218 残骸と生存者
二度目の警鐘は魔物の知らせではなかった。
直近の危険を知らせるものでもなかった。
だが…船員たちの表情は真剣。
危険というよりも、身近な心情ゆえの感情。
「――どうだった?」
「これを回収してきました」
「…五番船か。つまりこの残骸は」
何艘かの小舟を降ろし周囲の残骸を検分した。
航路上に出現したのは、海に浮かび漂う木片などの残骸たち。
小舟に乗った船員たちはそれらを確かめ…持ち帰った証拠が正体を示した。
「王女さんよ。こいつは先のシードラゴン討伐戦で沈んだ船の残骸だ」
「そう…ですか」
甲板に出てその様子を見守っていた王女リトラーシャの一行にも、船長から調査結果が知らされた。
この周囲の海に浮かぶのは、先日行われたシードラゴン討伐戦に出陣した船。
沈んで帰らなかった船の、バラバラになった残骸。
「流れに乗ってこっちまで来ちまったんでしょう」
実際にそれらの船が沈んだ、シードラゴン討伐戦の戦場とは方角も違う。
だが残骸は海流に乗って流され、この辺りにまで流れ着いたようだ。
「…生存者は?」
「少なくともこの辺りには見当たりませんね」
しかしそれらはあくまでも船の残骸に限られた。
積荷らしきものやらは見当たったが、行方不明の船員の姿はその亡骸すらも見当たらない。
念のためヤマトらも気配を探ってみたが、生きた人間の気配はなく。
仮に人の姿が見つかったとしても、その者は既に亡くなってしまっているだろう。
「…調査はここまでだ!持ち帰った残骸はしっかりしまっておけ。町に戻ったら海兵団に提出する。お前らも上がってこい!」
そして残骸の調査は打ち切られ、小舟に乗る船員や小舟も引き上げられていく。
船員たちは無理だろうと理解しつつも、それでもやはり心情として奇跡的な生還者を期待していた。
だがその希望は当然のように叶わなかった。
「すまねぇが、少しだけ祈る時間をくれないか?遺体はここにはないかもしれないが、船乗りにとって船も立派な墓標だ。同胞としてせめて安寧を祈るぐらいはな」
「ええ勿論です。私も祈りましょう」
「ありがとう」
その後、船員たちが戻った後に、全員で海の残骸に向けて静かに祈りを捧げた。
――そんな出来事もありつつ、船は再び進みだす。
するとその先にある何かに、真っ先に気が付いたのは精霊のアリア。
「…ヤマト」
「ん?」
「あっち」
「何かあったの…んん?」
アリアの示したのはやはり海。
残骸の浮かぶ海域を少し過ぎ、普通の海の景色にポツンと浮かぶ何か。
「…は?人?!」
その正体はすぐに判明する。
浮かぶ何かにしがみつく人間。
しかもまだ生きている。
「アリア!」
「行って来る!とうっ!」
そして一足先に船を飛び出し、自力で人のもとへと向かうアリア。
水の上位精霊である彼女にとって海を歩く程度は朝飯前。
とは言え…それを目撃する船員には、彼女が精霊だとは知らぬ面々には驚きの視線を向けられるのは当然の流れだが。
「船長!人が――」
対してヤマトは船長に声を掛け、すぐさま受け入れ態勢を整える。
「――そうか、まさか精霊様とはな。それなりに色々経験して来たつもりだが、まさか精霊に出会う日が来るとはな。海に命を賭ける船乗りとしてはこれ以上にないほど光栄だ。水の精霊を船に乗せるなど」
「王女様よりも?」
「あー…まぁ正直言えば」
当然船長たちにもその正体を明かすことになった精霊アリア。
すると今までとは違った船乗りたちの視線を集める。
海に生きる者達にとって水の精霊という存在はやはり、些か特別なものなのだろう。
「それであの子は?」
「ひとまず出来る処置は全てした。王女様お抱えの治癒師の手も借りれたんだ。船の中で出来ることは全部出来た。あとはアイツの地力次第だな」
そして話は、アリアが救助した遭難者の安否に移る。
浮かぶ残骸にしがみつき、荒波にもまれながらも何とか踏みとどまって生きていた一人の人間。
救助後は船の医務室ですぐさま出来うる限りの治療を受けた。
後は本人の地力次第。
「ちなみに、あの子はやっぱり」
「あぁ、身に付けていた識別証は例の五番船、あの残骸の船の乗組員のものだった」
そんな救助された遭難者の正体は、先に残骸を回収した、シードラゴン討伐戦で沈んだ船の乗員。
行方不明となっていた一人は、それこそ奇跡的に生き延び、こうしてなんとか保護された。
「それで、船はどうするの?町に戻る?」
「いや、船はこのまま進む。負傷者一人の命程度じゃ船は引き返すことはない。それが王女様とかなら話は別だが、船乗り一人の為に船は帰らない」
「まぁ…そうなるわよね」
「とは言え、船の中で出来ることはきちんとやるさ。優先順位の問題ってだけで、死んでほしいなんて全く思ってないからな」
本当ならばしっかりとした大地の上できちんとした治療を受けるべき。
だがその為に来た道を引き返すことはない。
ゆえに船はこのまま、予定通りの航路を進み龍界を目指し続けるのだった。
救われたもののまだ予断を許さぬその一人を乗せたまま。




