239 帰路の予定とブルガーの決断
「――最短なら二日後ですか」
「あぁ。ただまぁ、当然海の機嫌次第だがな」
その日、ヤマトは船長のドレイクと話をしていた。
様子見がてらに差し入れをもって訪れたのは龍界の港代わりの洞窟。
そこでは今日も船乗りたちが、愛船の手入れに勤しんでいた。
「船は上々。だがどうも雲行きが悪い。出港した後の悪天候なら向き合っていくしかないが、流石に荒れてるのがわかっている状態で船を出すことは出来ない」
「まぁ当然ですよね」
「その上でまぁ今は海が悪い。陸地は曇り模様だが、海の方はだいぶ不機嫌だ。しかも経験と勘からして、数日続きそうな駄々っ子ぶりでな。一応二日後には出港できるが…結局天気次第の延期前提で考えてくれと伝えといてくれ」
「はい、わかりました」
ラッシードラゴン号はほぼ万全の状態に仕上がっている。
順当に行けば二日後には船は龍界を出港し、帰りの旅路へ就くことが出来るようになっている。
ただしそれも天気次第。
本日の龍界の天気は曇り模様。
しかし海の、沖合の天気は荒れ模様。
それも船乗りたち曰く数日は不機嫌なまま続くと予想されている。
荒海に飛び込むのはそれだけで多大なリスク。
となれば当日の天気次第で、いくらでも出港延期の判断は下されることになる。
「龍人に提供して貰った資材のおかげで、船はむしろこの上なく上機嫌なんだがな」
「三歳は若返ってるんじゃないですか?」
「おっさん船の三歳なんざ誤差だろうけどな」
賑やかな船員たちにより船の準備は万端。
人々も意気揚々で元気な様子。
これならば天気以外に不安要素はなしと言って良いだろう。
「…なんだそれ?乗り物なのか?ワイバーンに送ってもらわなかったのか」
「私用でしたし、それにこれもしっかりとした乗り物なので。ではまた」
「おぉ、気を付けて戻れよ――はぇえな…」
そして船長に見送られながら、自転車で爆走して去って行くヤマト。
実質一人の移動の時は、ワイバーンの送り迎えなどは断って自転車で移動する。
人目に付くと毎回目立つが、ヤマト一人の移動手段としてはこれが手軽なので龍界でも許可を貰って走らせている。
「――という訳で、船長からの言伝でした」
「二日後ですね。分かりました」
「では失礼します」
「はい、ごくろうさまです。直ぐに調整を、それと族長様に――」
そしてその伝言を王女リトラーシャにしっかりと伝えて、直ぐに部屋を後にするヤマト。
「後はまぁ…王女様たちの決定次第かな」
船の準備万端は二日後。
しかし本当に即座に出港するかはまた別のお話。
王女様一行は龍界に残るとは言え、向こうに送り届ける荷物の都合など、色々と考えなければならない事はある。
それらも含めて正式な出港予定を考えなければならない。
「――という訳で、最短は二日後だな」
「了解です。そっか…二日後か」
「まだおっさん達から一本も取れてないんだけどなぁ」
「それ一月あっても届かないんじゃない?」
そしてその最短二日後の出港の可能性をそよ風団の三人にも伝える。
彼らの護衛の仕事は既に役目を終えており、帰りの船に乗って確実に帰路に就く。
むしろここを逃すと冒険者活動に大打撃を受けることになる。
龍界での生活は龍人や王女たちの庇護下にありお金も掛からないが、仕事があるわけではないので収入はゼロ。
王女護衛クエストの報酬も、王都に帰って完了手続きを済ませないと受け取れない。
龍界に移住するというなら話は別だろうが、あくまでも一時の旅行のようなものなので、いつまでも居座っては居られない。
「ちなみにメルトさんには…」
「あ、私達が伝えます」
「そして強引にでも連れ帰ります!」
現在臨時でそよ風団の一員扱いのメルト。
