224 龍界の龍宮
「――わぁ…こんなにも龍が居るのね」
「ここが龍の住まい…」
王女一行が、ヤマトらが辿り着いたその場所。
龍人達の住まう領域と、龍達の住まう領域の境界線。
その先こそが真の意味で〔龍界〕と呼べる場所であり、一行はその領域に踏み込んだ。
「ギュゥォオ!!」
「ちょ…待て待て!ゆっくりだゆっくり!ぐおッ!?」
すると踏み込んですぐにやって来たのは例のブルガーの友人の龍。
船にまでフライングして来た後、一足先に先触れとして帰還していた彼との再会。
「はぁ…毎度騒がせて済まない。改めて、こいつの名前は【ブルムンドラ】だ」
「グゥォオオ!!」
その若くも大きな巨体を震わせ咆哮する子供龍。
ブルガーの友人でもある龍。
青みがかった肌を持つ、他種族が勝手につけた種別としては〔青龍〕や〔ブルードラゴン〕と呼ばれる存在。
【ブルムンドラ(龍族(青)/"やんちゃ龍")】。
子供がやんちゃなのは珍しくはないが、彼はそれが二つ名認定されるほどのやんちゃっぷりらしい。
「皆さま騒がせて申し訳ない。龍主様よりブルムンドラが勝手をせぬように申し付かっておったのだが…抑えきれずに飛び出してしまいました。さぞ驚かせたことでしょう」
「いえ。確かに驚きましたが…おかげ様で船は安全に辿り着けました」
「そういって頂けるのでしたら幸いです」
龍人たちが飛び出さぬように構えていたブルムンドラは、振り切ってブルガーのもとに、あの船旅に合流した。
その謝罪を受ける王女。
「…龍って、個体ごとに敬意の払い方が異なってたりするの?あの龍の名前は呼び捨てだけど?」
「あるぞ。とはいっても個別に、というよりも、年齢でって言う方が正しいがな」
そんな光景に一つ違和感を覚えた精霊アリアが、すぐそばに居る龍人バリトーに尋ねる。
「根本的に龍か亜龍かの違いもあるが、〔龍の中で〕って言うならば明確な敬意の線引きは〔成人しているかどうか〕だな」
龍を敬う龍人族。
だがその敬意は基本的に成人した龍に対してのモノ。
未成年、子供の龍に対してはむしろ保護者のように、自分たちの子供をしつけるように振舞うこともある。
「龍主様方の方針でな。子供のうちはあまり特別扱いするなと。だから子龍のうちは…ブルガーみたいに友人のように、大人たちは我が子と同じように振舞っても問題ないんだ。ただ…ブルムンドラもあと数年で成人するだろう。そうしたら今みたいに気軽には接することは出来なくなるな」
子供のうちは子供扱い。
だが成人すれば敬いの対象として気軽には接せない。
そんな龍と龍人の風習。
「――これは…」
「龍主様のおらせます〔龍宮〕となります」
そして、あちこちから巨体の龍の視線を浴びつつ落ち着かない道行きで進み辿り着いたのは〔龍宮〕。
自然の中にポツンと建つ巨大な一軒家。
いや…家というよりは城の、龍宮城とでも呼べそうな建造物だ。
「これより龍主様との面談の場となります」
そうして龍宮に辿り着き、始まろうとしているのは龍との対面。
謁見ではなく面談と告げられたその時。
「まずは王女リトラーシャ様。ただしこの先はお一人でお進みください。供の方々の付き添いはご遠慮願います」
「な…いや…仕方ないか」
これより行われる龍主と王女の面談。
ただしそれは一対一。
騎士や護衛や使用人は供に出来ないと告げられる。
「次いでブルガー。最後にヤマト殿。龍主様は以上の三名と面談をいたします」
「あ…俺も…か…」
その後、順番にブルガーとヤマトの名が呼ばれる。
自分の名が出た瞬間に、ブルガーの表情が分かりやすく気まずいと歪む。
「ヤマトってお前だよな?龍主様と会えるほどの立場だったのか?」
「あー、ちょっと色々ありまして」
