状の苦闘の中で成すことが出来た救いである。
(船長から外に情報は伝わるはず。でも…そこにデバフの情報は持ってない)
逃げた船長が異変を外に伝えてくれる。
いずれ援軍がやってくる。
だがそこにはデバフ情報は含まれず。
(それはまずい…不用意に彼に対峙しても勝ち目はない)
もし援軍なり救助がここに来ても、不意打ちのデバフの餌食となれば被害者が増えるのみ。
何をするにしてもまずはその情報を、何とかして外に伝えておかなければならない。
「…チ、流石に尋問する部屋に武器なんてしまってないか」
倒れた三人を尻目にシラハは、自身の武器となるモノを探して部屋を物色する。
今が隙だが、メルトには外への連絡手段がなく行動を起こせない。
(ん…これは、木の板?)
するとそんな彼女の手元に、一枚の木板が触れる。
何処からともなく滑ってきたその板には、赤い文字で〔つたえた〕と記される。
(赤…血?もしかしてヤマトさんが?)
これはヤマトからのメッセージ。
重傷ゆえに立ち上がれずとも意識は取り戻した彼はメルトの意図を読み言葉を血文字で伝える。
(つたえた…もしかして、既に外に情報を?)
視線をヤマトに向けると、小さくうなずくような素振りを見せた。
(そうか、彼の精霊との繋がりがあればそういう事も…)
精霊との繋がりがあるゆえの意思伝達。
外にいる精霊アリアへデバフ情報を伝える手段。
(それなら…私はこの場の最悪を回避するために動く!)
そうして外への情報伝達の必要が無くなったメルトの思考はシンプルに。
外の事は周りに任せ、彼女はただこの場の生存を、ヤマトも龍人も死なせない為に思考を巡らせる事にする。
「…結局あのナマクラを使うしかな――」
「――はぁ!!」
「ちッ!こいつ、起きて…しぶとすぎるだろ!!」
無理やりに体を動かして強引に隙を突いたメルト。
忌々しそうに言葉を吐くシラハは、再び徒手空拳で迎えうつ。
「お前弓兵だろ!?なんで殴り合いの技なんて持ってんだよ!!」
対するメルトも徒手空拳。
拳同士のぶつけ合い。
ただし戦況は一方的で一撃も入れられないメルト。
しかし本職が弓使いでありながら、短刀術に格闘術と近接の基礎が出来ているメルトに苛立ち文句を言うシラハ。
一種の器用貧乏の性質、それと仲間の格闘馬鹿…もといとある王子の趣味による指南。
弓以外にも人並みに扱えるメルトの拳は一流には程遠いが、シラハ自身も本来は剣士であり拳は二の次ゆえに技術的には競り合える。
やはり大きな差はデバフの差。
「ちっ…!」
「当たった!」
そしてようやく一撃のヒット。
軽い拳で、それまでに何発も受け続けたメルトとはダメージ量は雲泥の差。
だがようやく一度だけでも、綺麗にメルトの拳はシラハの体を捉えた。
(あれ…体が軽く…いやまた重さが)
するとその直後、一瞬だけ体が軽くなった気がしたメルト。
だがそれも本当に一瞬で、また重く気怠い感覚に戻る。
「調子に乗るな…はぁあ!!」
「え…ぐは!?」
だがその直後、今までにないほどの重さを感じる。
より強力なデバフのような感覚に、敵の前で身動きが取れなくなり…無防備な状態でこれまでで一番の威力の一撃を受けてしまった。
「はぁ、はぁ、しぶとすぎなんだよ」
今度こそ動けなくなる一撃を受け、床に転がるメルト。
これでこの場の三人ともに戦闘不能に陥る。
「本当に…自分の弱さが嫌になる。剣がないだけでこの有様…ふん!」
「あがッ!?」
そんなシラハは再びヤマトに刺さる短刀を掴んでそのまま引き抜いた。
蓋が外れ出血量が増えるヤマト。
そんな事も気にする素振りなく、手にした短刀を軽く振るシラハ。
三人とも全滅した危機的状況。
だがメルトが時間を稼いだおかげで、その助けは間に合った。
「ナマクラでも刃物ならないよりマシか。そして…まずはこいつらにトドメを――」
「――《獄氷弾》」
「これは精霊の…ハァ!!!」
手にした得物の具合を確かめていたシラハを、唐突に襲う魔法の攻撃。
扉越しに放たれたその魔法は、扉を破って部屋の中に飛び込むその攻撃はシラハ目掛けて進むが…血まみれの短刀で切り伏せられ届かない。
「イメージよりも弱い魔法。重い体、これがデバフってやつの影響なのね。なら――」
次いで部屋の中に飛び込んで来るのは無数の氷のつぶて。
その全てがしっかりとシラハを標的に放たれる。
「…《吹雪》」
そのつぶての止まぬ内に飛び込んで来るのは自然の脅威足る吹雪。
視界が白い風に埋め尽くされていく。
「――なるほど、逃げの一手か」
そして吹雪が晴れた時、その部屋にはシラハ以外の誰も居なくなっていたのだった。