今ここには居ない彼女には、三人から帰宅の予定を伝える。
そして…何が何でも連れ帰る。
『あ、もしかしたらメルトは龍界に残るとか言い出すかもしれないけど、それアウトだからちゃんと連れて帰ってね?』
出発前にメルト以外に念押しされた賢者シフルの言葉。
傷心のメルトが、もしかしたら国に帰ることを拒み龍界に残ると言い出すかもしれない。
勿論ただの可能性のお話だが、念のために賢者はそれはダメだという認識をメルトの周りにばらまいていた。
「ところで、ヤマトさん達はどうするんですか?」
「あぁ、こっちもその船で帰る予定ではある。やる事は一通り済んでるはずだし」
なおヤマト達女神一行も、その船で帰路に就くことになる。
女神の使い魔としてのお仕事。
元々ヤマトでなく、女神が龍主に用事があってのこの訪問。
それも早々に片付いて、予期せぬダンジョンの卵の件もその場で終わり用事は済んでいる。
「――というわけです」
「…分かった。教えてくれてありがとう」
そして同じ内容をブルガーにも伝える。
やはり以前よりも口数の少ない会話。
帰路の予定を伝えた途端に、より真面目で真剣な表情を深めた。
「――龍界の朝って、なんだかちょいちょい賑やかになるような…」
そんなやり取りのあった翌日、朝の出来事。
またしても賑やかで騒がしい龍界の朝。
「おうヤマトか!おはよう!」
「おはようございます、バリトーさん」
そして出会う龍人バリトー。
挨拶を交わす彼の顔は、なんだか嬉しそうで楽しそうな笑顔だった。
「この騒ぎ、何か良いことでもあったんですか?」
「良いことかどうかは微妙なとこだが、まぁ俺にとっては楽しみなことではあるな」
「一体何があったの?」
「ブルガーが成龍の儀を申し出たんだよ」
「成龍の儀を…ブルガーさんが?」
すると告げられた賑やかの理由は、ブルガーが〔成龍の儀〕を受けるという事。
「あれって、龍のお話なんじゃないの?」
「あぁそうだ。龍人が受けるようなものじゃない。だが…ブルガーはブルムンドラと一緒に受けるって言いだしたんだよ」
「龍人と龍が一緒に?」
本来、成龍の儀は龍に与えられた権利であり、龍人が行うものではない。
だがブルガーはブルムンドラと組むことで成龍の儀への参加を打診した。
「で、お相手は受けたのかしら?」
「龍主様は受け入れた。だから龍人にとって初めての…それもタッグでの成龍の儀だ」
その申し出を龍主も受け、晴れてブルガー&ブルムンドラは成龍の儀に挑むことになった。
恐らくその目的は二人の、叶わなかったブルムンドラの旅立ちを再び願うもの。
今度はブルムンドラが望むブルガー自身も参加する。
「…そっか、シュルトリアの言ってたのはコレなのか」
そして思い出すのは白の龍シュルトリアの言葉。
彼の推測では、ブルムンドラの願いを叶える手は一つだけ残されていると口にしていた。
恐らくはそれがこの展開。
ブルムンドラ一人ではなく、願いが叶えば旅立つ彼を受け入れることになるブルガーも揃っての決意と覚悟。
ブルムンドラの一方的な片想いでなく、ブルガーもそれを願い共に戦う意志を示すことで与えられるチャンス。
「ちなみに、ブルムンドラはもう大丈夫なの?戦いの怪我とかは」
「問題ないし、今は前以上にやる気満々で力にあふれてる感じだな」
一人で戦ったあの時よりも、同じ想いでブルガーと共に戦える今回の方がより気力が満ちているらしいブルムンドラ。
もし成功したのならば、船の帰路には彼も伴うことになるのだろう。
「――おい、あれ…もしかして船か?」
「龍人に連絡しろ」
だがその裏で、荒れる海に姿を現す一隻の船が存在した。
その船が龍界に嵐をもたらすことになると…この時はまだ誰も気づかない。




