222 洞窟の港
「――ここが、龍の領域の港か」
「…綺麗ね」
船の旅もとうとう終わりを迎え、辿り着いた龍界。
龍たちの住まう領域の入り口。
ヤマト達の乗る船はブルガーの指示に従い〔港〕へと足を踏み入れた。
「洞窟の中に港を作るか。親父から聞いてはいたがこれが本物か」
龍界の港。
本来、龍にも龍人にも船という代物は必要ない。
ゆえにこの港は彼らとの交流を求めた人種族が龍に許可を得て作り上げたもの。
ただしその建造にも大問題があり、そもそもこの辺りの地形が港を作るのに向いていなかった。
ヤマト達が辿り着いたこの場所も、海に面する高い崖のせいでまともに上がれる海岸もない。
そんな地形の中で出された答えが〔洞窟の中の港〕。
元々存在した天然洞窟の中に、船の接岸と停泊の為の設備を作り上げた。
今まさに船が進むのはその洞窟。
出来る限り自然のままの姿を維持した上で人の生み出した設備が設置されている。
「――停船完了。下船準備を始めろ!」
「「おぉ!」」
そして船は無事に港に停まり、いよいよ下船の時が迫ってくる。
前半最後のお仕事に、船員たちは意気を見せる。
「とうとう着いたのですね」
「王女様」
「船長、そして船員の皆さんも。おかげ様でとても快適な船旅でした。ご苦労様でした」
「もったいなきお言葉で…とまぁ、あくまでも前半戦が終わっただけなんだがな」
「そうですね。皆さんは帰路もありますから」
船の到着に労いの言葉を掛ける王女リトラーシャ。
だがあくまで、ここまでの旅路は前半戦でしかない。
言い方はアレではあるが、遠足は帰るまでが本番。
王女一行に関しては龍界に現状無期限での滞在予定で帰路の予定は未定になっている。
だがそれは王女たちだけの予定。
他の面々は王女たちをこの龍界に残し、また船に乗って帰る後半戦が待っている。
「とは言え、しばらくはこっちもここでお世話になりますがね。比較的楽だったとは言え、遠出の航海の後にすぐにまた長旅とはいきやしない」
しかしそれはそれとして、船の面々も直ぐに帰るというわけではない。
長旅を終えた船の整備調整に諸々の補給、更には船員たちの休息なども必要。
王女を送り届けたからと、すぐに出航とは行かない。
そして…王女の護衛役となる冒険者組のお仕事は、その帰路の出航と共に終わりになる。
護衛期間は帰り支度が済むまでの間。
船の準備が出来たなら、後は龍界の人々に任せて船に乗って帰る予定である。
つまり護衛のお仕事も終盤戦に突入した。
「まぁでも、こっちは上司の予定が何なのか次第かな」
「そうねぇ」
ただしそれは冒険者としてのお仕事の為にこの地へやって来たメルトやそよ風団の場合。
ここが故郷であるブルガーや、女神様の指示があるヤマトとその相棒のアリアに関しては、別件の都合など場合によっては船を見送る側になる可能性もある。
「もし船を見送ったら、私達はどうやって帰るの?」
「その時は…まぁ陸路?」
「陸というか山越え?」
「だね」
ちなみに船を逃しても、自分たちで帰る為の道はある。
海がダメなら陸の道。
ただしとても険しい山越え前提の危険なルート。
大人数かつ素人交じりの一団では絶対に無事に済まない道。
しかしその道を帰り道にする分には、ヤマトとアリアだけ行く分にはまだ何とかなるルートではある。
元々龍界に辿り着くためのルートは山と海の二人。
一団の安全の為に海ルートを選んだが、日数的には山ルートの方が早く済む道ではある。
、ゆえに船に乗り損ねても、帰る道は確かに存在するの予定が変わっても問題は多分ない。。
「…」「…」「…」
「ところで…あの三人は何をあんなに堅くなってるの?」
「え?あぁ…まぁ緊張なんじゃないかな?」
そんな状況の中で、驚くほどに静かなそよ風団の三人。
「…来ちゃったな」
「…来ちゃったね」
「…来てしまいましたか」
小さな村で生まれ育った三人にとっては、龍界などお伽噺と同義の縁遠い場所。
だが現実に彼らは、そのお伽噺の舞台に辿り着いた。
その実感をまだイマイチ掴み切れずにいるようだ。
「そんな身構えるような場所でもない。ここには龍が居る、龍人が居る。ただそれだけの場所だ。文明文化的には人の国の方が栄えている。あんまり気張っても、実物見たらガッカリするだけだぞ?」
「その『龍が居る』だけで一大事なんですけど…」
「だよね…」
「です…」
そんな彼らにブルガーは大した場所でもないと告げるが、確かに龍の住処というだけで十分すぎる要素。
「にしても…はぁ、着いてしまったか…」
するとブルガーは到着した事実に、小さくため息を付いた。
彼にとってここは故郷。
久々の里帰りだが、帰りづらい理由があるブルガーにとっては複雑な帰郷だった。
「大人しくぶん殴られに行くしかないか…はぁ」
なので再会には後ろ向きだが、来た以上は仕方がない。
もはや避けられない展開に、覚悟を決めるブルガー。
「――よし、準備完了!王女様、いつでもどうぞ」
「ありがとう。では降りましょう」
そうして下船の準備も終わり、いよいよ龍界の大地を踏むことになる面々。
「――ようこそ、人族の王女様。龍人族の長として、我らが龍主の名代として、皆さまを歓迎いたします」
その直後、一行を出迎えるのは龍人族の長を名乗る男性。
龍主、龍の頂点の名代として、王女一行に対面するお偉いさん。
「…あの顔」
「まぁ似てるよな」
「じー…」
出迎えの男性の姿を見たヤマト達の、視線が皆ブルガーに向いた。
彼の容姿はブルガーに似ている。
正確に言えば、ブルガーを老けさせた未来予想図が現物として目の前にあるような。
「…まぁ、父親だ」
その類似の理由は〔親子〕だから。
龍人族の長の男性。
彼こそがブルガーの実の親であった。




