225 龍主との面談
――龍達の頂点。
"龍主"と呼ばれる龍の長のもとにやって来たヤマトとアリアの二人。
龍主の待つ龍宮の中で、二人が出会ったのは白髪の老人。
「ほっほ。いい感じに驚いてくれとるのう」
すると予想外の対面に戸惑い惚けていた二人に、してやったりと笑みを見せる一人の老人。
(…この人が龍主…確かにそう視えてるけど)
見た目は老人、だがヤマトの鑑定の眼にはしっかりとその正体が映し出されている。
【ミラジェドラ(龍族白種:龍主/"幻翁龍")】。
目の前の人にしか見えない老人は、確かに龍の頂点である龍主の立場を持つ存在だった。
「あ…初めまして龍主様。私の名前はヤマトと申します」
「その相方のアリア。まぁ解ってるとは思うけど精霊よ」
「ほっほ。ワシはミラジェドラと言う。周りからは無駄に壮大に龍主や幻翁龍などと呼ばれておるが、ただの老いた龍じゃから緊張する必要もなかろう。それにここには我らのみ。堅苦しいやり取りをせんでも怒る口やかましい者もおらん。その精霊のように気楽にするとよい」
「えっと、ではそうさせていただきます」
という目上のお許しも出ているのだが、相手が数百年を生きる年長者であり龍の頂点ともなれば中々に難しい相談でもある。
「とりあえず、早速一つ聞きたいのだけど、何故あなたは人の姿をしているのかしら?」
するといの一番にその疑問の答えを尋ねるアリア。
目の前の龍種が人の姿をしている意味。
「ほっほ。人の姿の理由か。率直に言えば『楽だから』じゃな」
「楽…ですか?」
「そうじゃ。言ったであろう?老いた龍だと。この歳にもなると龍の巨体はキツくてのう。人型の老体もしんどくはあるが龍の体よりは多少はマシじゃて、こうして人の姿で居る方が楽なのじゃ」
その理由は老体ゆえに。
龍とて寄る年波には敵わず。
衰えによる体への負担は、人の老体よりも大きなものらしい。
根本的な力が龍の方が強いのでその弱った体が一体どの程度なのか推し量れはしない。
しかし、本人曰く、人の体に姿を変えた方が肉体への負担が少ないようで、ゆえにこうして人の姿であるほうが楽というのが答え。
「龍は人に変身出来るのね。それも龍人のような見た目でなく完全に人のようなその姿に」
「ほっほ。其方ら精霊のように当たり前にとはいかんがの。龍の間でもかなりの高等術ゆえにワシ含め扱えるのは数体程度じゃ。そもそも人の姿になる必要性も本来はなかろうて。ほとんどの龍は習おうとも試そうとも思わぬじゃろう」
「では…龍主様はなぜその技を?」
「幼き頃の奔放ゆえに、とでも言うておこうかの。ワシも昔はどこぞの誰かのようにヤンチャだったのじゃ」
数百年を生きる老龍にも、幼き頃は確かにあった。
その頃の、言うなれば昔取った杵柄。
覚えなくても構わない人の姿への変身術をその若さゆえの何かしらで身に付けて今に至る。
「それにのう。正直に言えばワシは上から見おろすのがあまり好かんのじゃ。龍の巨体だとどうしても小さき者たちは上から見おろさねばならん。ゆえに今は身に付けておいてよかったと思える姿である。これならば龍人とも正面から向き合えるでな」
「もしかして龍の中でも変わり者だったりするかしら?」
「そう認識されても仕方ない振る舞いを普段からしてはおるな。この龍宮のような建造物に住まうのも本来龍には無きことじゃろうて」
そもそもこの場所、龍宮は今代の龍主の為に龍人達が作り上げた建造物。
何せここはどう見ても龍の巨体が通れる大きさをしていない。
人の身には大きい建物も、龍の体では小さすぎる。
だが人の姿になって過ごす今代の龍主には手頃なサイズ。
その全ては目の前の老人の為だけに用意されたモノのようだ。
「さて…立ったまま長話も過ぎとるな。遠慮なく座るとよい」
「あ、はい。失礼します」
