233 ダンジョンの卵
「――これがダンジョンの卵…」
「卵と言うより、ただの光ね」
龍の墓場に現れた光。
その正体を告げるティア。
そして一同がは、目の前の光が〔ダンジョンの卵〕であることを。
「ほう、本当にダンジョンの卵じゃったのかこれは」
「あら知ってたの?」
「言ってたというわけでないが、族長殿と龍主様はこの光を『世界の理に近しい何か』と言っておったからの。ワシは半信半疑じゃったが、女神様の分け身殿直々におっしゃられるのならそれが真実なのじゃろう」
「ん?女神の分身?もしかして…このちっこいのが?へーほー」
ヤマトらがここに呼ばれたという時点で、おおよそこの謎の光の方向性は推測が立てられていたようだ。
だが…それはそれとして、墓守のおじいさんがティアを〔女神の分身〕と呼んだ点が今度は気になるところ。
まだ明言していなかったその正体を既に把握している様子。
「あれ?解っていたのですか?私の正体を」
「これもまた半信半疑じゃったが、〔生と死〕の両方の気を兼ね揃えているのはこの世ならざるモノだと、とは言えアンデットにあるような負は無く正ばかりに見える。となると方向性は想像が付き、使い魔殿が上に見る者として大雑把な憶測をな。まぁこれでも長く生きる分、命を視る眼だけは肥えている自負があるからの」
見る眼と推測で答えに辿り着いた墓守。
墓場で死を多く見続け、長命種ゆえの長い生も見続けたゆえの技能と直感。
「それだけで理解できるものでもないと思うのだけどね」
「ほーへー。このちっこいのが女神様のカケラか?ほー」
「ちょっと?あまり女の子をじろじろ見るものじゃないわよ?」
「おっと失礼。ついな」
「というかヤマトは、つまり女神の従者か。女神様の欠片連れ回すってことは」
なおこの流れでヤマトの使い魔の役目もバリトーにバレてしまった。
別に困ることでも、率先して言いふらすことはないが絶対に秘密にしなければならないものでもないのであまり気にはしないが。
「で、これがダンジョンの卵って話だったか?」
そして話は卵に戻る。
この龍墓に出現した〔ダンジョンの卵〕の存在。
「いずれ何処かに生まれるものですが…よりによって龍の領域に現れていたとは…」
その出現は予想通りであり、しかし場所は予想外のティア。
この場で出会うとは夢にも思っていなかった卵。
「ダンジョンってあれよね?この前吹っ飛んだ町の…」
「ロドムダーナだね」
それはかつてヤマト達も関わったロドムダーナの町にあったダンジョンの話。
勇者パーティーが修行の為に挑み、魔王勢力との戦いの後の異常事態により町ごと吹き飛び死んだダンジョン。
「そうですね。あの町のダンジョン、それが停止した影響で生まれたのがこの卵です」
目の前のダンジョンの卵は、正にそのロドムダーナのダンジョンの後継者。
「ダンジョンとはこの世界に一定数、存在し続ける世界のシステムの一種なのです。一つが壊れたら新たなダンジョンが自然に建造されるのがこの世の理です」
世界中にいくつか存在するダンジョンと言う存在。
それらは常に一定数を維持してそれ以上に増える事は無い。
だが逆に減った場合、世界の別の何処かに新たなダンジョンが生まれるようになっている。
その種、卵となるのが目の前の光。
失われたダンジョンの代わりに、この場に生まれようとしている新たなダンジョン。
「つまりここに新しいダンジョンが生まれようとしてるってことだよな?」
「このまま放置すれば確実に」
ダンジョンの卵が出現した龍墓の奥。
放っておけばここに新たなダンジョンが生み出されることになる。
「ダンジョンはその地に適した姿を取るように成長します。ロドムダーナは元々地下に空洞がいくつも存在した地形だったのもあり地下に伸びていきました」
「だったらここでダンジョンが生まれ成長したら、この龍墓の洞窟が丸々ダンジョン構造に飲み込まれないか?」
「その可能性は高いですね」
