211 王女を狙う者たちと、働き続ける者たち
王女一行が王都を離れて数日。
ここ王都では、王城のとある牢の中に放り込まれた中年の男の前に、賢者シフルが対峙していた。
「さて、貴方は〔王女暗殺未遂事件の主犯〕として捕らえられている訳なのだけど…何か弁明はないのかしら?」
「ない。それは紛れもない事実である。殺すならば殺せばよい」
牢の中の男は、例の王女襲撃事件の主犯に位置にする貴族家当主。
暗殺のいくつもの手を計画し、その中で実際にいくつかは実行に移してしまった男。
人を集め実行犯に雇い王女リトラーシャの命を狙った。
だがそんな彼も今は確固たる証拠と共に捕縛され檻の中。
賢者シフルはそんな犯人に直接向き合い言葉を交わす。
「それにしても、よりにもよって貴方が、王女様の元婚約者の父親が主犯だなんて、王女様にどう報告すればいいかしらね?」
ちなみにこの襲撃主犯の男は、もしかしたら王女リトラーシャの義父になっていたかもしれない男。
勇者タケルとリトラが出会う前、王女の以前の…最初の婚約者である男子の父親。
逆に言えば彼にとっても、リトラは義理の娘になるはずだった相手。
そんな少女を殺そうとしたのだ。
「ちなみに動機は『国の為』でいいのかしらね?」
「国の為であり自分の為であり世界の為だ。魔女は人類に害をなす存在だと国も認めたであろう?だがお前らはまだ甘くみている。確かに魔王にその身を奪われない限りは害にはならないだろう。だが…もしあの身柄が敵に渡ってしまえば人類はより深く、暗く、重く、そして長きに渡る戦いの歴史を歩まなければならなくなる。知れば一刻も早く排除すべきと、奪われるまでに殺してしまわねばならないと、私と同じように考えを改める者も多かろうさ。それほどにもしものリスクは大きいのだ。魔女の存在は」
「そう…つまり貴方は私たちの知らない魔女のお話を、何か知っているのね?」
「あぁ、知っている」
だがこの男が、そう簡単に王女殺しなどと言う極論に達するはずがないのは賢者シフルも知るところ。
ゆえにシフルは、何がこの男を動かしたのかを確かめに自らやって来た。
「――そう、確かにそれが事実なら、想定以上に重いわね、魔女の存在は」
男の口から明かされた魔女の問題に、もしものリスクの重さを理解する賢者シフル。
もし本当に魔女が魔王の手に渡れば、不定期的に出現する魔王という存在との戦いはより泥沼になるだろうというのは簡単に予想できる。
だからこそ彼はもしもを未然に無くすために、王女の暗殺という強硬策に出た。
ただし、それは彼が口にした情報が真実ならばの話だ。
「でも…貴方はその情報を何処から仕入れて来たのかしら?王城の書庫にも存在しない、賢者である私ですら知らない魔女の力を、貴方はなぜに知っているのかしらね?」
「何処から?何故?そんなのは当然私があ―――」
「………」
当然疑問に思うのは、国や賢者すら知らない情報を彼がどこから仕入れたのか。
しかしその答えを口にする前に、彼の思考が凍り付く。
「当然…それは当然…当然…」
そして壊れた録音機のように、同じ文言ばかりを繰り返す男。
明らかな異変だが、この可能性は織り込み済みの賢者。
「アデモス」
「はいはーいお仕事の時間でーす!」
そんな彼を見て呼び出されたのは、賢者の身の中に潜む魔人アデモス。
「見てくればいいのよね?」
「ええお願い」
「いっただき…こほん、間違えた。それじゃあ行ってきまーす!」
すると早速アデモスは、男の精神に潜りこんだ。
夢魔・サキュバスの性質を持つ魔人アデモスは、人の意識を覗き込む。
「…もぐもぐ、ただいまー。もうバッチリ仕込みあったわよ。誰かに精神干渉を受けた痕跡バッチリ。勿論私以外のね」
その後少しして何故かモグモグしながら再び姿を現したアデモス。
