226 小人のティアと龍の秘密の使命
「――お兄ちゃん!久しぶり!」
龍主との面談。
その場において女神の用事を告げ、杖を差し出したヤマト。
するとその杖から姿を現した〔小人〕。
掌に乗るほどの小さな小さな人型の存在。
それは自らを【ティア】と名乗った。
「あら?貴方、女神の分体のティアなの?」
「そうですよアリアさん!」
「でも小さくない?」
ティアという名は以前に、女神の緊急避難にてセイブンの杖を依り代に現界した"女神の分体"の少女に付けられた名前。
そして目の前の小人も、その名と存在を認めた。
この存在は女神の分体だったティアと同じか類似する意思を持つ存在。
分体ティアの再来ともいえる。
だが…それにしてはやたらと小さい。
「それになんだか、喋り方も幼いような?」
「前と今では性能差も段違いですから!まぁ低い方にですが」
「性能差って…あれ?そういえば杖が消えていない?」
そこでヤマトが気付いた異変。
以前のティアは《神降ろし》モドキによりセイブンの杖を依り代に、その内側に取り込んだ状態で活動していた。
だが今はきちんと、テーブルの上に杖は健在であった。
「今回は神降ろしとは違います。依り代は必要ありません。いえ…あの杖の必要性は変わらずなのですが、あくまでも今の私は純粋に《ゴーレム》や《使い魔》のような存在ですから」
《神降ろし》は神様から分けられた女神自身の一部を地上に具現化した存在。
しかし今回は、上の領域から女神の一部が下りてきたわけではない。
このティアはセイブンの杖に残されていた〔ティアのデータ〕を基にしているらしい。
「以前のティアは明確な女神の分け御霊。しかし今回はあくまでも再現体です。かつて依り代にしていたセイブンの杖、その中に残されたティアの人格データ。女神の分体が本体へと還った際に持ち帰らずに杖の中に残していったそれを、ゴーレムのような小さな器に挿入し再現しているに過ぎません」
女神の復活の際に解放されたセイブンの杖。
女神の分体の、魂とも言うべき部分は全て本体の在る神々の世界に還って行った。
しかし女神はその際に、地上で培ったティアという人格情報の一部を依り代としてその身の中にあった杖の中に残して還ったそうだ。
今こうして会話しているのはその残されたデータをもとに具現化、再現されたティア。
同じようで同じでない、しかし同じような存在。
ただし性能的には劣化版。
「ゆえに今回は神降ろしのような、杖を依り代にする必要はなく、この体もゴーレムや妖精のように、一種の魔法により作られているものです。そんな枠組みを利用しているせいもあり、必要な機能以外をカットせざる得なかったのです。まぁその分とっても省エネなのですが。破損時の修復も容易ですし」
魔法により生成・稼働する《ゴーレム》。
精霊魔法の一種で具現化する《妖精》。
これらに似た存在である今回のティアは、諸々の機能をカットし吹けば飛ぶような脆弱な存在。
しかしその分超省エネ。
必要な機能だけを実装した〔サポート端末〕としては十分な限定的存在。
「なので戦闘も、魔法行使もできません。この身はあくまでもサポートの為の存在です」
「サポートって…俺の?」
「はいお兄ちゃんと、そして女神自身の負担の軽減も含みます。現在本体は大忙し。お兄ちゃんへの連絡も随分と簡素なものでしょう?」
「まぁそうだね」
ヤマトと女神の連絡手段は一種のテレパシーだが、今のその内容は随分と簡素。
先ほどのやり取りも、今までなら『宝具の杖を龍主に渡してください』と告げていただろう部分を『龍主に杖を』と最低限の言葉のみを伝えてくるのみだった。
数文字分のメッセージも惜しみたい程の女神の今の忙しさ。
世界神樹と共にあり、ここだけでなく他の世界の面倒も見るその大変な作業。
「そんな状況なので、ティアという存在を再現して少しでも負担を減らそうという魂胆です。ほかの方々も居ますので詳細は省きますが、お兄ちゃんへのサポート、その他情報収集や整理など、後は伝達速度なども含めこの世界・地上関連の女神のお仕事負担の〔0.1%〕程度はティアの存在によって軽減される計算になります」