こうして虚を突かれた出会い頭の立ち話もほどほどに、促されるまま二人は椅子に座りテーブル越しに対面し座る龍主と向き合う。
「本当は茶の一つでも振舞うべきなのだろうが、其方らの前のブルガーとの面談の際に用意していたものをつい吹き飛ばしてしまっての。何も出せずに済まぬの」
「吹き飛ばしたって…あの子と何をしてたのかしら?」
「ちょいと手合わせをな。外の世界でどれほど成長したかを確かめるにはちょうど良い。だがちょっとやり過ぎて周りも壊してしもうた」
「周りも…?」
そこの言葉にヤマトは周囲を見渡すが、しかし戦いの痕跡など何処にもない。
「ほっほ、そうそう見破れるほどヤワな惑わしはしておらん。壊したのがバレればワシが怒られてしまうからの。機会を見計らい穏便に済みそうなところで直してくれと頼むつもりじゃ。ゆえに其方らも秘密で頼むの」
「《幻惑》…それもかなり高度な」
「私もまったく気付けなかったわ」
「ほっほ、あくまでも自己評価だが、これに関してはそなたらの賢者よりも格段に上に立つと自負しておるよ」
上位の精霊に、女神の使い魔として感覚が人より鋭いはずのヤマトすら全く違和感すら感じなかった龍主の惑わし。
それは認識の阻害や惑わしを行う魔法の中でも最上位で最難度の《幻惑》によるもの。
しかもここまで完璧にとなると、まさに世界有数の…いや唯一の使い手、頂点と言ってもおかしくはない。
あの魔法の達人である賢者とて、ここまでの精度には及ばない。
普通は必ずどこかに生まれる違和感や綻びを全く気付かせない。
"幻翁龍"という二つ名を伊達にはしないその絶技。
だが…それをイタズラの誤魔化しに使っているのは、若き日のヤンチャの名残なのだろうか。
「さて、ではそろそろ本題に入ろうかの」
「あ、はい」
そうして雑談も適度な辺りで打ち切られ、面談は本題に移る。
「それで、其方らの用件とはなんじゃ?」
「えっと、実は上司が…女神様からの指示でこちらへ…あ、すいません。ちょっと連絡が」
問われて早速ヤマトはここへ来た用件を口にしようとした。
するとその時、ヤマトの意識に流れ込む女神の意志。
上司から部下への言伝。
「杖?えっと、龍主様に私の持つ杖を見て欲しいとの事です」
「ふむ、杖とは体を支えるものではなく、魔法使いの杖という事で良いのか?」
「はいそうです」
「見せてみるとよい」
「では…こちらです」
そしてヤマトは次元収納から例の神域宝具の杖〔セイブン〕を取り出した。
女神によってヤマト用の調整が施された、現時点ではヤマト専用機となった代物。
そのままゆっくりと互いの前に、テーブルの上にそっと置いた。
「…ふむこれは神域の杖か。現物は初めて見るの。それにこれは…持ってもよいか?」
「どうぞ触れてください」
「では…ふむ、なるほど。つまりはこうしろと言うことか。ふ!」
その杖を自ら手に持って、その瞬間女神の意図を理解した龍主。
他に何も指示は出ていないのに、自身が求められていることをすぐに理解して杖に僅かな〔龍の魔力〕を込めた。
すると…杖が白い光を数瞬の間纏って…そして光はすぐに消えた。
「ワシの役目は終わりじゃの。ほれ」
「え?あ、ありがとうございます」
その僅かな出来事だけで、龍主に求められた役目は終わったらしい。
差し出された杖をヤマトは改めて受け取る。
「…あれ?」
そうして受け取った瞬間、再び杖が淡い光を帯び出した。
だがその光は杖を離れ、一つの球体へ変化する。
ピンポン玉ぐらいの大きさの球体。
それはそのままテーブルの上に舞い降りて、ゆっくりと霧散してゆく。
するとその消えていく球体の中から、生まれるように姿を現した存在。
「――ふぅ、上手く行ったみたいだね。お兄ちゃん!久しぶり!」
その場に現れたのは小人。
それもサイズはともかくとして、姿そのものは見覚えのある存在。
〔女神の分体〕であった【ティア】との一応の再会の時だった。




