209 旅立ちと、聖騎士の人間関係
「よっとー、いつでも発進出来るよ」
「ん?いや、なんでピピが乗って来るんだ?」
出発間際の馬車への搭乗時間。
するとその馬車の中へと乗り込んでくるピピ。
上級冒険者であり精霊術師であり勇者パーティの一員である彼女だが、この馬車の行き先である龍界への旅路のメンバーには指名されていない。
王城に、王都にお留守番のはずの彼女が何故か龍界行きの馬車の、案内役ブルガーと護衛の一人であるヤマト・アリアと同じ一番馬車に乗り込んでいた。
そして当然の疑問を尋ねるブルガーにピピは答える。
「んーちょっとだけお見送りの延長ー。王都の外、ちょっと行ったところまで付いて行くことになった」
ただの見送りだったピピは、ちょっとだけその見送りを延長する。
城を出ていく馬車を見送るのではなく、王都の外まで付き添ってから次の町への道中で途中下車。
そこで本当の見送りをして、王都へと戻ってくる算段になったようだ。
「――あの、お邪魔します」
「あら、どうぞどうぞ」
するとそんな一番馬車の中へと、一人の従者が乗り込んでくる。
彼女は先程、王女の身代わりとしてやって来て、欠けた従者の補充要因となった女性。
どうやら搭乗の振り分けが、ヤマト達の馬車になったようだ。
「私は【ライラ】と申します。基本的には王女様のお世話を担う一人ですが、道中の馬車では皆様のお手伝いもさせていただきますので、飲み物や食事を始めご要望がありましたら遠慮なく何でもお申しつけください」
「あらそう?よろしくね」
「よろしくお願いしますアリア様」
その従者は【ライラ・ブロッグス(人族:王女付従者)】。
あえて名乗らなかったが、家名を持つということは貴族の家の出。
王城勤めともなれば特に珍しい話ではないが、貴族の娘でありながら家を出て、城に…王族に直接仕える身となった女性。
「…ん?どこかで…?」
するとその従者の顔を見て、ピピが何かに引っ掛かった。
「どうかしたの?」
「うーん、何か…この子何処かで見たことあるような感じがー、会ったことはないはずなんだけど、何処か誰かに似てるというかー…あ、分かった!レインハルトの奥さん!」
「あ、はい。姉ですね」
ピピの知った顔に似ているというライラの顔をじっと見つめ、そして至ったその答え。
どうやらライラは、勇者パーティーの現聖騎士であるレインハルトの奥さんの妹であるようだ。
「…あぁ確かに」
すると同じく奥さんの方と面識のあるブルガーが納得する。
面識のある二人が共に納得できるほどには、その容姿は近しいらしい。
「…いやまて、でも…ブロッグス?そのブロッグスって、ブロッグス子爵家なのか?レインハルトさんの奥さんも?」
するとヤマト同様に《鑑定眼》によりあえて名乗らなかったライラの家名を知ったブルガー。
普通は知ったその情報を口にする事は控えるべきなのだが、しかし思わずその名を口にし尋ねた。
「はいその通りです。姉は婚姻の際にブロッグスの名は手放していますが」
そんなブルガーを特に気にする事無くあっさりと肯定するレムナ。
客分扱いのヤマトはともかく、勇者パーティーのブルガーが鑑定持ちなのは知るところ。
その上で特に隠す事でもないという様子。
「あら、お貴族様?」
「家はそうですが、私自身は家を出て国に仕え、王女様に仕える従者の身ですので身分はお気になさらずに」
「すまん、余計な事を口にした」
「いいえお気になさらず。家名を名乗ると驚かれるのはいつものことですし、驚かれないようになるべく名乗っていないだけで何が何でも隠さねばならない秘密という訳でもありません」
「ブロッグス…あー!聖騎士の家?」
「そうですね。あくまでもご先祖様がというお話ですが」
やはりブルガーとピピだけが驚くその名。
ヤマトとアリアは取り残される。
「ブロッグスっていうのが彼女の、貴族の家の名前よね?位の高いの御貴族様なの?」
「爵位は子爵なのでそこまでではないですね。初代様の叙爵以来一度も下がりも上がりもしていない、平凡な七光りの家です」
「私、貴族のことは全然なんだけど、ブロッグス家の始祖ってどんな人なの?七光り出来るぐらいに有名なの?」
「"七英雄の聖騎士"です。ブロッグス家は、初代勇者パーティーの"聖騎士"様が戦いの後の褒美として爵位を賜り生まれた家なのです」
ライラの生家である〔ブロッグス家〕。
その始まりは一人の聖騎士。
かつて勇者パーティーとして、お伽噺にもなる"七英雄"の一人として名を知られる【"聖騎士"グロッグ】。
彼が活躍の褒美に賜った子爵の爵位と、ブロッグスという家名。
その後の、七英雄のグロッグ・ブロッグスが始まりとなる子爵家がライラの生まれ育った家。
彼女は英雄の末裔だった。
「はぁー、あの本の、英雄の子孫なのね。そりゃ有名でしょうね」
「家が立派でも私はその家を出て国に、王女様に仕える身ですのであまり関係はありません。本当は家の名も還し、勇名の重荷もなくただのライラとして仕えたいのですが家を出ただけで、姉のように結婚し相手の家に入ったわけではないので」
「あら未婚なのね」
「はい。想い人は姉に取られてしまいましたので」
「…んー?」
何となく面倒な発言を感知した一同の言葉が詰まる。
対するライラは笑みを崩さず堂々と。
ライラの姉の旦那さんはレインハルト。
つまりその姉に取られたライラの想い人もレインハルトと読める。
「…ねぇ、なんだかあの聖騎士の周りがドロっとしてる気がするのは気のせい?」
「何というか…好かれると面倒な相手にばかり好かれてないか?」
そして始まるヒソヒソ話。
議題はレインハルト周りの色恋沙汰。
レインハルト自身は普通に健全で真面目な妻帯者。
だが…彼の妹はブラコンをこじらせ、彼の奥さんの妹はこっそりと彼を想っていた。
おまけで言うならば、勇者パーティーメンバー曰く、賢者のもとに居る亡命者もまたレインハルトに興味を抱いている様子。
何となく知らぬ間に不発弾に囲まれている感じのするレインハルトの女性関係。
「あ…そろそろ出発のようですよ」
そんな何とも言えない爆弾を見つけた一同の微妙な空気の中で、いよいよ馬車は動き出す。
向かうは龍界、龍の領域。
一番馬車はゆっくりと先頭を走りだし、王城を後にしたのだった。




