235 戦いの結末
「――龍同士の戦いってもう少し派手なものだと思ってたわ」
精霊アリアが語るイメージ。
龍同士の戦い、互いに空を自由に飛べる存在となれば、戦いの舞台は地空を行き来するものだと言う想像も浮かぶ。
しかし現実で目の前に起きているのは純粋な、地に足を付けてのぶつかり合い。
小細工も戦略も戦術もない、力と力の衝突。
真正面からぶつかって、ぶつかって、ぶつかって、ぶつかり合って、相手を力で押し倒そうとする。
そしてその衝突の度に、この地や空気は揺れ動く。
(人によっては酔いそうだなぁ、ここに居ると)
常に揺れ動く足元。
船の波揺れ程にあからさまなものではないが、細かく震えるこの感覚は些か見物する者達にも負担を強いる。
だがそれでも、今この場に居る者達は目の前の戦いを見守り続ける。
「…そろそろか」
そんな戦いも、どうやら終盤に踏み込んだ様子。
二龍の戦い、それぞれの願望を叶える為の戦い。
その結末が間もなく露わになる。
「――龍人達、忙しそうね」
「まぁ大事だったからね」
それから時間が経過して、夜を迎えた龍界。
ヤマト達は風呂も夕食も済ませ、宿の一室でくつろいでいる。
そんな部屋から外を眺めてみれば、暗い中にあちこちに灯る小さな灯りが右往左往動き回る。
「龍主の後継者、その筆頭が決まったのですから、眷属種族とも呼べる龍人達が慌ただしくなるのも無理はありません」
事の大きさを三人の中で最も理解出来ているティアが口にする。
昼間の戦い、龍同士の激突。
その結果、次代龍主の継ぎ手が実質的に確定した。
人の世でいう王太子の任命。
あの戦いの勝者であるベルゼルオウが筆頭となった。
「ブルムンドラ、惜しかったわね」
「そうだね…」
戦いの勝者はベルゼルオウ。
つまり独立、成龍の儀を受けたブルムンドラは敗北した。
友人ブルガーを追いかけたい彼の気持ちは果たされることはなかった。
「ブルムンドラが正式にここを出るには成龍の儀で勝ち得る必要があるのでしょう?でもそれって何度も受けられるものなの?」
「龍人曰く、決まった期間は存在しないけどおおよそ数年に一度ぐらいの周期で再挑戦は認められるらしい。ただし成長の証を見せられればの話だけど」
ブルムンドラがブルガーを追って龍界を正式に出て行くには、再び成龍の儀を受ける必要がある。
だがその儀式自体は何度も何度も受けられるものではない。
傷を全て治してまた明日再挑戦!のような事は認められない。
彼がまた儀式を受けたいのならば、きちんとその身を鍛えて…相応の成長の証を示した場合になるだろう。
一般的にはおおよそ数年ほど。
少なくとも今のままのブルムンドラでは、再挑戦は認められない。
(つまり…ブルガーの出立に合わせて旅立つことは出来ないと)
ブルムンドラの理想は恐らく、あの戦いに勝って堂々とブルガーの船旅について龍界を旅立つことだっただろう。
だが再挑戦が数年後の話になるのならその理想は叶わない。
「ブルガーは、大丈夫かしらね?」
そんなブルムンドラの敗北を見守ったブルガーは、怪我した彼が運ばれていくのについて行きそのままヤマトらとは別れたまま。
その時の表情は真剣なもの。
怒りも、悲しみも、泣きもせずにただただまっすぐにブルムンドラと向き合い続けていた。
「龍のお墓、変な骨、ダンジョンの卵、龍の決闘、なんだか色々あり過ぎたわねー」
龍のお墓に案内され、異世界から来た骨を検分し、出現したダンジョンの卵を回収し、龍同士の戦いを見守る。
出来事としては濃い一日。
「明日は、結局観光行くの?」
そして明日の予定。
元々はバリトーが龍界の自然を、一種の観光案内のようにあれこれ紹介してくれることになっていた。
だが慌ただしい龍人サイドで相応の地位に就く彼はその約束が果たせなくなっていた。
『案内は出来ないが、お前らなら自由に見て回って構わないから好きにしててくれ!』
案内人こそ居なくはなったが、自由に出歩く許可は貰っているヤマト一行。
「まぁ、せっかくだし見て回ってみようか」
なのでバリトーは不在だが、自分たちで龍界を歩き回ってみる事にする。
「――やぁ、君らが女神の使い魔の一行だね。探検行くなら乗っていきなよ!」
そして翌日。
朝の支度を終えて、龍界の観光に出向く為に宿を出たその目の前に待っていたのは白き龍。
「…シェルトリアって…もしかして龍主候補の?」
「あぁそういう眼を持ってるのか。便利だな。まぁその通り!筆頭が決まったからもはや予備枠でしかないけど、一応まだ候補のシェルトリアだよ!」
そんな目の前の龍の鑑定情報で判明する正体。
昨日の戦いで龍主候補筆頭を勝ち取ったベルゼルオウ。
彼がもしも負けて居た場合に、彼の代わりに筆頭になっていたらしいもう一体の龍主候補 【シュルトリア(龍族白種/"めんどくさがり")】。
(…やんちゃ、暴れん坊、めんどくさがり…龍の二つ名ってド直球なもの多いなぁ)
ブルムンドラ、ベルゼルオウ、シュルトリア。
龍主候補たちの持つその性格を表すかのようにド直球な二つ名。
ある意味で初対面の相手には分かりやすい。
「えっと、初めまして。使い魔のヤマトです」
「精霊のアリアよ」
「ティアです!」
「うぉ?!そのちっさいのも意志があったのか。まぁよろしく!」
そして互いに交わす挨拶の言葉。
「というか…貴方は話せるのね」
アリアが指摘するのは言葉。
龍の言語でなく、他種族でもわかる言葉で会話が成立する。
「まぁ俺は力より知力というか、ブルとかベルとかと違って頭良いから」
ハッキリと自分が頭が良いと口にする新たな龍。
いずれにせよ彼とはしっかりとした言葉で会話が成立する。
「それで、乗って行きなよとはどういう意図なのですか?」
「ん?あぁ実はさっきバリトーに言われてね。暇なら君らをのせてアイツの代わりに観光案内をしてくれって」
「バリトーさんが?」
何故シュルトリアがここに来てヤマト達を待ち構えていたのかの答え。
急用が出来たバリトーが手配したタクシー。
彼に乗って龍界を案内してもらえというお話らしい。
「案内してもらえるの?」
「まぁ正直面倒だけど、引き受けなかったらそれはそれで別件押し付けられてもっと面倒だと思うから全然いいよ!乗せて空飛ぶだけなら散歩みたいなものだし!」
「なるほど、めんどくさがりか…」
シュルトリア曰く、ヤマト達の案内は正直めんどくさい。
だが断れば別の面倒を押し付けられるから仕方なく引き受ける。
どちらも面倒だが、どちらがまだ楽な方かの天秤で仕事を選ぶめんどくさがりの龍。
「よいしょっと…あら?ちょっとふわっとしてるわね」
すると早速アリアは白龍の背に乗り込んだ。
ワイバーンなどとはまた違う乗り心地の龍の背。
ヤマトやティアもその後を追い龍の背に乗る。
「ちゃんと乗ったか?途中で落ちるなよ?拾うのが面倒だから…そんじゃ飛ぶぞー!」
「おっと」
そして白龍は空に舞い上がる。
ヤマト達を背に乗せたまま空を飛び始め、彼らの住まう龍界を空の旅で案内し始めたのだった。




