243 謎の船
「――せっかく珍しいものが見れると思ったのに」
「まぁ向こうも大変なんだよ。前例がないことをやるってのは」
「そうだけども」
期待が外れて残念がる精霊アリア。
彼女は例の〔成龍の儀〕の見物を希望していたが、それが断られてしまった。
『すまんな。龍人にとってもタッグ戦、それも龍人混じりでの成龍の儀は初めての事。身内はともかく、念のために客人を招くのは控えたいんだ』
龍人にとっても前例のない事。
龍と龍人のタッグによる成龍の儀。
その前代未聞の事態に、身内以外を巻き込む事のリスクを考え見学は無しとなっていた。
「メルトも、ブルガーの晴れ舞台見たかったわよね?」
「え?私ですか?まぁ…確かに気にはなりますけど。仲間の大事ですし」
「…そうね、仲間だものね」
そんなアリアは同意を求め、同乗しているメルトに問いかける。
勇者パーティーの弓使いにして、今はちょっと色々お悩みの女性。
ヤマトが走らせる自転車が曳く荷車にアリアとメルトが乗っている。
「(あんまりそういう雑な振り方しない方が良いと思うよ?)」
「(別に同意を求めただけよー?でも…仲間かぁ…先は通そうね)」
「(そういう邪推もいいから)」
精霊との契約を通した秘密の会話。
そこでハッキリとブルガーを仲間と言い切るメルトの言葉にブルガーの進展の無さを嘆くアリア。
ブルガーの大事、晴れ舞台をメルトに見せれば好感度が上がるかも?みたいな考えがアリアにはあったのだろう。
「さてと…そろそろ着くよー」
そんな一行、ヤマトにアリアにメルトの三人と、荷物の中でお昼寝中のティアは海沿いへとやって来た。
目的地は例の洞窟港。
「――お?また来たのか」
「今日は人を運んで来ただけです」
「こんにちは、船長さん」
「お、メルトの嬢ちゃんかい」
やって来たのは船の待つ洞窟の中。
早速船長と顔を合わせるメルト。
今回は彼女が担った用事の為に運び役、運転手となってこの場にやって来たヤマト。
本来なら龍人によってワイバーンなどで送り届けられるはずだったのが、彼らは今は前代未聞の出来事の対応に忙しそうだったので暇なヤマトが代役を担った。
「リトラーシャ様に代わり出港予定の確認に参りました」
「あぁ分かってる。早速その話を…と言いたいが、ちょっとその前に報告することがある」
「報告ですか?」
「あぁ、あっちの船を見てくれ」
だが話の前に船長は、もう一隻の船を示す。
ラッシードラゴン号よりも小さな小型船。
あちこちボロボロで難破船のような様相の見覚えのない船が同じ港に泊まっていた。
「あれは…」
「流れ着いて来た船だな。何時間も荒波の沖合を彷徨ってたかと思ったら、そのままこっちに流れて来たんで保護した。勿論龍人の許可は得てる」
そんなボロボロの船のもとへと近づき確認する一行。
元々の年季を感じる古い船。
しっかりした船でも大変な海を、この船で渡って来ると思うと流石に勇気がいる。
「これは…船の名前?す…スラ…」
「スライム号だとさ。ちなみに運んでた積み荷も大半はスライムを詰めた樽だったよ」
「スライム?」
そんな船の名前は〔スライム号〕。
生き物の名前を付けること自体はさほど珍しいものでもない。
ただ何故スライムを…と思いきや、積み荷もスライムだったそうだ。
「スライムの輸送自体は無い事でもないですが、わざわざ船で運ぶは初めて聞きました」
「俺もだ」
この世界におけるスライムは掃除屋。
何でも食べれるその性質で、倒した獲物の死骸の処理など、後片付けに重宝される自然生物。
その性質ゆえに時にはわざわざ遠方へと運んで大規模な大掃除を任せることもある。
何処にでも居る存在だが、流石に数の分布の偏りはある。
更には大規模な居住地域、町などにはあまり近づかない。
ゆえに大量のスライムを捕獲して別の場所に運ぶのは無くはない事。
しかし…わざわざ海を、船を使って運ぶのは初耳らしい。
「船自体は、ボロボロだが今すぐ沈むような状況でもない。二世代も前の機種ではあるがよく手入れされてる。だがこの荒波を超えるには船乗りの腕が足りなかったな。もしかしたら急ごしらえで揃えた即席のチームだったのかもな。なんにせよ無事にここまで流れ着いた奇跡を最後に、こいつはもう引退だろう。ボロボロでも最後まで沈まなかった良い船だが惜しい」
「そういえば、その船員さん達はどちらに?」
「全員衰弱してたんでな。医務室運んで寝かせてある。うちの船医に見せたが、とりあえず命に別状はないそうだ。会ってくか?まだ寝てて話は聞けないが」
「そうですね、起きていないのなら先に中を確かめてから後程に。ちなみにこの事は里の方には?」
「ちょうどアンタらと入れ違いでワイバーンに乗った龍人が報告に行ったよ」
あくまでもこの港の管理責任者は龍人。
好きに使っていい話にはなっているが、別の一団を受け入れるとなれば勿論勝手には行動できない。
監督役として駐在している龍人達の許しを得て行った救助活動であり、報告も既に飛ばしてあるようだ。
「船長!これを――」
「チッ…面倒な…休憩組も起こしてこい!警戒装備だ!預かってる緊急信号も直ぐに上げろ!」
「おう!」
そんなボロボロの船の中を探索して戻って来た船長の部下たち。
その調査結果の報告を耳にした船長は警戒色を露わにする。
「船長」
「こいつは違法船だ。船体番号や登録証明に偽造の痕が見つかった」
保護した船は真っ当な船に見せかけた違法な船。
その証拠を持ち帰った船員の報告で船長の警戒の色が濃くなる。
「船長、医務室はどちらに?」
「あっちだ!面倒見てるやつらも直ぐに引き上げさせねぇと」
そして一同は慌てて医務室に向かう。
ただの漂流者だと思い治療した相手が、違法船の乗組員。
犯罪者の一味と思えばその危険度は跳ね上がり、無警戒で接する船医たちの安否を心配する。
「――おい!」
「あ、船長。一人目を覚ましましたよ」
そのまま一行がやって来た医務室。
すると既に船員の一人が目を覚ましていたようだ。
「下がれ!」
「え?ちょ…」
船医は無理矢理にその場からはがされ後ろへと下げられた。
代わりに武装状態の船員が前に出る。
「んぉ?!寝起きにいきなりなんだ!?」
その声は保護された船員の声。
あの違法船に乗っていた人物。
「ん?お前ら…見覚えがあるな」
「え…あれ?貴方は――」
だがその人物に見覚えのあるヤマト。
目の前の男性は、以前にエルフの里で対面した相手。
今や"同族殺し"の不名誉称号を与えられた裏切りのエルフ。
「シラハ…なんでここに!?」
賢者シフルの実の弟、エルフの剣士シラハとの予期せぬ再会だった。