そのブルガーに次いで呼ばれたヤマトの名に、バリトーが小さな驚きを口にする。
王女は今回の旅の主役ゆえに当然。
ブルガーは身内な上で事情が事情なので分かる。
だが、バリトーとしてもただの冒険者、せいぜいが精霊持ちの珍しい冒険者程度の認識だったヤマトがその名を連ねたことに、まぁ驚くのも無理はない。
賢者を通して王女側から龍人の族長には伝えられただろうヤマトの用件。
正確に言えば、ヤマトの上司である女神様の用事による面談希望。
それが無事に通り、三番手として名を呼ばれた。
「では…行ってまいります」
そうしてまずは一番手の王女リトラーシャが、龍宮の中に消えていく。
「皆さまはお待ちの間はあちらへ――」
「いえ。私達もここで待たせていただけますか?」
「…了解しました」
その他の一行は招きを断り、入り口でただただ静かに待つだけの時間。
すると…二十分ほどして、王女が姿を現した。
「――お待たせしました。終わりました。ふぅ…」
面談を終えた王女様。
だがその表情には疲労が見える。
龍主との面談は自分の処遇も左右する場。
相手が目上であるを差し引いたとしても精神的な疲労は大きいだろう。
「では次はブルガー」
「あ…は、はい」
珍しく、気まずさではなく緊張の色を見せるブルガーが龍宮に踏み込む。
「…あの、皆さんは一足先に戻られた方がいいんじゃないでしょうか?王女様もお疲れのようでですし」
その二番手が消えた直後、ヤマトは王女一行にそう告げる。
旅路の一番の目的はすでに達しており、ブルガーは実質的な私用、ヤマトは完全に別件のお話。
立場と内容を鑑みても、王女一行全員が、お疲れの王女と共にその二人を待ち続ける理由はあまりない。
「…そうですね。王女様。どういたしますか?」
「…お言葉に甘えましょう」
「ではご案内いたしましょう。ヤマト殿にはまた別の者が…」
「俺が付いていいか?」
「…良かろう。バリトーに任せる」
「おぉぅ!」
こうして王女一行は一足先に、用意された宿へと向かう。
そしてここに残されたのはヤマト、アリア、バリトーの三者。
「あ…一人でって、アリアは付いていけないのか?」
「問題ないんじゃねぇか?契約精霊ならよ。そもそも龍主様がダメだと判断したなら勝手に弾かれて入れない。とりあえず二人で進んでみればいいさ」
「駄目だったらここで待ってるわ」
そのまま龍宮の入り口前で待つ事十分ほど。
王女の時よりも半分近い時間で出て来たブルガー。
「あ、お帰りなさい」
「………あぁ」
だがその姿は、王女の倍近くお疲れのようにも見える。
何を話したのかは当人しか知らない。
しかしそれだけ大変なお話だったのだろう。
「そんじゃあ次はヤマトだな。俺はブルガーと話しながら待ってるぜ」
「え?あれ?みんなは…」
「先に引き上げたぞ」
「じゃあ叔父さんと…」
「二人きりだな。つもり話もあるしちょうどいい」
「あぁ…」
そしてやってくるヤマト達の番。
だがその裏で、お疲れブルガーは親戚の叔父さんに首根っこを掴まれる。
多分疲れの上に更にお疲れが重なっていくことだろう。
故郷に戻ってすぐに父親と、龍主と、叔父と一対一の対話を求められるブルガーの苦労は推し量れない。
「さて…じゃあ行こうか」
「ええそうね」
そうしてお疲れブルガー達に見送られつつヤマト達は龍宮に踏み込んだ。
その先に待つのは龍の頂点。
この世で最強とも言える存在。
「――おぉ来たのう…さぁさ座って、ゆっくり話をしようではないか。二人とも」
だがその先で待っていたのは、龍の威厳ある巨体ではなかった。
二人に手招きするのは真っ白髪と長いお髭を携えた細見の、ちょっと仙人にも見える老人であった。