そしてダンジョンの仕組み上、この龍墓を洞窟もこれから生まれ成長するダンジョンに取り込まれる可能性が高い。
「迷惑だなぁ、ここに出来んのは」
素直な感想を口にするバリトー。
龍人や龍にとって、心情はともかく大事な場所であるのは確かな墓所に勝手に生まれ、そのまま飲み込もうとするダンジョン。
その存在は迷惑な存在と言われて仕方がない。
「…触れないのね、ダンジョンの卵って。どっか別の場所に持っていけるかとも思ったのだけど」
すると手を伸ばし宙に浮かぶ光を、卵を掴もうとするアリア。
しかし精霊のその手でも掴めない。
「基本的に実体のないものですから。ダンジョンが一定の成長をして〔ダンジョンコア〕となれば別なのですがそれはそれで動かせなくなりますし、何にせよ今は皆さんには触れられませんよ」
「皆さんには…ってことはティアは触れるのかしら?」
「いえ、前回の姿ならともかく、今はその機能も外して軽量化された小人なので無理です。ですがお兄ちゃんならできますよ?」
「あれ?これって触れるの?」
その卵は小人状態の女神の欠片でも触れられない。
しかし…女神の使い魔であるヤマトなら触れると告げた。
「使い魔のお役目の一つですから。まぁ機会はないと思って説明してませんでしたけど」
むしろそれも使い魔のお仕事に付随する機能であるようだ。
「ダンジョンの卵はシステムの自動選出により決められた土地に出現するようになっています。しかし…その選出は時代や事情などが考慮されません。時には女神的にも『今この場所にダンジョンが育つのは非常にまずい』という事もあるのです。ですから使い魔にはダンジョンの卵を保護して持ち運ぶことの出来る技能が備わっているのです。なのでお兄ちゃんは手順さえ踏めば触れます」
システムによるダンジョンの新生。
しかし時に管理者たる女神にもその自動選出が都合の悪い時もある。
その際の対処も使い魔のお役目。
「それはつまり、この卵を退けられるということか?」
「はい、できますよ。こちらにとってもここに出来るのは都合が悪いので退かそうと思いますけど…貴方達はそれでいいのですか?」
「というと?」
「ダンジョンは扱い次第で、人々に利益を生む存在にもなります。実際ロドムダーナはダンジョンの町として発展していきましたから」
ダンジョンを訪れる人々を相手に商売する人々を中心に発展して行った人の町。
ダンジョンの存在が利益を生んだ分かりやすい一例。
ゆえにティアは一度問う。
本当にダンジョンを手放していいのかと。
「いらんいらん。ダンジョンで商売なんて俺らにはいらん」
「そうじゃのう。退かして貰えるならそれが一番。族長方にも『なにであれ墓守の判断に任せる』と申し付かっているの。ゆえに気にせず持って行っておくれ」
龍側満場一致の邪魔扱い。
場所が場所なら観光資源のように大歓迎されるダンジョンの卵も、龍の領域では価値はなく。
「ではお兄ちゃん。収納にしまっちゃってください」
そして始まるお仕事。
ヤマトは言われるまま手順をこなして卵を手に取る。
アリアはすり抜けた非実体の光。
だが…使い魔の手は簡単に触れられる。
「…これ、収納にしまって、中で成長してダンジョン化したりしません?」
「ないですよ。そもそも時間流れませんし」
若干不安がよぎりつつも、問題なさそうなので卵を《次元収納》に仕舞う。
ヤマトの収納空間は、使い魔用の特別仕様。
時間経過の起こらないそこで、卵は絶対に成長しない。
「というか…卵とは言っても生き物ではないんですね」
「そうですよ。成長するとは言ってもあくまでもシステムですから」
言葉で誤解するかもしれないがダンジョンはあくまでもシステム。
生き物でないゆえにその卵も、生物禁止の収納に仕舞える。
「と…少しこの場も歪みがあるみたいですね。大したものではないですが、せっかくなので調整しておきましょう。お兄ちゃん」
「分かりました」
そして更に卵の影響を受けたこの地の調整を任されたヤマトは、久々に使い魔の仕事に勤しむのであった。