彼女が行ったのは、目の前であからさまに挙動不審になった男の精神鑑定。
当然この牢屋に放り込まれる前に事件の主犯として、取り調べ官と医者による精神鑑定は受けていた。
だがそこでは明るみにはならなかった異変が、確信に触れたことで簡単にボロが出た。
「しかもこれ、程度や濃さは違うけど、あの三人に残ってた残滓と、あと弓の子のとも似てるし、同一の何かでやられてるんじゃないかしら?もぐもぐ」
更にその痕跡が、そよ風団の三人や弓使いメルトを操った何かの痕跡と同一だと答えるアデモス。
彼女自身はあの洗脳状態には直接相対してはいない。
だが治療後に既に消えかけている僅かな痕跡には賢者の命で触れていたアデモスは、その微かな痕跡と、今回はハッキリとまだ残る痕跡の共通項を見出した。
「でもこの子のは完全な操りじゃないわね。完全な操りと違って部分的な…状況と照らして推察するなら『特定の相手の言葉を無条件で信じる』『少し理性のタガを緩める』ぐらいかしらね?全く…こういう余計な味付けをしてくれちゃって。つまみ食いする私の身にもなって欲しいわ。折角のおやつだったのに苦くってしかたない」
「干渉するついでにつまみ食いする方が悪いわよ。ちゃんと仕事しなさいよ」
「した上でならちょっとぐらい良いじゃない」
だがその精神干渉も、完全な操り人形には程遠い。
あくまでも行動の主体、選択権は彼自身がしっかりと保持した上での誘導と背中の後押し。
与えられた言葉を信じさせ、自然と選択肢を狭め望む行動に誘導する為のもの。
ゆえに今回の襲撃と暗殺未遂はあくまでも彼自身が元々起こし得た事件であり罪なのは変わらない。
だがそこに至るまでの、貴族である彼の決断のハードルを下げ、こうなるように誘導した誰かが何処かに居る。
「やはり彼の行動の粗さもその影響なのかしらね。私の知る本来の彼ならば、国の為に何か行動するにしても計画をもっと、より準備をしっかりと、慎重に行動して確実に事を成せるようにしたでしょうし、幾ら時間が限られたとはいえ」
「まぁ理性緩めたらそうなるわよー」
しかしそれは不十分な状態での暗殺実行という勇み足にも繋がった。
賢者の知るこの男の普段の技量を鑑みれば、この程度の〔当てれば勝ち〕のような雑な策などよりも、同じ時間でももっと可能性の高いやり方を見つけられたはずだ。
だが決断のハードルを、理性のタガを緩められた結果が本来の技量を生かせず。
「ちなみに…コレの言ってた魔女のお話は、本当の事だと思うの?ご主人様は」
「そうね…精神干渉が前提にあるなら、彼を誘導する為の妄言って説も出てくるけど…でもあながち、とも思ってるわね」
「つまりまだ半信半疑ってところかしらね」
「そうなるわね」
そして新たな問題になる魔女の真相のお話。
ただそれも黒幕が適当な嘘を吹き込んだ可能性は否定できない。
彼の精神に細工をした上で、今回の暗殺行動に誘導する為に作った嘘。
しかし可能性の話で言えば、事実である可能性だって勿論ある。
賢者もその膨大な知識と経験から来る直感が、その全てを否定することはしなかった。
しかし少なくとも今、その真偽を証明する手段はない。
「魔女に、暴走貴族に、謎の黒幕的な何かの存在。ほんとお仕事減らないわねぇご主人様って」
「まぁそこはいつもの…ん?貴族の暴走?」
「あら?どうかした?」
「確かあの事件にも不審な…」
「うーん、またお仕事増える予感」
まだ短い付き合いだが、アデモスはこの賢者の気付きが新たなお仕事を舞い込むお知らせだと既に嫌というほど理解していた。
「となると…それと並行してスタドの一件も…そうだ彼の精神鑑定の方ももっと…よし。行くわよアデモス」
「はいはーい。実質奴隷はご主人様にどこまでもお供しまーす」
こうして牢を後にした賢者と使い魔は、結局減る事のないお仕事に挑み続けるのであった。




