212 変わらぬ景色
「――すいません、お待たせしました。終わったのでもう大丈夫です」
一仕事終えた"女神の使い魔"である【ヤマト】は、その知らせを伝える。
「わかりました。では出発しましょう」
そして再び進みだす馬車の一団。
王女リトラーシャを龍界へと連れていくその一行が王都を出て、半月の月日が過ぎた。
大陸の中心から端への移動。
その行程はまだ途上。
だがその途中でヤマトの申し出で馬車は一度予定外の停車をした。
「おかえり。用事は済んだのか?」
「はいバッチリと」
ヤマトの乗る一番馬車の中には龍界への案内役である【ブルガー】。
更にはもう一人、声を掛けてくる女性の姿。
「お疲れ様です。何か飲み物でもいかがですか?」
「ありがとうございます。頂きます」
そして王女の従者の一人である【ライラ・ブロッグス】に労われつつ、馬車は再び目的地へと向けて走り始めた。
――龍界道中のちょっとした寄り道。
それはヤマトの使い魔としてのお仕事。
何度か経験している〔魔力溜まり〕の解消。
通りがけに近くにあった世界の不具合の調整。
使い魔の役目の一つを片すために、一団を止めて貰った。
『あ、もし道中で使い魔としてのお仕事が出来たりしたら遠慮なく言いなさいね?責任者には詮索しないで許可出すように言っておくから』
予め"賢者"【シフル】に許可を貰っていたヤマトは、責任者である"近衛騎士"に声を掛けて馬車から降りた。
本当は先に進んでもらい自転車で追う手もあったのだが、休憩の時間も近かった為予定を前倒しして馬車を止めてくれた。
そして使い魔の役目を片して、戻って来たヤマトは再び一団と共に進みだす。
「…にしても、こう毎日変わらない景色だと流石に飽きるわね。エルフの里からの帰り道はまだ色々景色が変わって楽しかったのだけど」
「まぁその辺は仕方ないと思うけど」
そんな道中で、毎日変わらぬ外の景色に若干飽き始めていた"精霊"【アリア】。
実際少しは皆が感じている感想ではある。
「こう、この前の、翼龍呼んで空を飛んで行けないの?そっちの方が早いでしょ?」
「確かに早いが…行程全部をそれにすると俺とヤマトが毎日ぶっ倒れるぞ…複数同時の《召喚》はあまり効率の良い手法ではないんだし」
それは以前に、王都への帰還の際に使用したコンビ技。
"召喚従魔士"であるブルガーが《召喚》したワイバーンの集団を、ヤマトの魔力で召喚維持を肩代わりして無理矢理長時間の飛行移動を可能にした粗いコンボ。
確かに空を進んだ方が早いのは早いが、しかしこの手法は長時間の使用には向かない。
「そもそも《召喚魔法》なんてのは数や質を増やせば増やす程に効率が馬鹿みたいに悪くなる。単独召喚までならまぁ使い勝手もいいかもしれないが、二体三体と同時召喚数を増やせば増やす程に維持コストが跳ね上がり魔力出費が嵩む。正直あの時だって、ヤマトが肩代わりしなければ絶対に断っていた。あんなもん俺一人で数時間も維持なんて途中で死ぬ」
《召喚魔法》の原則。
召喚契約を交わした魔物や魔獣・聖獣などを召喚するのに魔力を消費し、そして召喚状態を維持し続ける限り別途魔力を消費し続ける。
召喚された契約獣はあくまでも一時的にこの場に姿を具現化させているだけであり、召還を解除すれば一瞬でまた元居た場所に戻されてしまう。
その為召還した目的を果たすまでの間ずっと、召還者は召還維持に魔力を支払い続けるコストが発生する。
これは何もせずただぼうっとしているだけでも勝手に消費されていく。
ある意味で《転移魔法》の方が、一時の消費は多いが使用後に維持コストが発生しない分最終的には省エネ。
勿論転移との習得難度の差は歴然で、もはや伝説上の魔法となっており、せいぜいが《短距離転移》の使い手がたまに現れる程度の代物なので一概に比較は出来ないのだが。