「それでそんなに少ないの?」
「そもそものお仕事が多すぎるということもありますが、この超省エネボディでそれだけ軽減できれば十分すぎるお話です!」
ここにティアが具現化されるだけで女神の負担が減る。
費用対効果は抜群で、ならばしない理由はないティアの再登場。
だがそれも龍主の協力あってこそ実現したお話。
「…龍の長、ミラジェドラ。ご協力ありがとうございました」
「ほっほ。この程度であればいくらでも構わぬさ」
「案外あっさりと協力してくれるのね」
「んむ?」
そして協力してくれた龍主にお礼を口にするティア。
だがそこで精霊アリアは、気になる指摘をわざわざ口にした。
「かつての戦いで、龍は世界の滅びの危機にも動かなかったという話だけど?その割に王女の受け入れや女神への協力は拒まないのね」
「ほっほ。そうじゃのう。もっともな指摘ではあるの。先に言っておくが、何でもかんでも申し出を受けるつもりはない。だが今回の受け入れなどは深く考える必要のないその程度のものであったゆえ受け入れたとも言えるの」
「その言い方だと、かつての危機への判断はきちんと考えた上での傍観の判断だったのかしら?」
「おそらく熟考はしておらんのではないかの?祖先が世界の危機において他種族の協力要請に応えなかったのは事実じゃが」
「祖先の、ということは、今の龍は協力してくれるの?世界の危機が起きたとしても」
「いいや、今の世代においても、同じ状況で立場を問われれば協力することはしないじゃろう。考えるまでもなくその要請は断るじゃろうて。熟考の必要はなく答えは決まっておる」
今回、ヤマトと女神の申し出を受けて龍主はティアの再誕に協力した。
それ以前に不安材料の王女を受け入れるという面倒な役目も引き受けてくれた龍。
大戦時の拒否の事実もあり、世間ではかなりの堅物の印象のある龍にしてはこれらに快い反応を返してくれたのはイメージよりも懐が広いように思えた。
だが…やはり肝心の部分では今も昔も変わらぬ判断。
「誤解があるようじゃが、龍は何も世界を見捨てたわけではないのしゃ。むしろ龍は世界を守る為にその選択をしただけに過ぎない」
「世界を守る為に?」
するとその言葉に、ヤマトとアリアが同じように疑問符を浮かばせる。
かつて邪神から発した魔王の存在と世界の危機。
世界を守り救うための戦いに参加しなかった龍たちの、その理由が〔世界を守る為〕。
世界を守る為に、世界を守る為の戦いに参加しなかったと。
「ふむ、使い魔にも聞かせておらぬのか。ならばワシから告げることは出来ぬな。その理由は女神に直接訪ねるとよい。ワシら龍の中でもごく一部の者しか知らぬ〔使命〕ゆえとだけ告げておこう。それは目の前の明確な敵と戦うことよりも大事であり、ゆえに龍は当時の龍主の命にてかの戦いは傍観した。龍にとっては世界そのものの危機よりも優先すべき事であり、例え他種族の滅びを見過ごしても。そういう意味では薄情なのは確かじゃの」
「ティアは知ってるのね?」
「残念ですが、これに関しては少なくとも今は語れません。使い魔とその相棒の精霊であってもです」
現出したティアも知るその〔龍の使命〕。
しかしその内容は、女神の使い魔やその相棒にすら語られない。
この世界において、一部の龍のみが知るだけの秘密。
その為に、目の前で苦しむ他種族がおり、世界が危機的状況に陥っていようと傍観者であり続ける。
それも優先順位や価値観の違い。
龍は龍で、世界の存亡を賭けた大きな戦いの裏でひっそりと世界の為の使命を背負っていた。
「その時が来れば自然と分かる。だが…その時は来ぬことを願うがの」
時が来れば嫌でも開示される秘密だが、その時は最悪の時。
秘密が秘密のままであり続けるのが一番のお話。
「さて…用件は済んだかの?であれば、名残惜しいがそろそろお開きとしようかの」




