220 龍の襲来
「王女様を運ぶって聞いた時には少々不安もあったが」
「渦はヤバかったが他は平穏だったな」
船の旅も終盤。
あと数日で目的地である龍の領域に辿り着く。
道中に最大級の危機でもある渦に遭遇する大きな不運もありはしたが、それ以外には特に大きな騒動らしいものもなく、その一点を除けば平穏な船旅だったと言えるだろう。
「ん…ふぅー!船の生活も、あと少しなのね」
「そうみたいだよ」
その朗報に腕を伸ばし体をほぐすような仕草を見せる精霊アリア。
精霊であるので体が凝るようなこともないはずなのだが、やはりだんだんと人間味が増していく。
「あと少し、だって言うのに待てないアホも居るみたいだけどな」
「ブルガーさん?部屋に戻ったんじゃ?」
するとヤマトとアリアと同様に甲板に出て来たブルガー。
彼は先ほど、二人と共に食事を取り終えた後に別れて部屋に戻ったはずだった。
しかし今こうして別れて直ぐに再び合流する。
「戻ったが…なんだか見知った気配がしたんだ」
「気配?」
ブルガーは何かの気配を感じて、外の空気に触れるこの場にやって来た。
ただ、試しにヤマトも意識を周囲に広げていくが…しかしそれらしい何かはない。
「私も特には感じないわね」
「まだ距離が遠いからな。まぁこれは眷属種族ゆえの感応というか、召喚師ゆえの独自の感覚みたいなものだから、人族や精霊には気付けるのもまだまだ近づいてからの事だろう」
「それって…もしかして?」
「龍が近づいて来てる」
ヤマトやアリアはまだ感じ取れないその気配。
龍人であり召喚従魔士であるブルガーだけが、この船の中で唯一感じ取れているそれの正体は〔龍〕。
船の目的地に住まう種族。
「近づいて来てって、向こうから?龍の領域から飛んでくる?」
「ですね…はぁ」
アリアの言葉を肯定しつつ、ため息をつくブルガー。
彼曰く、目的地に向かうことでこちらが龍に近づいて感じ取れるようになった気配でなく、向こうからこちらに近づいてきていると。
「船長!龍が近づいてきてる!!まだ遠く猶予はあるが攻撃しないよう注意してくれ!!念のため俺も張り付いて――」
そして船長に告げる注意勧告。
今すぐに、ではないもののこの先に起こるだろう一騒動を予測し告げて備える。
実際、すぐに何かが起こることはなかった。
予測されたことが起きたのは翌朝早朝。
日が昇り始めた空に、映り始めたその姿。
すると荒れ始める海と風
「――あの馬鹿!気配の時点でもしやと思ったがまだ制御を覚えてないのか。好き勝手に、周りの影響も考えずに飛びやがって…」
荒れる環境に対応するべく慌ただしく動く船員たちを尻目に冷静に愚痴をこぼすブルガー。
目視できる範囲に龍が現れてから、波と風が順調に荒れだした。
龍の到来を告げる自然。
「これが…龍の気配か」
「なんだかやたらと濃いわねぇ」
その隣で、さすがにここまでくればヤマトやアリアも龍の存在を感知して見つめられる。
しかも徐々に大きく、近づいてくるその気配。
恐らくは数分後には接触することになる存在を待ち構える。
「ちなみに、龍の移動ってこんなにも荒いものなの?風と波が荒れてるけど」
「真っ当な龍ならこうはならない。荒れた風の迷惑は勿論、龍の気配だけで怯える生物も多い。だから普通は気配も飛行の余波も抑えるか、それらを魔力で相殺しながら飛ぶ」
「じゃあこれは?」
「技術はまだなく配慮もない子供だからだ」
ブルガー曰く、荒れ始めた自然は龍の飛行の影響を受けて。
龍の巨体が周囲への配慮も遠慮も無く飛べば自然も荒れて当然。
ましてそういった思考が眼中にない子供の行動ならなおさら。
「子供ってわかるってことは、近づいてくるのはお知り合い?」
「まぁ、幼馴染…のようなもので」
そして今こちらに向かう龍は、ブルガーにとって見知った相手。
ゆえに誰よりも早く気づき、その勝手に深い溜息をつく。
「あ、この前言ってた龍?」
「ええそれで――あの馬鹿、加速したな?!」
「うぉ?!」
すると直後、ここ一番の突風が吹き荒び波がより一層高くなった。
大きく揺さぶられる船。
「――ギュルゥウウウウ!!!」
「え、上に…きゃ!?」
そうして次の瞬間、船の真上にに姿を現した龍のシルエット。
咆哮と同時に急停止したその龍。
急加速での高速移動からの急停止の反動が更に大きな突風を吹かせ船を揺さぶった。
(これ…あっちの世界の船じゃ転覆してるな)
技術的にはより高度な、かつての世界の船でも転覆を免れない揺さぶり。
だが技術では劣るこの世界の船には、向こうにはない《魔法》が存在する。
今こうしてこの船が揺れるだけで済んでいるのは魔法の守りがあってこそ。
「おい待て!!そのまま降りてくるな!!」
すると上空の龍の巨体が、だんだんと高度を落として船により近づいてくる。
流石に降下はゆっくりとで、荒波も風も一気に緩む。
ただし根本的な問題として、この船に龍の巨体が着艦できるほどのスペースはない。
もし船に着地しようとしているのなら色々潰して船に乗っかる形になってしまう。
「船長!この辺りでアイツが下りられるような場所は――」
こうして予定なく舞い込んできた龍の扱いに関して、しばらくあれこれ振り回されることになるブルガーであった。