ちなみにこの召還に伴う〔召還維持コスト〕は、召還対象が増えるほどに増えるのは当然なのだが…その増加量は単純な足し算ではない。
「1+1は3。2+1は6。まぁあくまでも大雑把な例えだが、同時召喚数が増えるほどに維持コストも重くなっていく。さっきも言ったが単独召喚でニ・三人程度をワイバーンの背に乗せて移動するぐらいは現実的なんだがな。それも程々の時間に抑えてだが」
「あぁ、賢者のグリフォンみたいにね」
賢者シフルの召喚するグリフォン【レド】。
彼もまた賢者の《召還魔法》により召還された存在。
そして実際にそのグリフォンにまたがった経験のあるヤマト達。
召還獣を乗り物扱いするのならそう言った一体でというのが現実的な用途。
先日のような集団移動に複数体のワイバーンを呼ぶなど、魔力がそれこそ馬鹿みたいに喰われる。
文字通りの魔力馬鹿っぷりを発揮できるヤマトが居なければ成立しなかった手法。
「まぁ乗り心地を考えない荷物扱いなら、この前襲撃者を吊るしたみたいなやり方もあるがな。全くオススメはしないが。危険だろうし」
なお一纏めにした襲撃者を無理矢理運んだような手法なら大勢を運べなくはない。
ただし乗り心地は最悪なのは言うまでもなく味方でそれをするには危険が多すぎる。
そもそもが空の旅など、召喚者が魔力切れもしくは気を失うだけで全員落下するリスクも簡単には看過できない。
「というか…いかにもメンドクサイ魔法ですよって紹介してるけど貴方、ならなんで貴方は"召還従魔士"なんてやってるの?」
「ん?あぁ…まぁそこは成り行きと言うかなんというか…子供の頃に、仲の良かった子龍といつでも遊べるようにと勉強して、身に付けたのが今も成り行きで本芸になってるだけだな」
アリアはブルガーに対して、そもそもなぜそんな面倒だと自分でも言うようなスタイルを選んだのかと問われ、子供時代の思い出を少しだけ語った。
きっかけは子供心の、あくまでも些細な感情故。
「ただまぁ…アイツ今かなりでっかくなって、質量もまた召還コストに影響を与えるんで実際に呼ぶとなるとだいぶ魔力も集中力も持っていかれるから遊ぶ目的に呼べる存在じゃなくなってるんだけどなぁ…龍の成長は早いしデカすぎる」
ただしその原点に反して、もはや気軽に呼べる存在でなくなっているのが時間の流れの悲しい所。
「でも、その相手が龍っていうのなら今回の里帰りで会えるんじゃないの?」
「まぁ…もう数年会ってないからまた更にどれだけでっかくなってるか分からないけど」
しかし今一行が向かうのは、まさにその始まりの場所である〔龍界〕。
多くの龍たちが住まう領域。
辿り着けばいわば幼馴染とも呼べるその子龍との再会も可能。
「でも、会いたい相手もいれば、会いたくない相手もいるんですけど…はぁ…」
だがゴールに待つのは何も嬉しい存在だけではない。
元々色々あって故郷を離れた龍人であるブルガーには、やはり会いたくない相手もいるだろう。
「人間関係で溜息つくあたり、龍人も他の種族と変わらないわね」
「まぁ変わりませんよ。龍が絡む分、何故かたまに神聖視されることもあるが、あくまでも俺らは龍ではなく人なのに」
龍人はあくまでも龍の血の混ざる人種族。
神聖視される龍とは違い、崇拝されるような存在ではないと。
人と大して変わらないと口にする龍人ブルガー。
「――わぁ、ようやく新しい景色が見えてきたわね」
そうして平和に進む馬車。
するとようやく、変わらぬ景色が変わり始めた。
「あれが海なのね。初めて見るわ」
「初めて?あぁまぁ、精霊界って海なかったなぁ。あれ湖だし」
そして見えてきたのは海の景色。
知識として知っていても初めて目にする海に少しテンションを上げるアリア。
こうして一行は旅路の一つのチェックポイントである海の見える町、港町へとたどり着いたのだった。




