221 船旅の終わり
「――まさか、このラッシードラゴンが本物の龍と並ぶ時が来るとはなぁ。親父に見せたかった光景だ」
船長は感嘆の声をあげると共に今も見上げ続ける空。
そこには大きな影が…やって来た龍の姿があった。
「というかアレは本当に子どもなのか?龍の子でもあんな大きさなのか?」
「でけぇなぁ」
そして船員たちの多くが思う事。
巷に広まっている〔子供の龍〕のイメージからは遠い龍の姿。
率直に言って、思っていたよりもかなりデカイ。
何処が子供?と皆が疑問に思う。
「えっと…なになに…龍の体は成人前の成長期に一気に大きくなって、それ以降は百年単位で一回り程度ずつ緩やかに大きくなる。子龍から成龍までの時期の成長が最も体に差の出る頃合い…らしいわよ?」
精霊アリアはその差異について本を読みながら解説してくれる。
その本は出発前に仕舞った龍関連の本の一冊。
そのうちの龍の生態を記したもので、それによれば子龍もピンキリ。
人々のイメージする小さな子龍は、龍の生の中でも子供時代の初期の姿。
そこから成人…成龍と化すまでの間に大きく成長し、あっという間に一般的な龍のイメージの巨体になる。
船の上の龍はまさしくその年齢的には成龍間近の、既に大人の龍とあまり差のない巨体を持った子供であった。
「にしても…あの兄ちゃんすげえな。まさか龍に平然とまたがるなんて…」
そんな龍への注目と共に、視線が向かうのは更にその上の龍人ブルガー。
今、彼は噂の龍の背に乗っている。
『――降りる場所はないか。仕方ない。すまないが俺はあいつの上に乗る』
龍がこの船と接触した直後、周囲に龍の着地場所を探したが手頃な場所は見つからず。
仕方なく自己紹介もままならぬままに、そのまま空に浮かせたまま、飛び上がったブルガーは龍の背に乗った。
彼は今も龍にまたがり、龍騎士のように空を飛びつつ海を行く船と並び行く。
「にしても…こんなに静かな海は初めてだな。みんな龍の気配に逃げちまいやがった」
「小さな魚まで見当たらねぇ」
そして龍は船の護衛としての役目を自動で担っていた。
ブルガーが付いてから落ち着きはしたものの、未だに龍の気配自体は健在。
するとまぁ当然の反応と言えばその通りなのだが、海に住むアレコレの姿が消えた。
龍から距離を置くために、船の近くから離れていった。
結果有害無害問わずに生物が居なくなった船の周囲は平和を手にした。
自然災害はどうにもならないが、生物による危険は去っている。
「ちなみにシードラゴンやクラーケンも龍には怯えるんだろうか?」
「どうだかなー」
「平気で突っかかりそうな気もするが」
とは言えそれも一般的な生物だからこその危機回避。
人から見てヤバイ存在のシードラゴンやクラーケンも龍に怯えるのかは確かに気になる。
(でも、そこらへんで戦い始めたらもう怪獣大決戦って感じになるなぁ)
もし敵対してぶつかれば、脳裏に浮かぶのは怪獣大決戦の構図。
龍と戦うシードラゴンやクラーケンの姿。
興味はあるが、リスクの伴う現実では見たくない光景。
「よっと、この調子なら明日にも着くだろうさ」
「あらお帰り」
すると龍から降りて来たブルガー。
ついでに告げるのは龍の更なる恩恵。
危険が減り、余計な回り道をしなくて済むようになった分、船の到着予定が前倒しになった。
「もうあの子はいいの?」
「いやまた戻る。というかもう着くまでアイツに乗っとく。変なことしないように見張っとかないと…てなわけですまないが食料を少し分けてくれないか?アイツの分の食い物も賄うとなると俺の荷物じゃ足りない。主に肉が」
「肉ですね。えっと…これとこれと」
そんなブルガーが一度降りて来たのは食料などの調達のため。
道中で来ると思っていなかった龍の来訪。
アポなしのせいで準備されていなかったその食事の確保。
そして頼まれたヤマトは、《次元収納》から肉類の備蓄を放出する。
「随分とまぁ放り込んでるな」
「魚や野菜は要ります?」
「いや、アイツは肉と甘い物以外は嫌うからな…」
「子供みたいな…いや、実際子供だったか」
「正直、龍には大人だろうと子供だろうと好き嫌いは殆どないんだがアイツはなぁ…」
龍の中でも偏食寄りらしい空の子龍。
そして肉を抱え込み、ブルガーは再び龍の背に戻って行った。
ちなみにその食事は飛びながら、龍の口にブルガーが生肉を放り込む姿が後々見えていた。
――そうして船の速度に合わせてゆっくりと飛ぶ龍と共に、龍の領域を目指す一行。
その翌朝。
ようやく長旅の終わりを示すゴール地点の影が見えて来た。
「――おはようございます」
「あぁおはよう。あっちを見てみ。ようやく見えて来た」
「…あ、陸地が」
朝日に照らされ輝く水面。
そしてその先に見える陸地の姿。
龍と船は夜も止まらず進み…こうしていよいよ辿り着いた。
「…なんか浮いてる?」
だがその船の進む先に、何やらプカプカ浮かぶものも見えて来た。
「クンクン…この匂いは…イカかしら?」
すると何やら匂って来たのは、何処か覚えのある食べ物の匂い。
先日アリアも口にしたイカ焼きのような…。
「アイツは…まさかクラーケンの死骸か?」
その後判明するその正体は、また別の個体の【クラーケン】の死骸。
それも焼かれて焦げて海に浮かぶもの。
「どうやらアイツがこっちに来る途中に、遭遇して焼き殺した個体らしい」
直後、龍の背から降りて来たブルガーが事の事情を解説した。
船にやって来たあの子龍が、来る途中で倒して放置した死骸らしい。
出会う前にとっくに怪獣大決戦の一端が始まり…そして人知れず一方的に終結していたようだ。
「あら、あの子が持ってくわよ?」
「俺が指示をした。あのまま放置しても色々面倒だから、このまま持って帰らせる」
そしてブルガーが下りて一人になった龍は、高度を下げて海面に浮かぶクラーケンの焼死体を掴んで持ち上げた。
「先触れ代わりだ。先に帰って俺らの到着を知らせて貰う。そして先んじて怒られてろ。勝手に出て来やがって…」
そのまま龍はブルガーの指示で一足先に視界の先へとクラーケンを抱えて飛んでいった。
「さて船長。あそこが目的地だ」
「おう。王女様にもすぐ伝えろ!ゴールは目の前だ!」
「おお!」
こうして船旅も終わりが間近に来る。
ヤマト達は…王女一行は、ようやく目的地の龍界の、その入り口へとたどり着くのだった。




